Retrace:14 勇者への対応

「――勇者が現れました」


 私達の前で、リッカはそう口にした。


 勇者。

 それは魔女を倒す為に選ばれた、特別な人物に与えられる称号である。

【終わりの魔女】を倒す為に、遂に勇者が選定されたようだ。


「勇者だと……!」


「まさか姫様より先に召喚を成功させるとは……」


 驚きを隠せないネルファとセレン。

 そんな彼女らを私は窘める。


「二人とも落ち着きなさい。まだ話しの途中よ。リッカ、続きをお願い」


「はいっす」


 リッカは頷き、言葉を続けた。


「歴代の勇者は全員、異世界から召喚されたと伝えられていますけど、どうやら今回の勇者はこれまでとは勝手が違うみたいなんすよ」


 過去、勇者を名乗った者達は全て、異世界から召喚されたと記録されている。

 だが、今回は違う。


「なんと世界同盟の盟主国であるデール帝国が、早々に勇者召喚を諦め、自国の少年を勇者として選定したんす!」


「……それは本当ですか?」


 セレンの言葉に、リッカは答えた。


「はいっす。ちゃんと自分の目と耳で確かめた情報っすから。まだ発表はされていないんですけど、近日中には世界各国に正式に通達されるみたいっすよ」


 リッカの言葉に嘘偽りはないだろう。

 この可愛い諜報員の実力は、私が一番知っている。


「しかし、勇者が選定されたとなると……厄介だな」


 似合わず思案顔をするネルファ。

 こんな真剣な表情をされると、いつもの脳筋な彼女が別人みたいだ。


「それでノルン様、これからどうしますか?」


 ネルファの言葉に、私は答えた。


「別に、どうもしないわよ。帝国の勇者なんて放っておきなさい。誰がどう動こうと、私の目的に変更は無いもの」


 素っ気無く答えた私に、セレンは心配そうに告げる。


「姫様、本当に勇者をこのまま放っておくつもりなのですか……?」


「別に問題ないわ。あんな偽物の勇者なんかじゃ、【終わりの魔女】は殺せない。それは貴方がでしょ?」


「姫様……」


 私の冗談めかした台詞に、セレンは困ったような顔をした。

【終わりの魔女】という名をここで出すのは、ちょっと意地悪だったかもしれない。

 すると、横からネルファが口を開いた。


「帝国の勇者がどれ程の実力なのかは知りませんが、彼らも流石に相手を侮り過ぎかと」


「そうよね。どうせ彼らは【終わりの魔女】について何も知らないんでしょ?」


 帝国は魔女を侮っている。

 彼らは知らないのだ。

 【終わりの魔女】が滅ぼした国が、一体どうなったのかを……。


 決して人の身では敵わない、空前絶後の怪物。

 それが魔女なのだ。


「というか、そもそも私はあの人以外を勇者だなんて認めるつもりはないんだから」


 冷たく拒絶するように、私はそう呟いた。

 私の中での勇者とは、後にも先にも彼一人だけだ。

 帝国が選んだ勇者なんて、私の知ったことではない。


「ですが、帝国が勇者を選定したことで、近い内に姫様の研究にも影響が出てくるのは間違いありません。多少はその動向を注視しておくべきでは?」


「それはそうかもだけど……」


 セレンの意見に、私は不満げに唇を尖らせた。

 勇者という称号を使って活動する以上、今後その存在が邪魔になってくる可能性は大いに考えられる。


「でも、現状では帝国の勇者なんて、私にとっては何の障害でも無いのよね……」


 私は今後の対応を思案する。

 最初は偽勇者なんて完全無視でいいと思ってたけど、セレンはああ言ってるし……。


 今後邪魔になった時に考えるのでは、色々不安があると彼女は思っているのだろう。

 邪魔になると言っても帝国の勇者なんてものが、私の目的の大きな障害になる可能性は少ないと思うけど……。


「まあ、セレンの言うことも一理あるわ。正直ガン無視でもいいんだけど、今後のことを考えると流石にそうはいかないわね」


 私は観念したように肩を竦め、リッカに視線を向ける。


「それじゃあリッカ、貴方には引き続き諜報任務の継続を命じるわ。それと帝国の勇者についても、常にその情報は掴んでおきなさい」


「了解っす!」


 リッカは私の前で、綺麗な敬礼をした。

 小柄な彼女が敬礼するといった光景は、何だかミスマッチで面白かった。


「それじゃあ任せたわよ、リッカ」


「はいっす! 姫さんも研究頑張って下さい!」


 快活な彼女の返事に、私は思わず微笑んだ。

 こうして、帝国の勇者への対応を考える会議はお開きとなった。

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