Retrace:4 スライム観察

「姫様、昼食のお時間です」


「あれ? もうそんな時間?」


 部屋に料理を運んで入ってきたセレンを見て、私はそう口にした。

 ちょうど召喚魔術の検証結果をまとめていたところだったが、一旦中断することにしよう。


 私は資料の束を床に放り、部屋の一角に設けられたテーブルへと移動する。

 食事や休憩の時などは殆どの場合、このスペースを私は利用していた。


「今日はトマトとベーコンのパスタにしました。必ずサラダも食べて下さい」


「はーい、分かってるわよ。あっ、そうだ! 貴方もこっちにおいで」


 私が手招きをした相手は、部屋の隅にいたスライムだった。

 この子は先日私が召喚した魔物である。

 まだ名前が無いので、一旦“スライムくん”と呼ぶことにしよう。


 ちょうど両手に収まるサイズのスライムくんは、呼ばれて嬉しそうに私の胸に飛び込んできた。

 か、可愛い……!

 動きが独特で愛らしさがヤバい!


 私は抱き上げたスライムを、そのままテーブルの脇に乗せる。

 そして、傍に控えるセレンに尋ねた。


「ねえスライムって、一体何を食べるのかしら?」


「さあ? 私も詳しく存じ上げませんが……?」


「そうよねー。今まで気にしたこと無かったけど、スライムについて私何にも知らないわ」


 弱くてメジャーな魔物という認識が、私のスライムに関してのイメージだ。

 それと色んな種類がいるというのも知っている。

 ただ私が召喚したこの子は、ちょっと特別な能力を持ってるが、スタンダードなスライムなのは間違いない。


「スライムって、パスタはいけるのかしら?」


 そう呟きながら、私は目の前のパスタ料理をフォークで口に運んだ。

 うまっ!

 トマトとベーコンめっちゃパスタに合う!


 セレンの作る料理はいつも美味しい。

 しかもレパートリーが多いのも凄いわね。

 流石は私の専属メイドである。


 私がパスタばかりに意識を向けていると、セレンの冷たい視線が飛んできた。

 はいはい。サラダもしっかり食べろってことね。

 別に嫌いというわけじゃないけど、サラダって脇役感が半端ないからいつも後回しになっちゃうのよ。


 それで、結局スライムは何を食べるのか?

 その疑問は解決してない。

 流石に何も食べないってのは生物的には無さそうだが……。


「スライムが食べそうな物って、何がありそうかしら? 見た目的にはやっぱりゼリーかしら? それとも樹液?」


「カブトムシじゃありませんよ、姫様」


 セレンの冷静なツッコミ。

 そうよね。

 自然界にゼリーなんて無いわよね。

 考えても埒が明かないし、この子に直接聞いてみよう。


「ねえ、スライムは普段何を食べてるの?」


 私がそう尋ねると、スライムくんは体をぶるぶると震わせた。


「『分からない』ですって……。本人が分からないなんて、困ったわね」


 私がそう言うと、横からセレンが言った。


「姫様、いつの間にスライム語を習得されたんですか?」


「スライム語なんて知らないわよ。ただ、ニュアンスでこの子の考えてることが分かるのよ」


 何となくだけど、スライムくんとは以心伝心って感じがする。

 多分従魔の契約が関係してるんだろうけど。


「貴方、サラダは食べられる?」


 そう私がスライムくんに尋ねると、何だか微妙な反応が返ってきた。

 この子がぎこちなく身体を震わせていることから、どうやらサラダは食べられるけども好みでは無いようだ。


「パスタは……やっぱり無理よね?」


 私の言葉に、頷くような仕草を見せるスライムくん。

 どうやらサラダもパスタも嫌いらしい。


 セレンの作った料理が駄目となると、一体どうすればいいのだろう。

 私が顎に手を当てて思案していると、セレンが不意に口にした。


「……そう言えば、先日このスライムを召喚した際、姫様はこの子が魔力を吸収出来るとおっしゃってましたよね?」


 セレンの閃きに、私は雷が落ちたかのような衝撃を覚えた。


「そ、それだわ!」


 そうだ。

 私の従魔となったこのスライムくんは、一見普通のスライムだが特殊な能力を持っていた。

 それは魔力を吸収するという力である。


「貴方、もしかして魔力が好物だったりするのかしら?」


 そう言って、私は手のひらに魔力を集中させた。

 すると、


「わっ! この子、滅茶苦茶喜んでるわ!」


「どうやら魔力で正解だったみたいですね」


 私とセレンはそれを確信し、頷き合った。

 そして、私はスライムの前に手のひらを差し出した。


「光栄に思いなさい。私の魔力を食べられるスライムなんて、この世で貴方一匹だけよ」


 すると、スライムは短めの触手を伸ばし、私の手に触れた。

 魔力が接触を通して吸われている。

 多分この子にとって、これが食事なのだろう。

 こうして魔力を吸うだけというのは、手間が掛からなくて助かる。


「あら? もうお仕舞い? 案外お腹いっぱいになるのが早いのね」


 十分魔力を吸ったのか、スライムは満足そうに私を見つめている。

 魔力量が多い私にとっては、こんな程度では全く吸われたって感じはしない。


「そう言えば、この子の名前ってまだ決めて無かったわね」


「そうですね。いつまでもスライムくんなんて呼び方はあんまりですし」


 セレンの言う通りだ。

 いつまでもその呼び方じゃ可哀想である。


 この子と私は、既に従魔の契約を結んでいる。

 最早、家族の一員なのだ。


 でも、名前かぁ……。

 私は少し考え、ふと思い浮かんだ名前を口にした。


「――“ラム”。貴方の名前はこれでどうかしら?」


 ラム。

 この名前は中々いいと思うんだけど、どうだろうか?

 可愛いこの子にはピッタリの名前だと思うし。


「スライムから二文字取って“ラム”ですか。結構安直ですね」


「はいそこ、安直とか言わないの!」


 しかし、結局のところ私やセレンが何を言おうと、“ラム”という名前を気に入ってくれるかはこの子次第だ。

 そんな事を思っていると、目の前でスライムはにょろりと伸ばした触手で○を作った。


「○ってことは、“ラム”という名前を受け入れてくれたのね?」


 私がそう尋ねると、この子は緩慢な動きで頷いた。

 主である私には分かる。

 今この子は、とてもハッピーなのだと!


 どうやら予想以上に“ラム”という名前を気に入ってくれたようだ。

 ピョンピョンと部屋中を嬉しそうに跳ね始めたラムを見て、私は思わず笑顔が溢れた。


 こうしてスライムの従魔・ラムが、改めて私の家族になった。

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