第17話 夜明け
17 夜明け
「あーあ、今頃、派手にやってんだろうなあ~」
「ミキコ様。不謹慎です。花火大会とは違うのですよ! 」
深夜となり、周囲は暗く静かだ。大半の兵は出陣してしまい、残された兵の焚く明かりが寂しげに王宮を囲んでいた。
「でも、BG。アタシの事も考えてよ。一応、アタシは軍師なの」
「はい。存じています」
「戦場にいない軍師なんて、存在価値無いわ」
「実績が無いので仕方ありませんね」
BGはにべなく言った。
「ムカつく」
「でも、活躍するチャンスがあるかもしれません」
「なんで? 」
「ほとんどの兵士が戦場に向かい、現在、王宮を守っている兵士は僅かです」
「そうね」
「しかも今は真夜中。奇襲には最高のタイミングですよね」
「ハッツ、そうね! 」
「さらに王宮内に指揮官は残念な事に、ミキコ様しかいません」
「そうね。……… どういう意味よ! 」
「この程度も気が付かないなんて、情けない」
ミキコの怒りを躱し、BGは肩を竦める。
「とにかく私は敵が来ないように祈ります。くるっぷ」
「本当に、ムカつくわね」
突然、王宮に破壊音が響いた。床が、柱が、大きく揺らぐ。
在宮の兵達の慌てた叫び声が、ミキコの部屋にも届いた。
「あーあ」
BGは嫌な予感が的中したことを感じた。そして、耳を澄ます二人に「敵襲だ」の声がご褒美チャイムのように鳴り響いた。
相対する表情で互いの顔を見合わせる二人。
「祈りが届いたわ。神様ありがとう」
「絶対に違います。不謹慎を通り越して、罰当たりですよ」
「ハッ、そうだった。お礼はBGに言わなくちゃね」
厭味ったらしいウインクをミキコはBGに送る。
「ま、それでも神は許します。くるっぷ」
思春期の男子にとって、妙齢女子のウインクは満更でもない効果を発揮する。
「ところで、実行役は私ですか? 」
BGは尋ねた。その根底には自分は部外者だとの思いがある。しかも、敵方の大将は師匠であるアルセスなのだ。
だが、ミキコによって瞬く間にそれは一掃された。
「トー然、お願いするわ。アタシは計画、立案、指揮、指導、脱出をします」
「紅い花には刺がある。これが私のイバラ道」
「素敵な歌ね」
「演歌と云うらしいです」
再び、爆音が建物を揺らした。二人は部屋を駆け出した。かがり火に照らされた回廊を走ると、守備兵の長がミキコを見つけ、呼び止めた。
「ミキコ軍師!」
「ちょうどいいわ。状況を説明してください」
髪を振り乱したミキコは目力のある瞳で兵長を見る。
「はい。敵は王宮を南、北、上空から攻撃しています。総数はおよそ30です。守備兵は総員100名です。が、すでに、数名が負傷しています」
「フニラ王朝、大ピーンチ! 至急、DT将軍に現状を知らせて! 同時に周辺諸国に援軍の要請をして下さい。遅いかもしれないけれど、何もしないよりはマシね。それと、すべての城門を閉鎖してください。少しでも時間が惜しいわ。
そうだ、南門と北門付近の住民は退避させておいてね! いざとなったらその辺りを火の海にするからその用意もしておくコト。 で、残った全兵力を上空の敵に向かわせます。集中攻撃を受ける前に、敵を分散させないと………。 」
「了解! 」
兵市長が指示を出すのを見届けて、ミキコは尋ねた・
「ところでエビス様はどちらですか? 」
「バード様と共に、国王の間にいらっしゃる筈ですが」
「大変! あそこは最上階。早く安全な場所にご案内しなければ」
国王の間に向かい走り出すミキコ。その後にBG、兵長が続いた。
「エビス様! バード様! 此処は危険です」
三人が国王の間に飛び込んだ瞬間、激しい攻撃によって豪奢な壁が崩れた。衝撃で埃と石灰の粉が舞い、三人の視界と呼吸を奪った。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ!」
ぽっかりと開いた穴の中から一つの影が浮かび上がった。夜の闇に馴染んでいた影は次第に色彩を帯びていき、見慣れた修道着に変わった。
「アルセス様」
「アルセース。来たのかぃ」
BGとバードの呟きに答えるようにアルセスが進み出る。ゆっくりとした足取りで、一歩一歩を踏みしめながら歩いてくる。
「親愛なるバード、BG。それと軍師ミキコ様。お元気でしたか? 」
「まーな」
バードは答えたが、他は無言だった。
「エビス様は王位を譲られ、新国王になられたようですね。おめでとうございます」
エビスに向かいアルセスが深々とお辞儀をする。その隙に距離を縮めていた兵長が斬りかかった。
「うおーっ」
「ウンチャー! 」
ぐるり、と顔を上げたアルセスの叫びで兵長は粉砕された。
攻撃は光の矢となって、壁を貫き城壁を崩した。それでも勢いは衰える事無く、夜の世界に飛び出していく。
大きなダメージを受けた国王の間は崩れ始めた。天井からは石片が剥がれ落ち、五人の頭に降りかかった。
音が止んだ時、国王の間は空中に剥き出しとなっていた。夜空を飾る星たちのきらめきが五人の姿を浮かび上がらせている。
「さあ、見えますか? 美しい星たちを。そして、ご覧ください。この闇の先の先まで広がっている大地を」
人間達は輝く星々を仰いだ。だが、すぐにその視線を戻した。誰もその美しさを感じる事が出来なかったのだ。
四人が感じていたのは恐れと使命感だった。
剥き出しになった玉座を見つめるエビス。
守備兵の悲鳴や獣達の咆哮に耳を奪われているミキコ。
空を行き交う怪鳥の叫びを感じながら友人を見つめるバード。
そして、自分の役割を困惑するBG。
