第3章「街の灯が消えるまで」

絶望の光

 無機質な部屋の中で少女は目覚めた。

 少女が座る椅子からは無数のケーブルが伸びて床を這い、繁茂する植物の蔓のように壁を覆っている。

 拘束具を付けられた少女の頭には金属のヘルメットが装着され、接続された電極が彼女の脳へと信号を送りつけていた。


「やっぱすごい数値だなぁセフィロ様。さすが街一つ吹き飛ばしただけはある」


 計器を眺めながら、白衣の男が呆れたように感嘆の声を上げる。

 魔力を弾く強化ガラスの窓越しに、数人の研究員らしき人間達が少女を観察していた。


「しかし教皇も容赦がないよな。自分の娘を人体実験に提供しちまうなんて」


「優れた魔術師でも頭がイカれてたんじゃ後継ぎには出来んさ」


 カップにコーヒーを注ぎながら、別の研究員が苦笑した。


「そういや例の殺し屋見つかったらしいね。マルクト王国の国王を暗殺したとか」


「そりゃあ景気のいいことで。なんて名前だっけ?その殺し屋」


「シキブ・ハナオリ。年の頃はセフィロ様とそう変わらんらしい」


「イカれた若い子が多いんだねぇ……」


 はははは、と白衣の男達が笑った。

 朦朧とした意識の中で聞こえたその声は、少女には自分を嘲笑う声のように思えた。

 少女は真っ白な髪の毛の隙間から虚ろな目をのぞかせ、ガラスの向こうにいる人間達を見た。


 強化ガラスに使われている鉱物を把握し、それを分解するのに適した魔術を投げつけることなど、少女には造作も無いことだった。


 造作も無いことだったのだ。


 しかし彼女の意識は薬物によって制圧され、能動的な意志は封じられていた。

 ただ電極から送られる刺激に、経絡けいらくが反応を返すのみの状態だった。

 少女の魂は光の存在すら忘れさせる暗がりで、静かに眠っていたのだ。


 そんな暗がりに、一筋の光明が差した。

 彼女に光を思い出させてしまう文字列を、研究員はそれと知らず口にしてしまった。


「シキブ……ハナオリ…………」


 粘度の強い唾液を滴らせ、少女の口が大きく歪み開く。

 実験の負荷に対する反射で食いしばり、ボロボロになってしまった歯が露わになる。

 大気が振動し、少女と研究員を隔てる強化ガラスに亀裂が走った。


「シキブ・ハナオリ……っ!」


 一人の女の名前が、一つの絶望をこの世に呼び戻した――。





 ◆





「ば…バケモノ……っ」


 白いローブを纏った男が、血の泡を吐きながら絶命する。

 男の胸には馬上槍ランスのように太く尖った、金色の髪の毛の束が突き刺さっていた。


「こう驚いてもらえるとバケモノ冥利に尽きるわね」


 驚愕の表情のまま息絶えた男から髪を引き抜き、シャルロータは笑った。

 少し離れたところで刀の血振るいをしていたシキブが肩をすくめる。


 マルクト領内の森の中。

 二人の少女の周りには白ローブを血に染めた死体がいくつも転がっていた。

 その背中にはカラスの翼を象ったと思しき刺繍が施されている。


「最近こういう格好の人によく襲われるわね。流行りのファッションなのかしら?」


「これは『教会』のユニフォームですね。背中のシンボルから見てマルクト王国のエル修道院の方々でしょう」


「教会?この人たち神父さま?」


「いや……この方々は見るからに聖職者ではなく軍人や傭兵上がりですね」


 教会と聞いて神父を連想するのは無理もないことだった。

 多くの者にとって教会は宗教組織であり、神の威光を説きながら慈善活動を行う団体である。

 だが一方で教会は多くの魔術師とメカニックを擁する研究開発組織でもある。

 世界で使われている兵器の七割は教会の開発したものであり、市街のライフラインの整備を行っている業者も教会の下請けである場合がほとんどだ。


「世界の戦争と経済は教会の手のひらの上と言って過言ではありません。当然自らも自衛手段としてそれなりの武力を持っているわけです」


 顔に傷がある屈強な男の死体を見下ろしながら、シキブは刀を鞘に収めた。


「それでなんで私達が襲われるのかしら?王様を殺したんだからマルクトの兵に追われるのはわかるけど」


 シャルロータの問いにシキブは「ん~」と唸り、


「じつは私が過去に教会絡みの依頼を受けまして……結果として街が一つ地図から消えたんですよね……」


「あらあら大失敗ね!うぷぷぷ~っ!」


「でも依頼自体は成功だったんですよ?」


「うぷ?」


 失態をからかうシャルロータに、シキブは薄い笑みを返す。


「街を吹き飛ばすまでの時間稼ぎ。それが私の受けた依頼です……」





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