第3話
その人影は、中央の大広間の中で何かをごそごそやっている様子だった。
彼は物陰から、ひっそりとそいつのすることを見つめていた。
足音など、こそりとも立てるものではない。今の自分は、恐らく昔の自分とは異なる存在になり果ててしまっている。
体を覆う黒いマントでほとんど隠れてしまっているが、そこからにょっきりと覗く腕は丸太のように太く黒く、傷まみれだった。頭に妙な違和感があって手をやってみると、そこには何か大きな角まであるらしい。
それに、顔には何かが張り付いている。面でもつけているらしいが、外そうにもぴったりとくっついていて、どうしても外せなかった。
やれやれ、と重い頭を振って、彼はまた気を取り直し、闖入者の様子をうかがった。
王族らしい絹地の装束に身を包んだ人物は、青年のようだった。明るい色の髪なのだろう。月明かりに、それが時々きらきら光る。王族のつける紺地の長いマントが優美に揺れている。
ひどく緊張しているのか、わずかの物音にもびくりと体を
恐らくこれは、いわゆる「肝試し」とか、そういったことなのだろう。
(……ふん。くだらん)
げんなりして、彼は踵を返そうとした。
数十年に一度、彼らがこうしたことを行って王位継承者を決めることを、なぜか彼は知っていた。記憶のどこかに、それは刻み付けられていた。
彼は自分の手をそっと見た。
五本の指のすべてに、禍々しく曲がって伸びた巨大な爪が生えている。
自分はこの爪で、多くの命を奪ったのだろうか?
そのゆえに、こんな罰を受けているのだろうか。
わからない。
わからない……。
うつむいて頭を振った時だった。その拍子に、頭の角がそばの壁に当たってしまった。
「だれだ!」
若い青年の声が響いた。
◆
王子はせっかく手にした箱を取り落とし、慌てて周囲を見回した。
今度は絶対に聞き間違いではあり得なかった。はっきりと、不審な物音が部屋に響いたのだ。
王子は震える手で腰の長剣を引き抜いた。どうにか両手で構え、周囲に懸命に視線を走らせる。
「だれだ、出てこい! わ、私をこの国の、おっ、王太子と知っての、ことかッ……!」
言葉そのものは立派なのだが、声がどうにも裏返る。
しばらく無音の時間があった。
こめかみから、じわりと嫌な汗が落ちる。額から落ちたそれが、今にも目に入りそうになった。
──と。
王が入室する際に使用する奥の扉の向こうで、大きな影がごそりと動いた。
「ひ……!」
悲鳴にもならない声で喉が鳴った。
それは真っ黒で、非常に大きな影だった。
月明かりが次第にその姿を明らかにする。
影は黒いマントですっぽりと自分の体を包んでいた。大きなフードが頭部のほとんどを覆っている。
そこから覗く顔には、なにか肉食獣のものらしい
(な……んだ、こいつは──)
とても人のものとは思えぬ姿だ。
自分の意思などまったく無視して、奥歯が勝手にガチガチ鳴った。
「だっ……だだ、だれだ。なんだ……? 貴様」
きちんと構えているつもりの剣先が、故意にやっているのかと思うほど無様に揺れる。
影はそれでも、しばらくのあいだ無言だった。
やがてゆらりとそれが動き、一歩前に出てくる。足元の小さながれきが微かな音を立てたことで、王子はやっと、相手が実体のある存在だと認識できた。
(落ち着け。落ち着け……!)
だが、足はいう事を聞かなかった。王子の意思など無視して、勝手にじりじりとあとずさっていく。
彼の動きを見て、相手はまたぴたりと動きを止めた。
再び、睨み合いの時間になった。
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