一章 召喚魔術を研究しよう!

Retrace:3 召喚魔術

 いつも通りの暗い自室。

 魔術の研究室たる工房で、私は口を開いた。


「人間を召喚する魔術。それを完成させる為に、まずは召喚魔術自体の分析をしようと思うの。その為に、適当な魔物を従魔として召喚してみることにするわ」


「何か私に手伝えることはありますか?」


「特に無いわ。セレンはそこで見てなさい」


 メイドのセレンが見守る中、私は床にせっせと文字を書き始めた。

 魔術言語。それを連ね、円形の魔法陣を描いていく。


 ちなみに文字を書くのに用いているのは、魔石と呼ばれる魔力の結晶体を砕いた粉末だ。

 主に魔物から採れる魔石だが、これは魔術を行使する媒体としてはとても優秀なアイテムなのである。


「よし! 完成したわ!」


 我ながら見事な出来映えだ。

 まるでお手本のような魔法陣である。


「セレン、少し離れていなさい」


「はい」


「それじゃあ、早速召喚の儀式を始めるわ」


 私はそう口にし、自らの描いた魔法陣に向き合った。

 少し緊張する……。

 実はちゃんとした召喚魔術を使うのはこれが初めてなのだ。


 召喚魔術とは魔物を呼び出すもの。

 どんな魔物を呼び出すのかは、私のイメージと実力次第である。

 スゥ――と私は息を吸い込んだ。


「いくわよ」


 そして私は、踏みつけた魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。

 起動。接続。魔術の行使を確認。

 私は意識を集中させていく。


 大丈夫だ。召喚魔術は正常に機能している。

 輝きを強めていく魔法陣。私は瞬きする暇もなく、その光をじっと見つめる。

 魔術を制御すると同時に、勿論分析は欠かさない。


 ふむふむ、なるほどぉ……。

 実際自分で行ってみるとよく分かる。

 召喚魔術が魔物を召喚するまでの、そのプロセスが。


「我が名はノルン。三千世界を乖離せし、運命を絶つ女神なり。さあ、答えよ。悠久の淵より至りし――」


「姫様、呪文なんて必要ない筈では?」


「う、うるさい! 気が散るでしょ!」


 セレンの言うとおり、確かに天才の私が呪文を唱える必要はない。

 呪文は魔術の操作をイメージするためには用いるものであり、私くらいの腕があればそんなものは不要である。


 でも、呪文って格好いいでしょ?

 こういう雰囲気なんだから、少しくらいロマンを求めてもいいじゃない!


 そんな私の思考を他所に、召喚の儀式は進行していく。

 確か召喚魔術について書かれた本には、どんな魔物が召喚されるかは儀式の際のイメージが鍵を握るとあった。


 うーん、イメージかぁ……。

 そう言えば、事前に何を召喚するのかを決めていなかった。


 このまま適当に召喚してしまってもいいが、私の実力ならばうっかり伝説の魔物を呼びかねない。

 私の部屋に巨体なドラゴンとかが召喚されたりなどしたら、それこそ大惨事である。

 それだけは絶対にやめて欲しい。


 だとすれば、第一の条件は大きさだ。

 小さな魔物がいい。

 それと、出来れば可愛い魔物がいいわね。

 姫である私がゴブリンやオークを使役するなんて、絵面的に論外だ。


 後は……うーん……

 イメージが纏まらない。

 やっぱり事前に召喚する魔物を決めておけば良かった。


 まあいいか。

 小さくて、尚且つ可愛い。

 この条件で魔物を呼び出そう。


 さあ、来なさい! 私に相応しい眷属よ!

