二章 偽勇者あらわる!

Retrace:12 魂に刻んだ約束

※ノルン視点


 頭上には、青い空が広がっている。

 幼い私は、漫然とその空を見上げていた。

 そんな私の隣には、黒髪の男性が立っている。


「ねえ勇者様、なんで空は青いの?」


 隣に立つ彼に、私はそう質問した。

 すると、彼は答えた。


「それはレイリー散乱って言ってね、太陽光が大気で散乱することによって、青の光がよく強調されて見えるんだ」


「へぇ~。じゃあ、夕焼けは何で赤いの?」


「夕焼けの場合は、太陽光が日中より長い距離を通過するから、青の光は散乱され切っちゃうんだ。それで散乱しにくい赤の光が残って見えるんだよ」


「凄いわ……! 勇者様は何でも知ってるのね!」


 私は思わず感嘆した。

 彼は私の知らないことを沢山知っている。


 それに優しくて、誰よりも私の味方でいてくれる。

 そして、何より本当に格好いいのだ。


 彼は勇者。

 この世界では珍しい真っ黒な髪と瞳を持っているのがその証拠だ。


 勇者とは、魔女を殺す為の存在である。

 彼は【終わりの魔女】を殺す為に、私の国が異世界から召喚した勇者だった。

 けれど……。


「ねえ、勇者様……。勇者様はずっと私の傍にいてくれる?」


 私は彼を見上げ、そう尋ねた。

 すると、彼はこう口にした。


「多分だけど、俺は君の傍にはいられない」


 非情な言葉だった。

 彼が傍にいてくれなければ、私は独りぼっちになる。


「何で? 何で勇者様はずっと私の傍にいてくれないの?」


 涙を滲ませ、私は彼に抱き着いた。

 そんな私を見て、彼は困ったように口を開く。


「俺だって、本当はずっとノルンの傍にいたいさ。でも、時間が無いんだ。俺をこの世界に喚んだ召喚術式は不完全だった。しばらくすれば、俺という存在はこの世界から完全に消える」


「そんな……」


 彼がこの世界から消える。

 その事実を突き付けられ、私は目の前が真っ暗になるような感覚を抱いた。


 しかしそんな私の頭を、彼は優しく撫でてくれた。

 そして、


「寂しくはなるけど、なにも永遠にさよならってわけじゃない。俺がノルンともう一度会える可能性はゼロってわけじゃないんだ」


 永遠にさよならではない。

 そう告げた彼は、私の目を見て言葉を続けた。


「ノルン、頼みがあるんだ。もう一度……もう一度、俺をこの世界に喚んでくれ。そうすれば、俺はずっと君の傍にいられるから」


 懇願するように、願うように、彼は私にそう言った。

 そして、そのまま彼は腰を落とし、私の背に両手を回した。


「勇者様……?」


 突然ギュッと抱き締められ、私はただ困惑した。

 こうして誰かに抱き締められたことなんて、今まで一度も無かった。

 だから戸惑い以上に、私の中には嬉しいという気持ちがあった。


 私は彼が――勇者様が好きだ。

 心から愛している。


 何故なら彼は命の恩人で、唯一無二の大切な存在。

 私を“ノルン”だと認めてくれて、生きることの幸せを教えてくれた、かけがえのない存在だ。

 もし彼と出会わなければ、今の私はとっくに生きる意味を失っていただろう。


 そんな彼に抱き締められ、今の私はとっても幸せだった。

 ただこの高鳴る心臓の音が彼まで伝わっているのだと思うと、耳まで真っ赤になるほど恥ずかしかった。


「私は勇者様が好きよ。これからもずっと勇者様と一緒にいたいわ」


 私の告白に、彼も同じように言葉を返してくれた。


「俺もだよ、ノルン。俺も君が好きだし、ずっと一緒にいたいと思ってる」


 それを聞いただけで、私は救われたような気持ちになる。

 そして、思わず感涙が頬を流れた。


「……勇者様、約束するわ。私は何があろうと生き延びて、勇者様をもう一度召喚する! 絶対よ!」


 私の誓いに、勇者様は優しく微笑む。


「ああ、待ってるよ。あっちの世界で、ノルンがもう一度喚んでくれるその時を――」


 眩しい青空。

 雲一つ無い快晴の下、私は彼と約束をした。


 『もう一度、勇者様をこの世界に召喚する』


 それは最早約束以上に、私の使命となっていた。

 私はこの日、彼と交わしたやり取りを決して忘れない。


 絶対に色褪せることの無い記憶。

 それを魂に刻み込むように、何度も私は回顧し続ける。

 何があろうとその約束を、その使命を成し遂げる為に。


 私の覚悟は揺るがない。

 諦めることなどあり得ない。

 どれだけ失敗しようと、挫折しようと、関係無い。


 あの日の彼から貰った『人生』は、今も燦然と輝いている。

 だからこそ、私は進み続ける。

 絶対に成し遂げる。


 その先にどんな困難が待ち受けようとも。

 勇者も、魔女も関係ない。

 私の邪魔をする者は全て捩じ伏せ、必ず約束を果たしてやる。


 私の名前はノルン。

 かつて勇者様に命を救われた、ただの夢見るお姫様。

 そして彼との再会を願う、ただの恋する乙女なのである。

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