Retrace:5 スライム増殖

 スライムを正式に従魔としてから、数日が経った。

 私は呼び出したスライムを、ラムと名付けた。


「ラム、そこにある本を持ってきてくれる? あ、この本はそっちに置いておいて」


 私は寝そべりながら、近くのラムに指示を飛ばす。

 すると、彼はその指示通りに動いてくれる。


 まず、一匹目のラムが積まれた本の山から、私の要望した一冊を持ってきた。

 次に、二匹目のラムが私の差し出した本を乗せ、代わりに片付けに向かった。


「ラム~肩がこったわ。マッサージしてー」


 そして、三匹目と四匹目のラムが私の両肩をそれぞれ揉んでくれる。

 ああ、楽だ。

 指示するだけで、全て彼が私の代わりに動いてくれる。


 ただ実験のための召喚だったとはいえ、ラムが従魔になってくれて本当に良かった。

 そう思いながらだらけていると、傍で控えていたセレンが神妙な面持ちで口を開いた。


「あの姫様……」


「何よ?」


「ラム、増えてませんか?」


 なんだそのことか。

 セレンも今更な質問をするものだ。


「ああ、そのことね。この間、魔力が餌だって分かったじゃない? それでね、私の魔力をあげてたら――」


「増えたのですね?」


 うん。増えた。


「でもね、ラムはとってもいい子なの! 頭もいいし、私の命令はちゃんと聞いてくれるのよ? ラムが私の従魔になってくれて、本当に助かってるわ」


 ラムのお陰で人手が増えた。

 今まで私の研究はセレンがたまに手伝ってくれる程度で、殆ど一人でこなしていたのだ。

 しかし、増えたラム達が雑用をこなしてくれることで、私への負担は大きく軽減したのである。


「それにね、ラムはとっても可愛いのよ! ほらラム、ご褒美よ」


 私が手をかざすと、ラムは嬉しそうに飛び付いてきた。

 私の手に触れ、彼は魔力を吸っていく。

 そして、また増えた。


「スライムって、そんなに簡単に増えるんですね……」


「そうよ。まさかお腹一杯になったら分裂するなんて、最初はビックリしたんだけどね」


 けど、もう慣れた。

 ラムが増える瞬間は、単純にラムの本体から分裂体が切り離される感じだ。


「あの姫様、これ以上ラムを増やさないで下さい」


「ええー何でよー?」


 ラムは凄いのだ。そんな子が増えるなんて、良いことしかないではないか。


「あっ! もしかして、セレンってば嫉妬しているんでしょ? あまりにラムが色々出来るからって、自分の仕事が奪われると思ってるのね?」


 なるほどー。

 ラムに嫉妬なんて、セレンも可愛いところがあるじゃない。

 私がそう内心にんまりしていると、セレンが冷静な声音で言った。


「姫様、今この部屋に一体何匹ラムがいると思いますか?」


「……え?」


 セレンの言葉に、私は固まった。

 そして周囲を見回し、ラムの数を数えていく。

 一匹、二匹、三匹、四匹……十匹……より多いわね。


「た、沢山いるわ!」


 言われて気が付いた。

 この私の工房が数え切れない程、増殖したラムで溢れていることに。


 ま、不味いわ。

 一匹や二匹なら可愛いものだ。

 しかし、この量は流石に許容範囲を越えている!