「アルセス、何しにきた? 皆で天体観測かい? それとも降参かい? 」
「違いますよ、バード。さあ、BG。こちらに来てください」
「えっ」
偽りなど感じさせない声だった。BGが慕った、紛れもないアルセスの声である。BGは困惑したが、結局、その声に従う事に決めた。
「はい。かしこまりました」
「BG、行っちゃダメ」
一歩を踏み出したBGの手を、ミキコが掴んだ。
「ミキコ様。邪魔はご遠慮ください」
アルセスがミキコを見つめる。そのガラスのような瞳の中には、BGと自分が映っている。BGは優しくミキコの手を解いた。
「BG。例の機械の事はムカデから聞いていると思います。どのように我々が授かったかを。そして、貢物もこの場にあります」
アルセスがフニラ王国に伝わる楕円状の宝物を示した。
「バード元国王。この事を皆様にお話しましたか? 」
「いや。していないぜぇ」
バードは身についた埃を払い落し、煙草を取り出した。咥えて、火をつける。
白い煙が宙に舞った。
「そうですか、代わりに私がお話しいたしましょう。これは従者に捧げられた宝物なのですよ」
宝物を庇うエビスにバードは目配せをする。その合図を受け、エビスはおとなしく引き下がった。
アルセスは楕円状の宝を手にした。宝物は褐色の光を一層、激しく発する。
「さあ、BG。こちらに来てください」
BGは進みでた。数歩で、アルセスの元へとたどり着く。
「これで真に整いました。空に、大地に、生物に。遮る物が無い空間で貴方が決めるのです」
「何をでしょうか?」
BGがそろりと尋ねる。
「未来ですよ。貴方のそのポケットから出てくるモノが、私達の、そしてこの世界の未来を決めます。共存か、どちらかの滅亡か、もしくはそれ以外か………。何れにせよ、貴方のポケットが未来を示してくれるでしょう」
「BG! 」
怪鳥の声に負けぬほどの大声で、ミキコが叫んだ。
「アタシにチャンスをちょうだい! アタシはダメ軍師だけど、共存の道は探れると思うの! 未来を皆で生きていく方法をアタシに探させて! だから、そんな重荷を背負う事無いわ! BG、貴方はまだ子供なのよ! 」
「ミキコ様。貴女には無理だと思います。貴女は非常に劣った方だ」
アルセスの喋り方が機械的になった。無機質な声は機械の、ネジや歯車が上げる悲鳴を想わせた。
「人間は何でも思い通りに仕様とする。全て、すべて自分たちの思い通りに動かそうとする」
機械の悲鳴が夜空に貫くように響いた。
「BG! お前は人間だ。人間を勝たせるモノを出すのが当たり前だ! 」
激しく立ち上がり、エビスが叫んだ。その叫びを只の機械となったアルセスが遮った。
「長い間、人間を見てきました。見苦しい様を見てきました。エビス王よ、あなたは人間は見苦しい存在だと思いませんか? 不可能な事を叫び、自分の繁栄、快楽のみを追及している事を正当化してしまう狡猾な生き物だと思いませんか? 」
「………。 思わない」
「そうですか」
アルセスは歩み寄り、BGの肩を抱いた。BGの身体が一瞬、震えた。
「BG。恐れる事はありません。貴方が何を選ぼうが、それは神の意志なのですよ」
アルセスが宝物を目線の高さに掲げた。エビスがぴくりと動いたが、再びバードが目でそれを制した。
「アルセスよー。ミキコちゃんの言う通り、BGはまだ子供だ。ちと、荷が重いと思うぜぃ」
いつの間にかこの場の中心にBGはなっていた。全員の瞳が其々の想いを込めて見つめている。
夜空に届いた悲鳴や、咆哮は止んでいた。怪鳥たちの叫びも止み、五人の周囲は静寂に包まれている。
「バード。それと、ミキコ軍師。BGは自分の責務から逃げた事はありませんでした。そして、獣たちも命懸けの責務を果たしたようです。それに比べ、自分等の責務を軽んじる人間はなんと多い事でしょう」
アルセスの言葉はバード、エビス、ミキコの心に突き刺さった。そして、BGの心にも。
「アルセス様」
BGは顔を上げた。その眼の先には形こそ同じだが、変わってしまった師匠の姿があった。
「何でしょう? 」
「私の選んだものが真に神の意志だと信じてもよろしいのですか? 」
「勿論です」
「しかし、そのモノで多くの命が失われる事もあります。神が命を奪う事など許されるはずがありません」
「BG。命は永遠です。肉体は容器です。死は容器が破壊される事でしかありません」
「では、人間達の行った破壊、殺戮などは罪にならないのではありませんか」
「その通りです。生物が生きて行く為には必ず犠牲が必要なのです。作物を植え、魚を掬い、獣を狩る。全て生きる為に許された行為です。今まで神は全てを御許しになられました。ですが」
「ですが、何でしょうか? 」
「ですが、すべては変化します。いつまでも同一である事は不自然であり、不可能なのですよ、BG。確かに神はこれまでの全てを許しました。ですが、これからは分かりません。私達はこれからの神の意志を知りたいのです」
「すべては変化する。時が流れて心も身体も変わっていく。それが成長なんだ」
BGはミキコに目をやった。そして、自分を心配する少女に笑顔を向けた。
― ふん!
鼻息を一つで、意を決したBGがポケットを探った。その指先にカツンとした感覚があった。容赦なくそれを掴み取る。
「ありました。これが答えです」
BGは掴み取った物を頭上に掲げた。掴んだ指の隙間からこぼれた光が周囲を走る。そして、瞬く間に世界は金色に染まった。
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