Retrace:6 スライム狩り

「ぐぁぁぁ――目が! 肌が! 浄化されるぅぅ!」


 私はその身に降り注ぐ目映い光に、全力で悶えていた。

 外に出た私達は、城の庭先に出ている。

 そう言えば一度も話してなかったが、私の研究室兼自室は、大きな城の中にあったのだ。


「もしや、ノルン様はヴァンパイアだったのですか!?」


 心配してオロオロするネルファに、セレンが言った。


「落ち着きなさい、ネルファ。姫様がそんな空想上の存在なわけがありません。姫様はただ、久しぶりに見た日の光に喜んでいるだけなのです」


「そ、そうなのか!? ノルン様は喜んでいるだけなのか!?」


「か、勝手なこと言わないで! 引きこもりの私に太陽光は厳禁よ!」


 脳の血管が収縮しているのか、眩しさに頭がクラクラする。

 これだから太陽は嫌いなのだ。

 そんな私を他所に、セレンは言った。


「ネルファ、ひとまずあの姫様は放っておいて、手近なところから駆除を始めましょう」


「承知した。一応城の衛兵にも駆除の指令を出しておいたぞ。ところでセレン、今回のスライム狩りなんだが、一つ勝負をしないか?」


「勝負ですか?」


「そうだ」


 私を置き去りに、二人の話が進んでいく。

 そんなことはどうでもいいから、頭痛に苦しむ私を優しく介抱してくれないかなぁ……。


「勝負と言いましたが、それは具体的にどのような?」


 妙に乗り気のセレン。そんな彼女にネルファは説明をする。


「それはだな、この城のスライムをどれだけ多く狩れるかという勝負だ。しかし、ただ勝負をするだけではつまらん。勝者にはその勝利に相応しいものが与えられるべきだとは思わないか?」


「確かに、ただ勝ち負けをつけるだけでは面白味に欠けますね。それで、その勝利の報酬とは一体どのようなものなのですか?」


 セレンの質問に、ネルファは不敵に笑った。


「それはズバリ、ノルン様の専属メイドの座だ!」


「――っ!」


 ネルファの言葉に、セレンは瞠目した。

 何故なら彼女の要求したものは、現在セレンが就いている専属メイドそのものなのだ。


 それはつまり、宣戦布告。

 ネルファがセレンに対して、その座を奪い取ってみせると口にしたのだ。


「随分とこの役職を甘く見ているようですね……。ネルファ、戦うことにしか能がない貴方に、本当に姫様のメイドが務まるとでも?」


「ふっ、そうやって私を勝負からおりさせようとしているのだろうが、残念だったな。私の覚悟は本物だぞ?」


「……まあいいでしょう。そこまでの覚悟があるのならこの勝負、受けてあげても構いません。ですが、一つ教えなさい。貴方は何故、専属メイドの座を望むのですか?」


 セレンの真剣な視線を受け、ネルファはフンと鼻を鳴らした。


「知れたことよ。迫り来る脅威もない! 事件もない! なのに私はたった一人、部屋の外で警護だと!? 私は身も心もノルン様に捧げた身! それなのに主の姿すら滅多に拝見出来なんて、そんな理不尽があってたまるか!」


 ネルファの怒号。

 唾を飛ばす勢いで、彼女はそう捲し立てた。

 うぅ……心が痛い。

 黙って聞いてたけど、ぶっちゃけそれって私に対する不満じゃん!


「それが貴方の本心ですか?」


「ああ、そうだ。私の望みはよりノルン様のお側にいること。それだけだ」


 凛とした表情で、ネルファはそう口にした。

 騎士の格好のままそんな凛々しい顔をされると、女の私でもキュンと来てしまう。

 しかしそんな私とは対照的に、セレンは懐疑の目をネルファに向けた。


「……本当にそれだけですか? メイドの座を求める理由は、もっと別の目的があると推察しますが?」


 え? そうなの?


「……フン。どうやら隠し通すことは不可能らしいな」


 ネルファはセレンの指摘に、鼻を鳴らしてそう言った。

 え? ええ?

 ネルファの目的って一体なんなの!?


「良いだろう。教えてやる。メイドという立場は、ノルン様を一番近くで見られる特等席。つまり、私がメイドになった暁には、ノルン様のあんな姿もこんな姿も全て見放題というわけだ。ぐへへ……」


 涎を垂らし、笑うネルファ。

 さっきまでの凛々しい顔付きが台無しだ。


「やはりそういうことですか。まあ、いいでしょう。元より姫様のメイドは私一人と、そう決まっているのですから」


「ほう、大した自信だな。しかし、自信だけでは私には勝てぬぞ?」


 バチバチと火花を散らす二人の目線。

 張り切る彼らに、私は言った。


「ねえ二人とも、そんなに張り切らなくてもいいんじゃない? 私だって手伝うわよ?」


 そんな私の申し出に、二人は揃って答えた。


「いえ、姫様は何もしなくて結構です」


「そうです。ノルン様のお手を汚すまでもありません」


 そう言って、二人は各々の戦闘体勢に入った。

 これからセレンとネルファによる、スライム狩り勝負が始まるのだ。


「何もしなくていいのなら、別に部屋から出なくてよかったじゃない……」


 やる気のある二人を遠目に、私は不満げにそう呟いた。

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