 私は一層魔力を集中させた。

 それに呼応して、魔法陣は更に輝きを増していく。

 そして、その光は工房を全体を包むように満たしていった。



 ◆



「成功……したの?」


 私は光に眩んだ目をゆっくりと開ける。

 役割を終えたように、床の魔法陣はその輝きを失っていた。

 そして、その魔法陣の中央へと、私の視線は吸い込まれるように移動した。


 そこに存在していたモノ。

 それは――青みがかった半透明のゲル状の物体だった。


「え?」


 私は目を疑った。

 その半透明のゲル状の物体は、ボールのような形状であり、両手で抱えられる程度の大きさである。


「姫様、この魔物は……」


「え、ええ……これはスライムね」


 スライム。それがこの魔物の正体だった。

 私の初召喚が、ただのスライムねぇ……。

 まあ、召喚してしまった以上仕方ない。


 とにかく今はさっさとこのスライムの処遇を決めてしまおう。

 そう思った矢先、スライムはのそりのそりと緩慢な動きで私に近付いてきた。


「姫様、危険です!」


 セレンが声を上げる。しかし、私はそんな彼女を制止した。


「大丈夫よ。たかがスライムじゃない」


 所詮はスライム。

 この世界においてこの魔物は、子供でも倒せる雑魚である。


「貴方が私の召喚に答えてくれたのね?」


 近付いてきたスライムの前に、私は身を屈めてそう尋ねた。

 すると、スライムは頷くように体をコクコクと震わせる。

 その仕草は中々に愛嬌があるものだった。


 か、可愛い! 可愛いわ、この子!

 しかし、頷く仕草をするからには、このスライムにはそれなりに知能があるように思える。


 ただ私の知る限り、スライムには知能が無い筈だ。

 クラゲみたいなものである。


「もしかして私の言葉が分かるの?」


 私が再びそう尋ねると、またもやスライムは頷くように体を震わせた。

 やっぱりこの子、私の言葉を理解している。

 それを見て、セレンは言う。


「どうやらただのスライムではないみたいですね」


「そうね。まあ私が召喚したんだもの、普通の魔物なんて召喚される筈がないんだわ」


 スライムが召喚された時は、若干自分の才能を疑ったのは内緒である。

 しかし、こうしてじっくりとスライムを観察したのはいつ以来だろうか。


 昔に一度、ポイズンスライムの毒を抽出した時が最後だった気がする。

 それも随分と昔の話であるが。

 だが、こうして見てみると相変わらず不思議な生き物だ。


「ん?」


 私が観察していると、スライムが突然触手を伸ばし始めた。

 まるで小さな手のような触手ではあるが、一体どういうつもりなのだろう。


「もしかしてこのスライム、姫様に握手を求めてるのでは?」


 セレンの言葉に私は驚いた。


「え? この子、握手まで知ってるの!?」


 凄いスライムだ。

 言葉を理解していることにも驚いたが、まさか握手まで求めてくるとは……。


 触手を伸ばしたスライム。

 この子はじっと私を見詰めていた。


「ふふっ」


 私は思わず笑ってしまった。

 確かに小さくて可愛い魔物である。

 そしてこの子は、初対面の礼儀を弁えた立派な魔物だ。


 私はスライムの触手に手を伸ばした。

 そして、私はスライムと握手を交わす。


 え? 何この手触り!

 ひんやりと冷たく、それでいて手に馴染むスベスベ感!


「合格よ! 貴方はこの私の従魔に相応しいと判断したわ!」


「姫様、本当によろしいのですか?」


 どうやらセレンは、このスライムが私の従魔に相応しくないと考えているのだろう。


「セレン、これは私が決めたことよ。それにね、私がこの子を認めたのにはちゃんと理由があるわ」


 勿論その理由は知能が高いというのもあるが、それだけではない。

 それ以上にこの子には特殊な能力が備わっていた。


「どうやらこの子、魔力を吸収出来るみたいなの」


「魔力を吸収……ですか?」


「そうよ。私がこの子と握手を交わした時、魔力を吸われる感覚があったもの」


「それは本当ですか!?」


 セレンが珍しく驚いている。

 彼女が驚くのも無理はない。

 知能があり魔力を吸収するスライムなど、私も聞いたことがないからだ。


「貴方、凄いスライムだったのね」


 私がそう口にすると、スライムは褒められて嬉しいのか、ピョンピョンとその場で跳ねた。

 私はその愛らしい姿に微笑んでしまう。


「これからよろしくね、私の従魔さん」


 こうして私は、このスライムと正式に主従の契約を結ぶことにした。

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