Retrace:10 検証結果

「これから召喚魔術に関する検証結果を発表するわ」


 いつも通りの自室で、私はそう高らかに宣言した。

 目の前には、セレンとネルファの姿もある。


「はい。これ私直筆の資料よ。ちゃんと人数分用意しておいたから、参考資料として使いなさい」


 私がテキパキと人数分の資料を配ると、セレンが神妙な顔で口にした。


「無駄に用意がいいですね。姫様らしくないです」


「何よそれ。喧嘩売ってるの?」


「いえ、素直に感心しただけです」


 ならいいんだけど……。

 すると、そんな私とセレンのやり取りを横で見ていたネルファが、遠慮気味な態度で手を上げた。


「あの……ノルン様、私なんかがこの場にいてもいいのですか?」


「構わないわ。だって、今度からは貴方にも私の研究を手伝って貰うつもりだから」


 スライム狩りの一件で、私はネルファを今までぞんざいに扱っていたことを反省した。

 だからこれからは彼女にも私の研究を手伝って貰うことに決めたのだ。


 私がそう説明すると、ネルファが涙を流し始めた。

 あまりに嬉しかったのか、鼻水を垂らすレベルの号泣だ。


「うぅ……!! ノルン様のお側に置いて貰えるだなんて、なんと御礼を申し上げればいいか……!!」


「ちょっと、そんなことで泣かないでよ。私としても、貴方へのこれまでの扱いを反省してるのよ。ネルファ、今まで悪かったわね」


 ネルファ一人を部屋の外で待機させておくというのは、冷静に考えれば仲間外れにしているのと同じだった。

 私がそう告げると、感極まったのかネルファが抱き着いてきた。


「ノルン様ぁ~! 好きですっ!」


「ちょっとネルファ! 分かったから! 分かったから鼻水を垂らしながら抱き着かないで!」


 この子、流石に私のこと好き過ぎないか?


「とにかく! さっさと話しを始めるわよ!」


 私はネルファを引き剥がし、資料を片手に説明を始めた。

 配った参考資料の資料には、今回行った召喚魔術の検証結果が書かれている。


「今回私が分析した結果、ラムを召喚したスタンダードな召喚術式には、大きく別けて三つのプロセスが存在することが分かったわ」


 三つの大きなプロセス。それは以下のものだ。


 ①対象の魔物を検索。


 ②魔物を召喚。


 ③魔物と契約。


 この三つである。


「まず①から説明するわ。この魔物を検索するというのは、召喚対象の魔物を探しだすという機能のことよ」


「つまり召喚主に相応しい魔物を見つけ出してくるのが、この①になるわけですね」


 セレンの言葉に、私は頷く。


「ええ、そうよ。召喚魔術では、術者のポテンシャルに合致しつつ、召喚したい魔物のイメージに合った魔物が召喚されるわ。①のプロセスはその選出を決定する機能を担っているわ」


 私の言葉に、ネルファは言った。


「なるほど。この前ノルン様が使っていた検索魔術は、これを元に作った魔術というわけですね」


「そうよ。①を実行する術式だけを抽出して、その機能を整理したのが前に見せた検索魔術ね」


 前に何度か使った検索魔術。

 それはこの①の機能に着目した私が、独自開発した魔術である。


 ここまでが①についての説明だ。

 私は資料のページを捲り、話を②に移した。


 ②魔物の召喚。

 これについて、私は得意げに解説した。


「②の効果は見ての通り、魔物を召喚するというものよ。召喚魔術の術式の大部分は、この魔物を召喚するという機能に費やされてるわ」


「姫様は数時間で完成させましたけど、本来は召喚魔術の準備自体にかなり時間が掛かるんですよね?」


「まあ普通なら、大体一ヶ月はかかるんじゃないかしら?」


 セレンの質問に、私はそう答えた。

 そもそも召喚魔術は大規模な術式によって成り立っている。

 まず魔法陣の準備に膨大な時間が必要になるのだが、そんなものは私の手にかかればなんてことはない。


「一ヶ月必要な術式を、たった数時間で……。やはりノルン様は天才ですね!」


「ありがとう。でも、天才なのはいつものことよ」


 目を輝かせたネルファの称賛を、私は毅然と髪を払って受け入れた。


「でね、この②の術式が一番重要な召喚の機能を担ってるわけなんだけど、これは転移魔術に似たような術式なの」


「転移魔術ですか?」


「そう。転移魔術ってのは、空間魔術の一種でかなり高度な魔術になるわ」


「な、なるほど」


 ネルファがウンウンと頷いているが、あの顔は全く分かってない顔だ。

 私は分かりやすく図で示した。

 簡単に描けば、『空間魔術』→『転移魔術』となる。

 転移魔術の位置付けは、空間魔術という大きな分野の一部なのだ。


「この②では、他の場所にいる魔物を使用者の元まで移動させてくるわ。ここのプロセスでこの転移魔術の術式が応用されていることが分かったの」


「つまり召喚魔術の②とは、転移魔術そのものということですね?」


「まあ、その認識で正しいわ」


 セレンの言葉に、私は首肯した。

 転移魔術は文字通り、別の場所にあるものを更に別の場所に転移させる魔術である。

 かなり大掛かりで複雑な術式が必要な為、現代でこの術式を目にすることはあまりない。


「重要な箇所の説明はこれで終わりよ。①と②がポイントになるから、ちゃんと覚えておいてね」


 ここまでの話をまとめよう。


 ①対象の魔物を検索→検索魔術

 ②魔物の召喚→転移魔術


 召喚魔術の術式はこうなるわけだ。


「あれ? ③の説明はありましたっけ?」


 首を傾げたネルファに、私は言った。


「そうね……。まあ折角だし③についての説明も軽くしておくわ。③の機能は魔物との契約よ。この部分の術式には契約魔術が使われてるわね。召喚魔術の場合は、魔物と人で行う従魔の契約ね」


 私とラムが魔術的なパスで結ばれているのも、召喚魔術に付属していた③の契約魔術によるものだ。

 しかし、私は言った。


「けど、今回この③はどうでもいいの」


「何故ですか?」


「ネルファ、いい? 私の目的は勇者召喚の術式を完成させることよ。検索魔術や転移魔術は興味深いけど、契約魔術はあくまでオマケの部分だわ」


 私の目指す勇者召喚において、契約魔術は必要ない。

 よって、③のプロセスはこの際どうでもいいのである。


「確かに、契約魔術は勇者召喚には関係無さそうですね」


 今回はネルファも分かってくれたみたいだ。


「それじゃあ召喚魔術の三つの機能について話したことだし、ここから本題に入るわ」


 そう言って、私は資料の次のページを開いた。

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