幕間:2 勇者アイク

 『天賦の如才オールマイティー』。

 それが俺――アイクの持つ『固有魔術』の名前だった。


 その能力は、全ての物事の才能を持つというものだ。

 要は誰かから技術さえ学んでしまえば、僅かな時間でそれらを習得出来るというものである。


 剣も、槍も、弓も、魔術だろうと、俺は常人を遥かに凌ぐスピードでそれらをマスター出来る。

 本来なら膨大な研鑽の時間が必要なものでも、この『固有魔術』はそれらを容易く短縮するのだ。


 我ながら破格の能力を身に付けているなと、何度呆れたことだろう。

 そんなことを考えていた俺の耳に、ゼウルス陛下の言葉が響く。


「『天賦の如才オールマイティー』――このような『固有魔術』を持つ者を、余はアイクの他には知らぬ。これが我が国の推挙する勇者である!」


 会場全てを押し潰すような気迫で、ゼウルス陛下は声を上げた。

 その迫力の前に、使者達は萎縮する。

 最早ゼウルス陛下に意を唱える者などいない。この場は既に彼の独壇場だ。


「勿論我が国からの推挙とはいえ、古くからの取り決めにより、国家間での勇者の扱いは完全に中立とさせてもらう。異存はないな?」


 有無を言わせぬ迫力で、ゼウルス陛下はそう口にした。

 だが、使者の一人が負けじと声を上げた。


「ま、待って下さい! アイク殿を勇者と認める前に知っておきたいことがあります。今の彼の実力は一体どれ程なのですか!?」


 よくこの状況で声を上げられたと、俺は素直に感心した。

 陛下に睨み付けられた状態では、まるで生きた心地などしないというのに。

 勇気を出した使者の言葉に、ゼウルスはとぼけたように言った。


「そう言えば、まだアイクの実力について詳しく説明していなかったな。ふふ、驚くなよ? この者の実力はな、既にかの『剣聖』を超えておるのだ」


「け、『剣聖』以上ですとぉ!?」


 その使者は円卓を叩き付け、驚きを露わにした。

 そんなオーバーリアクションを見届け、俺は口を開く。


「『剣聖』・エルザールは私の師となります。そして既に、師より剣の至境に達したとのお言葉を頂きました」


「隠居したと聞いていたが……まさかあの『剣聖』が……」


 使者は震えた声で呟いていた。他の者達も似たような反応だ。

 それもそうだろう。

 帝国の『剣聖』とは、大陸に名を轟かせる英傑である。


 その彼の実力は、長く帝国と戦争をしてきた他国の方が良く分かっている筈だ。

 師匠を悪く言うつもりはないが、あの人は高齢になった今でも衰えを見せぬ怪物である。


「『剣聖』を超える才能。もし本当ならば……」


「アイク殿は歴代の勇者に匹敵する。いや、それを以上かもしれん」


「それにこの『固有魔術』があれば、もしかしたら……」


「ああ、あの忌々しい魔女を討ち滅ぼせる!」


 いつの間にかこの会場は、俺に対する期待に満ちていた。

 そんな使者達の様子を見て、ここぞとばかりにゼウルス陛下は告げた。


「皆も分かっただろう。アイクは我々の残された希望だ! この者を除いて、【終わりの魔女】を倒せる可能性がある者などいるだろうか?」


 ゴクリと、俺は息を飲んだ。

 陛下のその言葉には、有無を言わせぬ力強さを感じた。


「……時間が無いのだ。勇者召喚を成功させる以前に、明日にでも世界が魔女に滅ぼされてもおかしくはない。だからこそ、世は皆に頭を下げよう。アイクの持つ力に、才能に賭けてはくれないだろうか?」


「……!」


 会場に衝撃が走った。

 大陸最大の国力を持つ帝国の主が、諸外国の使者達に自ら頭を下げることなどあり得ないことだった。


「頭を上げて下さい。陛下のお気持ちは分かりました。我が国はアイク殿を正式な勇者として認めましょう」


 一人の使者がそう告げる。

 すると、次から次へと使者達は同じような言葉を口にしていった。


 採決は満場一致だ。

 反対する者は誰一人も存在しない。

 ゼウルス陛下はその結果を当然のように受け止め、この場を代表して宣言した。


「そなたらに感謝しよう。ではたった今から、この者――アイク・セラフォードを勇者として認定する!」


 万雷の拍手が鳴り響く。

 【終わりの魔女】を倒し、世界を救う。

 まさかただの村人だった自分が、こんな重大な責任を負ってしまうことになるとは思いもしなかった。


 だが、勇者になった以上、俺に立ち止まることは許されない。

 その覚悟は既に決まっている。

 たとえこの身を犠牲にしてでも、大切な人達の明日を掴んでみせるのだと――。

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