幕間:1 勇者アイク

※別視点


 大陸の西に広い領土を持つ、デール帝国。

 近隣諸国の中で最も力を有するその国の首都で、現在各国の使者達による国際会議が行われていた。


 巨大な円卓を囲むのは、それぞれの国の代表代理の者達だ。

 俺――アイク・セラフォードは部屋の片隅に控え、彼らの会話に耳を傾けていた。


「ええい! まだ、勇者召喚は成功していないのか!?」


「そんなことを言われても、貴国が提供してくれた古文書の記述は根本的に破綻していた!」


「多くの補助金は出している! だから早く勇者を召喚してくれ!」


「優秀な霊地が確保出来ない以上、私の国でのこれ以上の術式研究は不可能だ!」


 使者達の会議は、殆ど議論の様相を保ってはいなかった。

 彼らは各々の主張を喚き散らすばかりである。

 しかし、それも仕方無いことだろう。


 俺は知っている。

 この場に集っている国々は、数年前まで互いに激しい戦争を繰り広げていたことを。


 だが今では全ての戦いを止め、こうして各国は同盟といった形で連携を図っているのだ。

 それも全て、五年前に【終わりの魔女】が現れたことに起因する。


 各国は焦っているのだ。

 【終わりの魔女】の手によって、この世界が滅ぼされてしまうことを。


 しかし魔女を倒した後のことを考えている国ばかりでは、この停滞した現状はいつまでも変えられない。

 でも、それは今日で終わりだ。


「――皆の者、静まれ」


 荘厳な声音が、部屋から一瞬にして音を奪い取った。

 そして、皆の視線がその声を発した男に注がれる。


 巨岩のような体躯。

 それに似合わぬ華美な服装に身を包んだこの男こそ、この会議の中心たるデール帝国皇帝・ゼウルス陛下であった。


「ここまで黙って聞いていたが、余の耳には下らぬ発言ばかりしか聞こえてこなかったぞ?」


 周囲を睨んだ陛下に、使者達はゴクリと息を呑んだ。

 流石と言うべきゼウルス陛下の威厳に、彼らはただ圧倒されていた。


「どうやら一通りの話しは済んだようだな。では、余から話そう。実は貴公らに集まってもらったのは他でもない、余の口から直接伝えねばならぬことがあったからだ」


 そう言って、ゼウルス陛下はチラリと俺に視線を送った。

 長い待ち時間だったが、ようやく出番のようだ。

 陛下は皆の前で大仰に手を広げた。


「この余から、是非とも貴公らに紹介したい人物がいる。前に出よ、勇者アイクよ」


「はっ!」


 陛下に呼ばれ、俺は前に進み出た。

 各国の代表、その面々の視線が俺一人に突き刺さる。


「勇者……だと……?」


「まさかこの少年が……」


「帝国は勇者召喚に成功したのか……?」


 俺に注がれるのは懐疑と困惑の視線である。

 会場がどよめく中、皇帝は大きく告げた。


「皆に紹介しよう。この者こそが我が国の選定した勇者、アイク・セラフォードである」


 改めて、俺の自己紹介をしよう。

 俺の名はアイク。


 三年前まではデール帝国の首都に出稼ぎに来た、ただの田舎者だった。

 しかし偶然が重なり合った末に、俺は自分でも知らなかった潜在能力を見いだされ、ゼウルス陛下に仕えることになったのだ。


「私の名前はアイクと申します。ゼウルス陛下の恩寵を賜り、この度勇者として選定されました。何卒お見知り置き下さい」


 何度も練習した語句を並べ、俺は恭しく頭を下げた。

 すると、使者の一人が陛下に向かって質問する。


「失礼ですが、選定したとはどういうことでしょうか? 勇者召喚が成功したわけではないのですか?」


「ああ、そうだ」


「そんな! ゼウルス陛下、流石に冗談が過ぎます! 異世界から召喚した勇者ならともかく、そんなどこの馬の骨ともわからぬ少年を勇者だと!?」


 早口で捲し立てた使者の一人に、ゼウルス陛下は落ち着いた口調で告げた。


「フン、早まるでない。このアイクの実力はやがて伝説の勇者にも比肩しよう」


「やがて……ですか? 一体どういうことなのか、私どもにも分かりやすく説明して貰えませんか?」


「言われなくとも、元よりそのつもりよ。それではアイク、この『力見ちからみの水晶』に手を触れるがよい」


「御意」


 陛下に促され、俺は目の前に用意された水晶玉に手を触れた。

 すると、その水晶玉はたちまち強い六色の光に輝きだした。


「馬鹿な……!」


「六色……全属性の魔術適正だと!?」


 使者達は愕然としていた。

 ゼウルス陛下は不敵な笑みを浮かべて、彼らに告げる。


「この『力見ちからみの水晶』の機能は、皆もよく知っておろう。これは触れた者の力量を分かりやすく示す、よくある魔道具だ」


 『力見ちからみの水晶』と呼ばれるこの魔道具は、冒険者ギルドや教会などに置かれているメジャーな魔道具だ。

 その機能はシンプルで、水晶玉に触れた者の力量や素質を見抜くというものである。

 ゼウルス陛下は言った。


「この通り、アイクは全属性の魔術適正を持っている。火、水、土、風、光、闇――全ての属性をな!」


 陛下が口にしたように、俺は全ての属性に対して魔術適正を持っている。

 それは『力見の水晶』の輝きを見れば一目瞭然だった。

 触れた者の持つ魔術適正を、この水晶玉は光の色として表したのだ。


「アイクは伝説の勇者達と同じく、全属性の魔術適正を持つ者だ。だが、驚くのはまだ早い。皆の者、水晶に浮かぶ文字を見るがよい」


 光輝く水晶に浮かび上がる文字。

 それは俺の魂に刻まれた術式――『固有魔術こゆうまじゅつ』を読み取ったものである。

 『力見の水晶』には、触れた者の『固有魔術』を読み取る機能もあるのだ。


「なっ……これは……」


「まさか、こんな『固有魔術』が存在するのですか……!?」


 俺の能力を前に、一様に驚く使者達。

 彼らの姿に、ゼウルス陛下は笑っていた。


「ははっ、驚くのも無理はない。余も初めは驚いたものだ。アイクよ、お主の口から皆に説明するがよい」


「はい。私の『固有魔術』は『天賦の如才オールマイティー』と言います。この力は全ての物事の才能を持つというものです。それは魔術や剣術、学問であろうと例外ではありません」


 『固有魔術』――それはこの世界の人間ならば、誰もが魂に一つだけ宿している術式のことだ。

 ただし、それは魔術と言うのは名ばかりで、実直に特殊能力といって差し支えないものである。


 自分で言うのもあれだが、どうやら俺の『固有魔術』の力は、「全ての物事の才能を持つ」というものらしい。

 昔から何事も飲み込みが早いとは言われていたが、まさかそれが常時発動している『固有魔術』のお陰だとは考えたこともなかった。


 そして、『天賦の如才オールマイティー』を持っていることを陛下に知られたことで、こうして俺が勇者として選ばれることになってしまったのだ。

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