Retrace:9 結果発表
夕刻。
太陽の眩しさが鳴りを潜め、どこか哀愁漂うオレンジの光が空を彩る。
「はぁはぁ……ようやく終わったようだな……」
「そう、ですね……。流石に、私も疲れました……」
息を切らし、疲労の色を見せる二人。
セレンとネルファは全てのスライムを狩り尽くし、私の元へと帰って来た。
「二人とも、ご苦労様」
基本的に私は暇だったが、久し振りの部屋の外は悪くなかった。
それに暇な時間に、何冊か魔術の参考書にも目を通せた。
これも二人が私に代わってスライムを駆除してくれたおかげである。
「それじゃあ、お待ちかねの結果発表と行きましょう」
スライム狩りの勝敗。二人にとって、それが一番気になっていることだろう。
ルールとしては、一番多くスライム倒した人が勝者である。
その為に、私は二人から倒したスライムの数を教えてもらわないといけない。
私はネルファとセレンからその数を聞き取った。
互いには聞こえないようにしておいたので、勝敗は私の口から告げられるまで分からない。
「ふむふむ……百、千、万って! ええっ!」
二人の申告した数。
スライムを倒したその数に、私は驚いた。
たった一日でここまでスライムを倒した彼らも驚きに値するが、何よりもそのスライムの量にビックリした。
まあこれだけの量がいたのなら、紙に念写した検索魔術の結果にも納得がいく。
でも、
「ちょっと待って二人とも! いくらなんでも多すぎないかしら?」
絶対にこの量はおかしい。
だってこの私がラムに魔力を与えたといっても、こんな数まで増えるとは思えない。
もしやセレンとネルファは自分が勝とうと虚偽の報告をしている……?
「ねえ貴方達、もしかして嘘をついてはいないわよね?」
私の言葉に、二人は真剣は表情で答えた。
「主君たるノルン様に嘘など、私は断じてそのようなことは致しません」
「ネルファの言う通りです。そもそも私達が姫様の能力の前で嘘などつける筈もありません」
セレンの答えに、私は言った。
「確かにそうよね……。貴方達は私の騎士とメイドなんだもの」
そうである。
私の『固有魔術』の前で、彼らが嘘をつくことは不可能だ。
なら、疑うべきはそこではない。
「じゃあなんでラムはこんなに増えちゃったのかしら?」
私は首を傾げる。すると、セレンが口を開いた。
「おそらく魔力を食べたからではないでしょうか?」
「でも私はそこまで魔力を与えてないわよ?」
「いえ、姫様が与えた魔力ではなく、この土地自体の魔力を――です」
「この城の土地にそんな魔力は……あっ! すっかり忘れていたわ! そもそもこの城自体が巨大な霊地だったわね!」
あーそれでラムの分裂体は更に魔力を食べて増殖したわけね。納得したわ。
私達の住むこの城は、霊脈と言われる大地の魔力の流れが集中する場所の上に建てられている。
その影響もあって、この土地自体が濃密な魔力に満ちているのだ。
そもそも私が勇者召喚の為にここに拠点を置いている理由も、この城が霊地になっているためである。
そして土地から放出される魔力を糧に、ラムはこれほどまでに異常な増殖をしたのだろう。
「ラム、今度からは私に許可無しに、勝手に増えたりしないこと。いいわね?」
私はそう言って、ラムに釘を刺しておいた。
この子は元から頭がいい。
二度とこんな真似はしないだろう。
まあでも、何だか色々スッキリした一日だった。
工房で研究詰めの毎日だったが、たまにはこういった刺激のある日もいいものだ。
と言っても、私は何もしてないんだけどね!
「あー二人とも、今日は疲れたでしょ? さっさと帰って休みましょ。私も早く部屋に戻って、とっとと次の研究をしたわ」
疲れた。でも、ちょっとだけこの疲労感が心地よかった。
さあ、目的のスライム狩りは終わった。
部屋に戻って、早く勇者召喚の理論を完成させなくっちゃ。
「恐れながら、姫様。凄く終わった感を出していますけど、まだ私とネルファの勝敗を発表していませんよ」
「あっ!」
セレンの言葉で、私はハッとした。
ラムが増えた理由に話が脱線してから、完全にそのことを忘れていたわ。
「それじゃあ改めて、このスライム狩りの勝者を発表するわ!」
私が高らかにそう告げると、セレンとネルファが微かに息を呑んだ。
表では自信満々に見える二人だが、やはり緊張しているようだ。
そのことに、私は思わず微笑んだ。
そして、宣言する。
「勝者は――」
ドコドコドコドコ……ジャン!
「僅差でセレンの勝ちっ!」
勝者はセレン。
私の専属メイドを賭けた勝負は、彼女がその座を死守することで決着した。
「当然の結果です」
勝者の余裕か、セレンはそんなことを言っている。
しかし、内心はホッと胸を撫で下ろしている筈だ。
一方勝負に負けたネルファは、あまりにも酷い有り様だった。
「私が負け……そんな……。それではノルン様の着替えを覗く計画も、寝床に潜り込む計画も台無しに……」
ブツブツと陰鬱な表情で呟き続けるネルファ。
ちょっと言ってることが理解出来ないわね。
彼女の頭は大丈夫なのかしら?
だが、このスライム狩りの勝負を振り返ってみると、中々に接戦だったと思う。
勝負の分かれ目は、やはりセレンの戦略にあるだろう。
屋外で強引にスライムを蹴散らしていたネルファとは違い、セレンは計画的に動いていた。
狭い屋内ならばスライム達は必然的に固まらざる得ない。
そこを魔術で一網打尽にすることで、効率をあげていたのだろう。
しかし、屋内よりも屋外の方がスライムの全体数が多く、セレンが城内を片付け終えて外へ出たときには既にネルファがかなりの数を倒していた。
そこがセレンの計算違いだったのだろう。
ネルファの腕を見余って、予想以上に外のスライムを狩られてしまったのだ。
おそらくセレンはそのせいで、このような僅差での勝利になってしまったということだろう。
ただ、ネルファがスライムに通じる魔術の仕掛けに気が付いていれば、彼女が勝利を手にしていた可能性が高い。
しかし、こういう甘さこそネルファが残念騎士たる所以である。
結局、このスライム狩りでの役職の変更は叶わなかった。
しかし、ネルファのこの腕を工房の護衛だけに留めておくのは勿体ない。
主として、私が何かしら彼女に別の仕事を考えてもいいのかもしれない。
そんなこんなで、今日という慌ただしい一日は終わりを告げた。
後日。
見事メイドの座を防衛したセレンが、ぐうたらしている私に言った。
「姫様……ラム、心なしか大きくなりましたね」
「言われてみるとそうね。でも、増えるよりはマシでしょ?」
「まあ……」
釈然としない返事をするセレン。
スライム増殖の一件があってからラムは増えるのをやめ、逆に大きくなった。
ボールくらいだった大きさは、今やソファー並みになっている。
ちなみに私はそんなラムをクッションにして、存分にだらけているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます