Retrace:2 再出発

「姫様……起きてください! 朝ですよ!」


 セレンの声が聞こえる。どうやら私を起こそうとしているのだろう。

 しかし、そうはいくものか。


「セレン、あと十分……」


 あと十分でいいから寝かせて欲しい。

 今まさに、夢の中で憧れの勇者様と――。


「ひ、姫様! あそこに勇者様が!」


「え? どこ? 勇者様はいずこに!?」


 セレンの言葉に、私は布団を蹴飛ばし飛び起きた。

 そして、周囲をキョロキョロと確認するが、そこはいつもと変わらぬ雑多な私の自室があるだけだ。


「ようやく起きましたね」


 飛び起きた私の前には、仁王立ちするセレンの姿があった。


「……セレン、私を嵌めたわね」


「いえ、姫様が勝手に嵌まっただけです」


「もう! セレンのせいで夢から覚めちゃったじゃない! あと少しで勇者様を召喚出来たのにぃ!」


「でもそれ、夢の中の話ですよね?」


 セレンの容赦ない指摘に、私はむぅと頬を膨らませる。


「せめて夢の中くらい、勇者様に会いたいもん……」


 脳裏に揺れる、あの面影。

 ああ、勇者様!

 私は! ノルンはここにいます!


「姫様、妄想もそのくらいにして、朝食の準備をしましたので手早く食べて下さい」


「……分かったわよ」


 私には妄想する余裕もないのか……。

 ハァと嘆息すると、セレンと目があった。その目は、「早く食べて下さい」と言っていた。


 私は仕方ないと用意された朝食に手を伸ばした。

 見た目は普通のバゲットサンド。

 しかし、食べてみると滅茶苦茶美味しかった。


「相変わらずセレンは料理が上手ね~」


「ありがとうございます」


 慇懃にお辞儀をし、セレンはそう言った。

 料理が上手というのは、実際は彼女の多岐にわたる技能の一部でしかない。

 私の専属メイドは、完全無敵の言うことなしなのだ。


「ふぅ……美味しかったわ。デザートが無いのは不満だけど」


 私はバゲットサンドを完食し、合わせて出されていたホットミルクを口にする。

 もう眠気は吹き飛んだ。

 さあ、今日も一日頑張ろう!



 ◆



「まず、今回の失敗だけど、発想だけは良かったと思うのよ」


 分かりやすく図式を記した黒板を叩き、私はそう口にした。

 そんな私の前には、セレンが正座で座っている。


 その構図はまるで私が教師で、セレンが生徒のようだった。

 ちなみに今の私の格好は、白衣に伊達眼鏡。

 長い髪は後ろで縛り、研究者のような出で立ちだ。

 まあ、この格好に特別な意味はない。


 ところで、今私がセレンと共に行っているのは、昨日失敗した勇者召喚の反省会である。

 失敗は成功の母というように、昨日の失敗を分析し次への糧とする為だ。


「姫様、質問があります」


「何だね、セレンくん」


 眼鏡を無駄に上下させ、私は挙手したセレンを指命する。

 すると、彼女は言った。


「発想だけは良かったとおっしゃいましたが、姫様は過去の成功例を忠実に再現したわけじゃないんですか?」


「いい質問ね、セレン。確かに私は古文書を紐解き、過去の勇者召喚を色々と参考にしたわ。でもね、そもそも過去の召喚に関する詳細な記録なんて、そんなものは何処にも無かったのよ」


「どういうことですか?」


 セレンは眉をひそめる。

 私は一冊の古びた本を手に取る。


「例えばこの資料。これはわざわざ他国から探してきて貰った勇者召喚に関する資料なんだけど、その内容は殆どが魔女のことばかり。勇者召喚に関しては、『魔法陣を用いた召喚魔術』としか書かれていなかったのよ!」


「そうなんですか?」


「ええ、そうなのよ。古い資料は殆ど役に立たなかったの。更に困ったことに、一番近年に行われたっていう勇者召喚の術式を見てみたんだけど、それがとても酷い内容だったのよ」


「そんなに酷い術式だったのですか?」


 セレンの質問に、私は頷いた。


「酷いというか呆れるレベルの術式だったわ。こんな赤ちゃんの落書きみたいな術式で、勇者様なんて召喚されるわけがないじゃない!」


 私には怒りがあった。

 こんな出鱈目な術式なんかで勇者召喚が成功するなら、天才である私が失敗する筈ないのだ。


「結局過去の資料から分かったことは、『魔法陣』で『召喚魔術』を用いたというこの二点だけよ。それ以外はさっぱりだったわ……」


 どんな歴史的資料を探しても、本当に何も書いてなかった。

 昔の人って、いい加減にも程があるわね。


 けど、これには少しだけ仕方ない部分もある。

 勇者召喚の術式といえば、魔術の世界では秘術とも呼べる位置付けになる。

 歴史的に勇者を召喚した記録はあっても、その方法まで記すことはなかったようなのだ。


 もしその召喚方法がそのまま残されていたのなら、私がこうして苦労することなんてなかったのに……。


「ただね、本当に発想だけはいいと思ったのよ……。魔法陣を用いれば、呪文の詠唱や魔力調整も安定して行えるし、何よりこれぞ勇者召喚って感じだものね」


 偏見かもしれないが、勇者召喚と言えば魔法陣によって行われるイメージが強い。

 あくまでただの印象なんだけど。


「つまり今回姫様が過去の成功例から参考にしたのは、結局『魔法陣』と『召喚魔術』を用いるという二点だけなのですか?」


「そうよ。だって他に何も書いてなかったんだもの。残りの部分は私が想像で作り上げるしか無かったわ」


 資料が無能なせいで、一から勇者召喚の術式を構築しなければならなかった。

 魔法陣と用い、召喚魔術の術式を組み込んで、それ以外の部分も全て私の独力でだ。


「頑張ったんですね、姫様」


 セレンの感心した言葉に、私は溜め息混じりに返す。


「まあ結局失敗したんだけどね……」


 私の努力が水の泡になった。

 思い出すだけで、気持ちが沈んでいく気がした。


「それで姫様、昨日の失敗の原因は分かっているのですか?」


 何故失敗したのか?

 私のその真相を既に究明していた。


「それはとっくに分かっているわ。主な原因は召喚魔術の機能不全ね。そもそも通常の召喚魔術を強力にしたところで、それが勇者召喚の魔術になるのかは元から疑問だったのよ」


 私が使ったのは、一般的な召喚魔術をより強力に、強固に組んだものだった。

 そして、その召喚条件を極めて狭く設定した為に、私の勇者召喚は失敗に終わってしまったのだ。


「姫様、そもそも召喚魔術とは魔物などを呼び出す類いの魔術ですよね? それを姫様は人間に対応させようとした。それが失敗の本当の原因なのですか?」


「そうよ。その認識で間違ってないわ」


 セレンの言葉に、私は首肯する。

 そして、私は続けて口を開いた。


「今回の失敗で分かったことは、召喚魔術は人間を召喚するようには作られていないということね」


 本来は魔物や動物などを呼び出す魔術なのだ。

 それで人間だけ呼び出せないというのは、中々に腑に落ちない部分ではある。

 しかし、不可能であることを確認出来たのは大きな成果だ。


「結論を言うわ! 今回の失敗を踏まえ、勇者召喚を成功させる為には、人間に対応する召喚魔術の開発が必要だということよ!」


 目標は定まった。

 人間を召喚する魔術。それを魔法陣によって安定させ、制御する。

 そうすることで、絶対に勇者召喚を成功させてやるんだから!

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