 この異常事態に焦る私の耳に、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「入りなさい」


 私がそう言うと、一人の騎士風の女性が入ってきた。


「失礼します」


「あら、ネルファじゃない。久しぶりね」


「はい。お久しぶりです、ノルン様」


 ネルファ――私がそう呼んだ彼女は、真っ赤な髪をポニーテールに結び、剣と鎧で武装した若い女性だった。

 いかにも女騎士といった格好をしているネルファだが、その職務はこの部屋の警備である。

 勇者召喚の研究室として重要な私の部屋を、彼女には外から守って貰っているのだ。


 そして、基本的にネルファはこの部屋の外に控えているので、殆どこの部屋に籠りきりの私と顔を合わせる機会は少ない。

 そんな彼女が部屋に入ってきたということは、何かただならぬ自体が起きているのではないだろうか。


「ご報告します、ノルン様! 現在、城内でスライムが大量発生しております!」


 ネルファの言葉に、私は唖然とした。


「え? マジ?」


「マジです」


 ネルファは頷く。

 すると、セレンが言った。


「どうやら姫様が魔力をあげすぎたせいで、増えたラムが城内に溢れたみたいですね」


「え? それってもしかして私のせい?」


「はい。完全に姫様のせいです」


 あー私のせいかー。


「ネルファ、念のために聞くけど、大量発生したスライムはこの子そっくり?」


 私がラムを持ち上げて尋ねると、ネルファは「はい」と首肯した。

 その返事で確定だ。


 私が悪い。

 この一件の全ては私の責任である。


 こうなっては仕方ない。

 事情を知らないネルファにこれまでの経緯を簡単に説明し、私は改めて指示を出すことにした。


「セレン、ネルファ、今からスライム狩りを始めるわよ」



 ◆



「ノルン様、ラムに分裂した個体をどうにか出来ないか頼めないのですか?」


 ネルファの言葉に、私は答える。


「もう聞いてみたわ。でも、無理みたい……」


 どうやら分裂した個体は、元のラムからは殆ど独立した存在となってしまっているようだ。

 その為、本体であるラムでもどうしようもないみたいである。


 ちなみに、ラムは自分の分身がどうなろうと構わないという考えのようなので、問答無用で倒してしまえばいい。

 私としてはもし自分のそっくりさんが目の前で殺されたりなどしたら、とても嫌な気持ちになるものだが、どうやらスライムの心理は人とは結構違っているようだ。


「それじゃあスライム狩りを始める上で、作戦会議をしましょう!」


 私はラムをぬいぐるみのように抱き、床に正座する。

 そんな私の正面に、セレンとネルファの二人が座った。

 いざ、作戦会議の始まりだ!


「ネルファ、頼んでいた城の俯瞰図を出しなさい」


「はい。こちらです」


 ネルファが取り出したのは、この城を上から見た図である。

 私はそれを皆に見えるように床に拡げた。


「姫様、何をする気ですか……?」


 セレンが訝しげな目を向けてくる。


「ふふん! まずは相手の数を知らなきゃ、戦いは始められないわ!」


 得意気に言った私に、ネルファは賞賛を送る。


「流石です! ノルン様は魔術のみならず、軍師の才もおありになるんですね!」


 やめなさい! そんなに熱く褒められると顔がニヤけるじゃないの!


「……コホン。姫様、話を進めて下さい」


「あっ、はい」


 セレンの氷のような咳払いに、私は一瞬で我に返った。

 でもさ、セレンも少しくらいは私を褒めてくれてもいいんじゃない……?


「今からこの俯瞰図に、城内にいるスライムの概ねの位置を念写するわ。それを元にどうやって駆逐するかを考えましょう」


 私がそう言うと、セレンが尋ねてきた。


「念写なんて魔術、一体いつ覚えたんですか?」


「ふふふ……これはね、ラムを召喚した時の副産物よ! 召喚魔術の術式に含まれる、検索の機能。それを術式として抽出したのが、この検索魔術よ!」


「検索魔術……聞いたことがありません!」


 ネルファの驚く様子に、私は口角がつり上がる。

 彼女の驚きぶりは何だか馬鹿っぽいけど、素直に気持ちいいわね!


「とにかく検索魔術の説明をしておくわ。この魔術はね、簡単に言えば探知の魔術と似たようなものよ。召喚魔術の中でいえば、魔物を選別する部分にあたる術式ね」


 この検索魔術と私が呼ぶこの魔術は、実は体系化されたものではない。基本的に召喚魔術の中に組み込まれているような、何かとセットになっていることが多い術式である。

 だが天才の私は、誰もが気に止めなかったその『検索』の機能に着目した。


 そして、ラムを召喚した日から数日足らずで、私は検索魔術を独自に確立してしまったのだ。

 これぞ天才の所業である。

 皆様方、私をもっと称えてもよくってよ?


「それじゃあ始めるわ。よりスライムが集まってる部分に色が出る筈よ」


 私は赤いインクを取り出し、紙の俯瞰図に数滴垂らした。

 そして、手をかざす。


 魔力を注ぎ、準備完了。

 すかさず検索魔術を発動し、城内のスライムの位置を紙へと反映していった。


 垂らしたインクが広がり、スライムの概ねの位置が俯瞰図に示される。

 それを私達三人は覗き込んで、思わず声が漏れてしまった。


「「「あっ……」」」


 スライムの概ねの位置を表すインクの色。

 それはこの城全てを真っ赤な色に染めていた。

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