第4話 襲撃

4 襲撃


 教会内は広く、殺風景だった。石造りの建物は薄暗く、外気の暑さが嘘のように冷えている。

 ミキコはさりげなく周囲を伺いながら、BGの言葉に耳を傾けた。並んで歩くBGとミキコは姉と弟のように背丈が違う。だが、精神年齢はさほど違わない為か、二人が打ち解けるにはさほど、時間はかからなかった。

「何故、お怪我をされたのですか?」

 BGの問いにミキコは答えた。

「敵の攻撃を受けました」

「えっつ、この近くで戦闘があったのですか? 」

「はい。敵の奇襲で私の部隊は壊滅しました」

「それでは他の方達は? 」

「多分、ほとんどが戦死したでしょう。さらに、私を追って敵が来ると思います」

「なるほど。どおりで」

「?」

「教会内の散策は逃避路を考えての事ですね」

「はい」

 相手は違うが、BGの言葉をミキコは認めた。

「それで、見つかりましたか? 」

「いいえ。先程、案内された高台から見渡したのですが、周囲には身を隠せそうな場所はありませんね」

「昔の戦争で沢山の緑が失われました。この辺りの大地はほとんど砂漠ですよ」

「この辺りだけではありません。国土の大半が砂漠になりました。フニラ王国以外の国々でも緑はわずかです」

二人は聖堂に通じる回廊を歩く。半地下に存在する聖堂は箱型の空間で、壁際に三体の像が並んでいた。

「二大神とその従者の像です。私達はこの方達を守るために居ます」

ミキコは三体の像に目を向けた。

微笑んで片手を上げる眼鏡の少女、短銃を構える短髪、細身の男、耳の無いアンパン型生物の像が静かに二人を見下ろしていた。

「この丸い、耳の無い像は従者ですか? 何の生物なのでしょう? 」

「タヌキだと聞きました。不思議な力を持っていて様々な奇跡を起こしたそうです」

「タヌキの奇跡? 変幻自在って奴ですかね? 」

「違うようですよ。あそこ、腹部をご覧ください。あれが何か分かりますか? 」

「むむ! たんたん狸の、ナニです」

「行き過ぎです。少し、上に戻って下さい」

「えーっと、アレですね。なんだか、盲腸の傷痕のようですけど? 」

「………。 ポケットですよ。あの方は私の御先祖様です」

「えっつ! ではBGはタヌキの末裔なのですか? タヌキが起こした奇跡とはそういう事なのですね! ヒトを化かしたのではなくて、オンナを騙した」

「ミキコ様って、意外と下品ですね」

突然、教会が揺れた。

「うわっつ、何? 」

 よろめく二人は尻もちをついた。

「さあ、何事でしょう? 私は確認をするために戻りますが、ミキコ様はここにおいでください。アルセス様から非常時には聖堂に籠る様に云い使っております」

「なぜです? 」

「数百年前の戦争をもこの聖堂は耐えました。戦争の際は多くの生物の避難場所だったそうです。とにかくここは安全です」

BGはそう言い残して走り去る。

― やはり追ってきたか。

ミキコはそうっと自分の肩を擦った。傷口は丁寧に手当てされ、ほとんど痛む事が無かった。衣服も裂かれた軍服では無い。アルセスから手渡された軽やかな司祭着だった。

ミキコはしばらく自分の傷口を擦っていたが、突然、立ち上がった。BGの去った方角を見つめ、一気に走り出す。

「BG、私も行きます! 」

だが、BGの姿は既に無かった。行き先も見当が付かず、施設の構造も未だ把握していない。結局、ミキコは案内されたばかりの回廊を走り続けた。

― 何処で戦っているのかしら?

震源を探す為、ミキコは高台へ走った。長い階段を駆け上がり、四方に開けた視界の中で、ミキコの碧眼は入口付近での戦闘を捉えた。

燃え上がった闘争心が一気に萎む。

― うわー。でっけーダンゴムシ。気持ちワル~。

高台からでは誰が応戦をしているのか見る事が出来ない。だが、地を揺するダンゴムシのローリングアタックが弾き返されている事は確認が出来た。

攻撃の振動や破壊音に「きゃはは」「サッカー、わーいわーい」と歓声が混じっている事がミキコには不可解だった。

― 幻聴?

 背後からの声に、抱いた疑惑は直ぐに晴れた。

「ミツケタ。ブーンブーン」

― やっぱり、幻聴では無いようね。

キリリと振り返ったミキコは再度、嫌悪感を得た。ミキコの眼前には手を擦る怪物ハエがいる。

― キッタネー、奴が来たな。

「ブーン。オレ、ツイセキブタイ。イチバンニミツケタ。ツカマエルブーン」

「消えろ! ハエ男! 脂ぎった身体で触れるな! 」

あの機械を着けた怪物ハエの身体は、油に濡れた金属のようなテカリを放っている。こんな奴に触れられでもしたら、王国内に居場所を失ってしまう。

― 妃も幻で終わってしまう!

冗談じゃ無いとミキコは身構えた。条件反射で腰の辺りをまさぐり、愛用の剣を探すが、馴染んだ手応えは一向に無い。

― しまった! 剣を失くしていたんだ。

明晰なミキコも打つ手が思いつかず、銀バエのテカリを睨む事しか出来なかった。

「マルゴシ! マルゴシ! ダーイチャンス」

ミキコめがけて怪物ハエが飛びあがった瞬間、怪物ハエをレーザー光線が襲った。

― ど、どしたぁ?

眼の前を過ぎた巨大な電撃に呆然とするミキコ。強烈な一電撃で怪物銀ハエは砕け散った。燻った組織片が周囲に散らばった。焦げ付いた身体から漂う臭いに、ミキコは顔をしかめた。

― くっさぁ。

「危ない所でしたね。ミキコ様」

しかめた顔を上げると、頭に小さなプロペラを着けたBGが居た。BGはひらりと一回転すると、ミキコの前に静かに降り立った。

「聖堂に居て下さいとお願いしたではありませんか」

「ごめんなさい。あなた方が心配だったもので。敵は私を追ってきました。第一、私は軍人です。闘いは私の役目です」

「では、まず怪我を治して下さい。そのお怪我では無理です」

 BGの言う通りだった。兵を失い、剣を無くし、傷まで負った身体では戦う事など出来る筈が無い。

「ミキコ様をお助けしたのはアルセス様です。封印を解かれました」

BGの示す方角に目を向けると、手を振るアルセス神父がいた。教会まえの参道には、いくつもローリング攻撃の跡が残っている。只、痕跡を付けた存在の姿は、周囲には無かった。

「キモイ、ダンゴムシも追い払ったの? 」

「はい。アルセス様が追い払いました」

 BGは宙に跳ね上がり、敬愛する師に向かって手を振り返した。

「アルセス様―。ミキコ様はご無事ですよーっ」

「んちゃー」

 アルセスが応えた。

「アルセス様は超人的でいらっしゃいます」

尊敬の念を込め、BGはしみじみと言った。

「違うってぇ。あーれは人間離れっていうんだよぉー」

二人がトボケた声に振り替えると、そこにはひょろりとしたバードの姿が有った。


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