バッドスメル・スワンレイク

 シャルロータの部屋には紫煙が充満していた。

 食べかけのお菓子や酒瓶が床に転がり、脱ぎ散らかされた衣服と、破れた書物や引き裂かれたぬいぐるみの残骸が散乱している。

 そのゴミ部屋の中央の天蓋付きベッドの上で、リヴィーツァ家の令嬢・シャルロータが煙草を吹かしていた。

 青い瞳は濁りきり、金色の髪は乱れてライオンのたてがみのようになっている。


「シャルロータ!また窓も開けずに煙草を……ッ」


「だって寒いんだも~ん」


 アルシュターは床に散乱するゴミをまたぎ、部屋の奥へ進んで窓を押し開けた。

 それを横目で見ながらシャルロータが頭をわしわしと掻く。

 彼女の頭から舞い上がるフケが、陽の光に照らされてキラキラと輝いた。


「来客があるからお風呂に入っておけと言ったじゃないか……」


「めんどくさ~い」


 シャルロータは頭を掻きながらシキブに一瞥いちべつくれた。

 しかしすぐに目をそらし、頭を掻いていた手を鼻先に持っていって頭皮の臭いを嗅ぎ始めた。


 シキブは内心(おぇ…っ)っとなりながらも、汚部屋に足を踏み入れ挨拶した。

 揉み手をしながら猫なで声を出す。


「シキブ・ハナオリですぅ~。嬢様の家庭教師を仰せつかりましたぁ~。お見知りおきを~」


「家庭教師ねぇ……。あなたごときに私を導くことができるのかしら?」


「ご安心くださぁ~い。プロですからぁ~~」


「ふ~ん……」


 シャルロータがほくそ笑んだ。

 人差し指をクイクイっとやって、もっと近づいてくるよう合図する。

 なにか内密な話でもあるのだろうかと、シキブは身をかがめて顔を近づけた。


「ヴォエエエエェ!……っぷ」


「…………………………」


 ――ゲップ。


 ゲップである。


 シャルロータがシキブの顔に向けて思いっきりゲップをしたのだ。

 ヤニと、アルコールと、なんやかんやの不快なニオイが、至近距離からシキブに襲いかかった。


 部屋の空気が凍りつく。

 アルシュターが青い顔をして、娘と家庭教師の顔を見比べる。

 一触即発。


「はぁ……」とため息をついて、シキブがシャルロータから離れた。


 その様子を見て、アルシュターが安堵した表情を見せる。

 この家庭教師の少女は子供の嫌がらせにムキになったりはしないようだ。

 これなら娘を更生させてくれるかも知れない……。

 そんな風に彼が思った矢先、


 ――ゴシャアッ!!!!


 鋭角。


 エグいほどに鋭角。


 バレエダンサーがごとき流麗な軸足回転であった。


 美しい軌道を描いたシキブのかかとが、シャルロータのこめかみに突き刺さった。

 少女の体は天蓋のカーテンを引きちぎり、壁まで吹っ飛んでいった。


「シャルロータァアアアアアアア!!?!」


 アルシュターが絶叫して娘に駆け寄る。

 脳震盪のうしんとうを起こしたらしいシャルロータは意識を失い、痙攣しながら嘔吐していた。

 シキブは足を振り切り、やりきった顔で白鳥のポーズを決めて残心した。


 のちに互いの片翼となる少女二人。

 その出会いは汚らしく、悪臭と悪意に満ちていた。

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