第6話 百足

6 百足


「よくぞいらっしゃいました。私が百八万足です」

「えっつ、シャクハチマンゾク?」

「ミキコ様、違いますよ。ヒャクハチバンソク様です」

「えっつ?シャクハチ?」

「はいはい、私がムカデです」

「ああ、貴方がムカデ様ですね」

ミキコは目線を下ろし、賢者を見た。白い顎鬚を長く垂らしたムカデは、BGよりも頭2つ分小さい。

― ちっちゃ。

ミキコは思った。さらに、この相手に対し、丁寧なお辞儀がなかなかに困難な事に気が付く。やむなし、とミキコは“又覗き”の様に頭を下げた。

「私はミキコと申します。賢者様のお知恵をお借りしたくてお伺いしました。突然のご訪問をおゆるし下さい」

「気になさらずに。知を求める者に門を閉ざさず。で、如何なる知ですかな? 」

 耳の後ろから聞こえる小さな声にミキコは応えた。

「これがどのような働きを有するモノなのか教えて頂きたいのです」

 勢いよく顔を上げ、BGに合図をする。BGがポケットから機械を取り出し、ムカデに渡した。

「どれどれ、ちょっと拝借。うーん。これは、ラッパーがドゥビドゥビする機械です。ノリノリになれます」

片側を耳にあて、オーイエー、とひげを振り振り踊り出すムカデを、ミキコとBGが冷めた目で見つめる。

「それは違います」

「百八万足様。私が既にその答えを用いてしまいました」

「なんと! そうか、ハズシタか」

 頭とひげをポリポリと書き、賢者ムカデは頭をひねる。その様子を見て、ミキコはBGに耳打ちをした。

「BG。百足様はこの機械の事をご存知なのですか? 」

「アルセス様も『きっと』とおっしゃいました。お忘れですか? 」

 ひそり、とBGは答える。

「それは『多分』という意味なのですね? 」

「どうやらその可能性は大きいと思えます」

「うーん。見つけたぞ! 」

二人の内緒の会話を察した百足が大げさに叫んだ。だが、体と同様に声も小さく、蚊の鳴き声にしか思えない。

「ここに古代文字があるぞ。この文字を解読できればこの機械の機能が分かるはずじゃ」

「えっつ、どれですか? 見せて下さい」

ミキコ達が覗きこんだ。ムカデのしわしわの細い指先がある一点を差している。

「ははは、お止しなさい。この文字は失われて久しい。お客人には読むことすら無理じゃ」

「では、お教えください。何と書かれているのですか? 」

 ミキコは恭しく訊ねた。小さすぎる賢者は満足の表情を浮かべる。

「うーん。OYNASと読めますぞ」

「オヨナス? 」

「いかにも。さらに明説扱取と書いてあります」

「賢者様。“メイセツアツカイトリ”とはどのような意味なのでしょう? 」

 すがるようなミキコの瞳に、ムカデは更なる満足を覚えた。

「かっつかっつかっつ。ミキコ様。それを今から調べるのですよ。私の海のように深い知識の中にも、この言葉は存在しません」

「あのう………。 」

 機械に書かれた文字に、目を細めていたBGが顔を上げた。

「ムカデ様。この文字って、SANYOでは無いでしょうか? 」

「なんと! 」

「それから私には取扱説明と読めるのですか」

「な、なんと! 」

機械をひったくり、BGの顔をまじまじと見るムカデ。そして、互いを見比べ、しみじみと言葉を発した。

「うーん。サンヨー、取扱説明」

ムカデは深い海の底を探る賢者の顔つきになった。顎鬚をいじり、垂れ下がった眉毛を抜いた。その痛みの為か、次第に溺れそうな表情へと変わっていく。

「知識は過去を引きずり、閃きは時代を変える、か。BG。私は智者と呼ばれているが、過去を生きているにすぎない。閃きは未来じゃ。お前は今、時代を変えた」

 吹っ切れたようにムカデはBGを見上げる。

「流石じゃ! 」

「アンタの読み方が逆さだっただけじゃん」

重いミキコの言葉を無視し、ムカデは続けた。そして、手にした機械の一部を二人に示す。

「見なされ。この文字の最後に“プロデュース・バイ・ドラヤキ”と記されている」

「ドラヤキ? キヤラド? バイ・プロデュース」

ミキコが聞き返す。先ほどとは一転し、馬鹿にした態度である。

「腹が立つ御人じゃの」

 プライドと身体の大きさは比例している訳では無い。

「どらやき」

今度はBGが呟いた。彼は自分の記憶の奥にこの言葉がこびり付いていた事を発見する。

「そうじゃ、どら焼きじゃ。そうか、成程。そうじゃったか」

 この好かんアマはほっといて、むにゃむにゃとムカデは呟いた。

「賢者様。入歯でも落としましたか? 」

 一度見縊った相手に対し、ミキコは容赦がない。こういった処にも、彼女の精神年齢の低さが現れている。対して、ムカデは爺様だ。小娘に舐められて面白いわけがない。

「何百年も昔の話だぞ、BG。この機械はお前のご先祖と深く関係があるようじゃな」

 結局、ムカデはミキコを避ける様になった。胸元さえ、ちらりとも見ようとはしない。視界の限界まで存在を消そうと、BGに目一杯接近をする。近すぎるムカデを疎ましく思いながらもBGは尋ねた。

「賢者様。ご先祖様とですか? 」

「そうだ」

「ぜひ、お話し下さい。知りたいのです」

BGの目だけが百足に迫る。

「そうだな。それがお客人のご訪問に対する答えにもなるだろう」

ムカデは小さな溜息を吐き、BGから離れた。そして部屋の中にある大きな椅子に身体を預けた。優しく手でBGを招き入れ、正面の椅子に座らせた。さらに、顎を動かしてミキコを招き、遠く離れた椅子に座らせる。BGが椅子に腰かけたのを見計らい、ムカデは口を開いた。

「歴史は過去だ。だが、現在の我々もまた、歴史の住人なのじゃなぁ」

 ムカデは語り始める。

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