Retrace:7 ネルファの実力

 スライム狩り勝負。

 ルールは簡単。

 城内に溢れたラムの分身であるスライム達を、どれだけ多く狩れるかというものである。


 制限時間は特に設けていない。

 とにかく城内のスライムを全滅させるまでが勝負だ。


 ちなみに暇なので私が審判の役目を担うことにした。

 勿論色眼鏡は使わず、厳正で中立な立場であるつもりだ。


 それとスライムを倒した数だが、それぞれ本人達にカウントさせている。

 最終的に倒した数は自己申告という形になってしまうが、数を誤魔化される心配は無用だと言っておこう。


 何故なら二人は私の忠実なる部下だ。

 私の持つ『固有魔術』の前では、彼らが嘘などつける筈もない。


 ところで審判役の私が今何をしているかって?

 それは勿論、久々の外を満喫している最中だ。


「ふう……たまには青空の下でまったりするのも悪くないわね」


 私は城の屋上で、セレンがあらかじめ用意してくれたティーセットを傍らに読書をしている。

 そんな私の膝の上には、ちょこんとラムが乗っていた。勿論この子は城内に散らばった分裂体ではなく、正真正銘のラムである。


「あれからそこそこ時間が経ったわよね。二人は今どんな感じかしら?」


 スタートしてからしばらく時間が経過した。

 私もそろそろ二人のスライム狩りの行方が気になってきた。


 しかしこの城は広いので、私のいる場所からは彼らの様子を確認することは難しい。

 仕方ない。魔術を使おう。


「どれどれー?」


 親指と人差し指で丸を作り、私はその穴を右目で覗き込んだ。

 遠視の魔術。それも即興で作った代物だ。

 多少術式が滅茶苦茶ではあるが、気にしないことにしよう。


「うーん、遠視で二人を探すのは面倒ね……」


 遠くに視界を飛ばし二人の姿を探してみるも、中々見つけられない。

 そもそも二人の位置を特定するところから始めないといけないということだろう。

 そこで登場するのが検索魔術だ。


 これは召喚魔術の『召喚相手を探す』機能から私が独自に開発した魔術である。

 この検索魔術を遠視の魔術と組み合わせて……はい出来た!

 ついでに音声もこちらに届くようにしておいた。


「これはネルファの姿ね」


 私が右目に意識を集中させると、戦うネルファの姿が見えてきた。

 どうやら彼女はまだ屋外で戦っているようだ。


 真っ赤な髪を揺らし、スライム達を蹴散らす彼女の姿。

 ネルファはその髪色も相まって、例えるならば炎のようなイメージだ。


『はぁぁぁ!』


 ネルファは裂帛の叫びと共に、手にした剣で周囲のスライムを吹き飛ばした。

 相変わらず、彼女の剣技は凄いわね。

 私は魔術師なので肉体労働全般は完全に専門外だけど、ネルファの剣技が凄いことは見ていれば分かる。


 だってほら。

 私のその予想通りに、パキリと音を立てて彼女の持っていた剣が砕け散った。

 剣自体がネルファの振るう剣筋に耐えられなかったのだ。


 しかし、持っていた剣が折れたことに、ネルファは全く動じてはなかった。

 彼女の剣が折れるのは、日常茶飯事の光景である。

 そもそも彼女の剣技に耐えうる剣など、この世に存在しないだろう。


『……』


 武器である剣を失ったネルファだったが、彼女はすかさず何かを呟いた。

 その言葉は聞き取れなかったが、何をしたのかは分かる。

 ネルファが唱えたのは間違いなく魔術だ。


 手慣れた動作で術式を構成し、彼女の手に一瞬にして無骨な剣が生み出される。

 剣を作り出したその魔術は、魔力から鋼を生み出すものであった。

 ちなみにこの魔術を作ったのも私だし、彼女に教えたのも私だ。


 凄絶な剣技を持つネルファだが、彼女は最新の魔術すらも自在に使いこなせるのである。

 護衛としてここまで頼もしい人物もいないだろう。


 実際彼女の実力は、この世界中でもかなり上位である筈だ。

 流石に魔女レベルには及ばないものの、人間として考えれば化物と言ってもいいかもしれない。


『絶対に、絶対に私はノルン様のメイドになる! そして朝から晩まで、お傍でノルン様をうっとりと見つめ続けるのだ! うおぉぉ!』


「……」


 でも、頭は残念だったわ。

 戦ってる姿だけならカッコいいんだけどね。


『全てはノルン様の為に――!』


 そんな雄叫びと共に、剣を振るうネルファ。

 バッサバッサとスライムを跡形もなく粉砕している彼女だが、大量の敵を剣で倒すというのはやはり非効率だ。

 魔術も得意なネルファとしては、現状に歯がゆいものがあるのだろう。


 しかし、スライム達はあのラムの分裂体だ。

 本体のラム程では無いにせよ、魔術を食べてしまう性質上、魔術による直接攻撃は期待できない。


 ただネルファの剣捌きを見ている限り、そんなハンデはどうでもいいように思えてくる。

 剣を一振りするだけで、彼女の視界に映るスライムは風圧で全て薙ぎ倒されていくのだから。


 だからこそ、ネルファは常に高速で城外を移動し続けている。

 走りながら、発見したスライムを全て狩っているのだ。


「流石ね、ネルファ。元々強いのは知ってたけど、ただの護衛にしておくのは勿体なかったかもしれないわ……」


 ネルファの不満も今なら分かる気がした。

 しかし、これだけネルファがスライムを狩っているけど、セレンは一体どうしているだろうか。


「えーと、セレンの方は……え?」


 私は遠視の魔術でセレンを探した。

 そこで見た光景に、私は思わず驚いてしまったのだった。

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