Retrace:8 セレンの実力

 スライム狩りを行っているセレン。

 彼女を遠視の魔術で覗いた私は、思わず困惑した声を上げた。


「ど、どういうこと……?」


 私が見た光景。

 それはセレンが魔術を用いてスライム達を殲滅する姿だった。


 青い髪を揺らして悠然と戦うセレンの姿は、苛烈なネルファの戦い方とは対照的だ。

 ネルファを炎に例えると、青髪のセレンは氷のようだ。

 見る限りでは、どうやら彼女は屋内にいるスライム達を優先的に狩っているようだ。


『……!』


 セレンは冷徹な表情を変えず、自身の周囲に魔術によって氷の刃を生み出した。

 そして、陽気に床を跳ねるスライム達に向けて射出する。


 全弾命中。

 氷の刃は的確に、スライムの核を貫いていた。


 流石だ。

 メイドという立場ではあるものの、彼女の実力は相当高いレベルにある。

 確かに純粋な戦闘力ならネルファの方に軍配が上がるが、セレンも同様に剣も魔術も人並み以上に扱えるのだ。


「でも、何でセレンは魔術を……?」


 やっぱりおかしい。

 増殖したスライム達は全てラムの分裂体であり、魔術での攻撃は殆ど通じない筈なのだ。


 しかし、セレンは魔術を使って彼らを倒している。

 確かに強力な魔術を用いれば、流石にラムの分裂体にも通用するのだろう。


 けれど彼女が扱っている魔術は、どれも初歩的な魔術に思える。

 当然数多くいるスライムに、いちいち強力な魔術を放つのは効率的ではない。

 セレンがネルファとスライム狩りの勝負をしていることからも、効率は最も重視すべきものである。


「むぅ……分からないわね……」


 私は唸った。

 魔術に対しての耐性を持つ相手に、初歩的な魔術で攻撃を当てる。

 そんなことは可能なのか?


「ねえ、ラム。貴方は何か分かるかしら?」


 ぬいぐるみのように抱き締めていたラムに向かって、私はそう質問してみた。

 するとラムは、「知らない」と首を振るように体を左右に揺らして見せた。


「まあ、そうよね……」


 知ってた。

 魔術に詳しくないラムに聞いても解決しないことなんて、当然私は分かっていた。


『……!』


 私が頭を悩ませていることなど知らず、セレンは次々とスライムを倒していった。

 初歩的な魔術とは言え、ほぼノータイムで連射していく光景は圧巻だ。

 おそらくセレンが屋内のスライムを狩っているのは、魔術の狙いが付けやすいというのもあるのだろう。


 機動力で効率をカバーするネルファの考えとは全く真逆である。

 その作戦の違いは、両者の性格の違いを表しているようで面白い。


 ただ、分からない。

 何故セレンの魔術がラムの分裂体に通じているのか。


「セレンは氷の魔術を使ってるのよね?」


 炎でも、電撃でもない。

 セレンは氷の刃でラムの分裂体に攻撃しているのだ。

 おそらくそこに何らかのヒントが隠されている筈である。


 私はセレンが見せたのと同じように、手のひらの上に氷の塊を作り出してみた。

 特に特別な感じはない。ごく単純な魔術である。


「ラム、これを食べて見せて」


 私は魔術で作り出した冷たい氷の塊を、ラムに与えてみることにした。

 すると、彼はあっさりと氷の魔術を食べて見せた。

 私の作った氷の塊は跡形もなく、消え去ってしまった。


「うーん……」


 セレンの魔術と一体何が違うのだろうか。

 正直、後で彼女に教えて貰えば済むことだけど、何だかそれは癪に障る。

 天才である私のプライドが許さないのだ。


「……」


 私はじっと考える。

 暫くして、ピコンと頭の中で閃くことがあった。


「あっ! もしかして!」


 私はもう一度、氷の塊を作り出した。そして、それをラムに渡してみる。


「どう? これは食べられるかしら?」


 私がそう尋ねると、ラムは氷の塊を乗せたまま体を左右に揺らした。

「食べられない」と、彼はそう言いたいようだ。


 ふーん、なんだ。

 蓋を開けてみれば、簡単な仕掛けである。


「魔術は魔術でも、魔力によって氷を作っているんじゃなくて、魔術で空気の温度を下げて自然現象として氷を作っていたのね」


 それがセレンの扱う魔術の正体だ。

 ラムの分裂体がどれだけ魔術の耐性を持っていようと、魔術そのものではない氷の刃には無力である。

 物理的な攻撃である以上、スライム達がこれを防ぐのは無理であろう。


「それにしても考えたわね。限定的でも魔術を使えるセレンに対し、剣だけで戦うネルファは少し不利そうだわ」


 ただ、結果はまだ分からない。攻撃範囲ならば魔術を使うセレンが上だろうが、ネルファの剣技ならばそれに迫ることも十分に可能だろう。

 でも――


「私は暇ね……」


 ラムを優しく撫でながら、私は再びぼんやりと空でも眺めることにした。

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