第6話 父王
「どうしたのだ、マクシミリアン。左様に息を切らして」
王子がやっと父をつかまえたとき、王は奥の宮にある喫茶の間で、家族とともにのんびりと午後のお茶をしているところだった。周囲には正妃である母と、まだ幼い弟王子やら妹姫たちが座っている。
「ちっ……父上。その、ちょっと……おたずね、したいことが」
全速力で走ってきたので、すっかり息が上がっている。ろくに言葉もつむげないで
「いったい、何があったのです。落ち着いて話してごらんなさいな、マックス」
「い、いえ……その」
王妃たる母は、晴れて王太子になった息子を、それでもまだ子供扱いするところがある。本来であれば、いかに実の母であっても、王太子にはそれなりの敬意を払って話をせねばならないところなのだが。
しかし、これはいつものことだ。それは王妃の、母親としての愛情の表れでもある。それは王子もよく知っていたから、敢えて気にしないことにしていた。
「兄上、今日のお菓子もおいしいですよ? 兄上の大好きな蜂蜜のプディングですよ! ねえ、ごいっしょしませんか」
「おいしいチョコレートもあるのよ。こちらへ来て、いっしょに食べましょうよう。ねえ、マックス兄さまあ」
可愛らしい弟と妹も、甘えた声をあげてとことことやってくる。弟はまだ八歳、妹はたったの四歳だ。二人とも輝くような金の髪に、母譲りの宝石のような翠の瞳をしている。本当に可愛い盛りだ。
父や母はもちろんだろうが、王子自身、目に入れても痛くないほど、このちいさな弟妹を可愛がっている。他のことでなければすぐにも、喜んで彼らのお誘いを受け、席を共にしたいところだった。しかし、今はそういうわけにはいかなかった。
「で、できますれば、父上とだけ……お話しがしたいのですが」
こんな話、おいそれと誰にでも聞かせられるものではない。特にちいさな子供たちには絶対に聞かせられない。かれらを無駄に不安にさせたくはなかった。
王子はそこから「政治むきのお話しですので」とかなんとかと言い訳をひねり出し、どうにか父王だけと話をさせてもらえることになった。
父は自分の私室へと場所を移してくれ、控えていた側付きの者たちを人払いしてくれた。
「うむ? 建国の伝説だと?」
ひととおり王子から話を聞いて、父は妙な顔になった。もちろん王子は、古城で出会った不思議な人物についてはひと言も話していない。
「そなたが
父は眉をひそめ、金色の口ひげをちょっとひねった。なにか考え事をするときの父の癖だ。
王子は肩を落とした。
「そうでございますよね……」
「そもそも、そなた
言われて王子の胸はどきんとはねた。
「えっ? いえ、そのう……。た、大したことではないのですが」
さらに輪をかけてしどろもどろになる。
王子自身、この父には愛され、非常に大切に育てられてきたという自覚がある。今までこの父に刃向かったこともなければ、こんな隠し事や嘘をついたこともない。
しかしまさか、「あの古城で不思議な怪物と出くわしました」「その怪物があの恐ろしい魔王だとはどうしても思えなくて」などと、ありのままに申し上げられるはずもなかった。
「む、昔ばなしというものは、地域によって微妙に変化すると聞きましたので……。もしかして他の地方では、違う伝説になっていたりするのかなと、少し疑問を覚えまして」
「ふむ。そういうことはあるかも知れぬが。しかし、そも、これは他ならぬわが国の建国の歴史ぞ? 城内の資料にあるものがもっとも正統な建国伝説であろうと思うが。そこは疑いようもなかろうに」
「……さ、左様にございますね」
気弱な王子に、それ以上の抗弁などできようはずもなかった。そのまま父に一礼すると、お茶の時間を邪魔したことへの謝罪と感謝を伝え、すごすごと部屋を辞した。父は多少不審な顔はしていたが、黙って王子を見送った。
(そうか……そうだよな)
ほかならぬ国王陛下ご自身がそうおっしゃっているのだ。王宮内のほかの誰に訊いてみても、恐らく答えは同じであろう。
だとしたら一体、ほかのだれに話を聞けばいいのだろうか。
王子はしばらく、自室でうんうん考え込んだ。こんなこと、近侍のだれにも相談するわけにはいかない。すべて一人で考え、一人で対処するほかなかった。
そうして、日も傾きかかった頃。王子はようやくハッと顔を上げた。
(……そうだ!)
王子は立ち上がると、先日も使った例の仮装用の衣装をひっぱりだした。それをそっと寝台の下に押し込む。
その後は普段どおりに過ごした。側付きの少年が夕餉の支度ができたことを告げに来ると、何食わぬ顔で家族と共に夕餉の席につく。いつもどおりに湯浴みを済ませ、家族におやすみの挨拶をした。そうして、近侍の者たちには「疲れているから」と宣言し、早々に寝床に入った。
それからはまんじりともせずに、深夜になるのを寝床で待った。
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