無趣味な少女

 ――ガキィンッ!!


 金属を打ち合う音が路地に響く。

 小柄なシキブと、大柄なウメ。

 武器はともに刀だが、シキブが持っているのは打刀と脇差の中間くらいの、小ぶりな刀である。

 体格とリーチはウメが圧倒的に有利であった。


 ウメは遠間からリーチ差を活かして攻めようと考え、後退してシキブから距離を取った。

 するとなぜかシキブの方も後ろに飛び退いて、大きく間合いを開けた。

 やや?とウメが眉をひそめていると、周囲の空気がざわつくような感覚を覚えた。


 シキブが右手首に付けた紫紺色の数珠に指を走らせる。

 バチッと静電気のようなものが走ったかと思うと、黒い稲妻が数珠から巻き起こり、シキブが持つ刀の刀身を包み込んだ。

 

 ブンブン!とシキブが素早く刀を左右に振る。

 黒い稲妻がクロスし、ウメめがけて発射された。


「びゃあああああああああ!!?」


 ウメは頭を低くしてなんとか避けた。

 背にしていた壁に稲妻が命中し、X字の焦げ跡が刻まれた。当たればウメの体は四散していたことだろう。


「えっ?魔術とか使うの!?卑怯だと思う!!」


 ウメは刀の切っ先をシキブに向けて抗議した。


「君!君はヒノワ国の出身だろう!?武士ならば剣の技のみで勝負すべきだッ!!」


「あ?なんの話です?」


 まったく心当たりがないという顔で、シキブはウメを見る。二撃目に備えて数珠に指を置く。


「だ、だって黒髪だし刀持ってるし名前もそれっぽいし……てっきり同郷の士なのかと……」


「名前も刀も師匠からもらったものです。髪は自前ですが……物心つく頃には奴隷として働いていたので出身地は知りません。ご期待に添えず申し訳ねーですね」


 全然申し訳なくなさそうにシキブは言う。

 この少女は言葉こそ丁寧だが、用意された台本を読み上げているだけのような、淡々とした物言いをする。

 目付きも常に冷めていて、感情というものが読めない。

 もしかしたら過去に辛い目にあって心を壊してしまったのかも知れない、とウメは思った。


「そ…そうか……奴隷から殺し屋へと身をやつすとは、辛い人生だな。そうだ!私と組まないかシキブ殿!?」


「あい~?」


「協力してくれれば悪いようにはしない。シャルロータの懸賞金を山分けにしよう。望まぬ殺し屋稼業から足を洗えるぞ!」


「あ~……えっと」


 シキブが死んだ魚のような目を泳がせ、首を傾けたり、体をゆらゆら揺らし始めた。

 きっと友情と金のどちらを取るかで悩んでいるのだろうとウメは思った。

 もうひと押し。彼女の背中を押すことが言えれば寝返らせることができる。

 手を血で汚すことでしか生きられない、哀れな少女を救うための言葉を探す。


「辛い気持ちはわかる。だがそろそろ楽になっても良いのではないかシキブ殿?大丈夫だ。誰がなんと言おうと私は君の味方……


「趣味が」


「え……?」


 ウメの言葉を遮り、シキブが「趣味が」と言った。


「趣味が……無い。私」


「はぁ…?そう…ですか……」


 脈絡のないことを言い出したシキブに困惑し、ウメはなぜか敬語になってしまった。

 話の流れが読めない。誰も趣味の話などしていなかったはずだ。


「え~っと……楽しいという感覚がよくわからない、です。私」


「そうなんですね?」


「そうなんです」


 ウメは「ゆっくりでいいですよ」という気持ちを込めて相槌を打った。

 シキブは俯き、自分の中にある情報を整理している。

 言葉を扱うのが未熟な幼児に対する時のような、根気よく真意を探る姿勢で、ウメは次の言葉を待った。


「切手を集めたり、魚を釣ってみたり、評判の店を食べ歩いたりしたのですが、どれもピンと来なくて……」


「なるほどなるほど」


「しかし……『人殺し』という行為だけは……」


「ん?」


 なにか、気配が変わったような気がした。

 俯いていたシキブが顔を上げる。


「それだけは………………」


 シキブは笑顔だった。

 濁った目に光が宿り、わずかに頬が紅潮している。


 ウメの背中を寒いものが駆けていった。

 ミィティアから賞金首のどちらを追うかと聞かれたとき、彼女たちの目を見て判断した。


 人を殺してなお、楽しげに目を輝かせていたシャルロータ。

 人を殺し続けて心を病み、死んだ目になってしまったシキブ。

 より人間的なのは、シキブの方だと思った。


 そうではなかった。


 シキブの目が死んでいたのは、だ。


 人を殺すことしか、この少女は楽しめないのだ。


 それを理解した瞬間、ウメは「ハズレを引いた」ことを悟ったのだった。


 ――ビュッ!


 風を切り、シキブが突貫する。

 ほとんど地面と水平ではないかというくらい体を傾け、低い姿勢で駆けてくる。


「低っく!?」


 ウメは中腰で刀を構え、下段を狙って迫るシキブを思いっきり薙ぎ払った。

 だがその一閃は空を切った。

 ウメが刀を振り抜いたとき、シキブは建物の二階くらいの高さまで跳躍していた。


「死ね」


 高さと回転によって威力を上げ、さらに魔術によってリーチを延長した強烈な斬り下ろしが、ウメの体を両断した。


(なんでいつもハズレを引いてしまうんだろう……)


 ウメの意識が宙を舞った。



 ◆



「ぬ……?」


 着地したシキブの足元には、ウメの着ていた衣服が脱ぎ捨ててあった。

 コートの上に、人の形をかたどった手のひらサイズの紙が置かれている。

 ちょうどシキブがウメを斬りつけたのと同じ箇所に切れ込みが入っていた。


「変わり身の術……?」


 シキブの頭上を、ぺたぺたぺたっという足音が駆けていった。

 見上げると下着姿になったウメが刀を抱えて、塀の上を逃げていくところだった。


 シキブの師匠は幻術のエキスパートで、彼からヒノワ国の魔術について教えてもらったことがあった。

 極東の島国ヒノワには強い魔力を宿した植物が多く、霊木などから生成した紙に魔術式を織り込んで使う、符術が発達しているそうだ。


 ウメが用いたのはヒトガタという護符に自分の姿を投影して、身代わりとする術である。

 質量を感じさせる幻影を作るのは難度が高く、初心者は衣服を犠牲にしてしまうケースが多いらしい。


「……魔術使ってんじゃん」


 武士がどうのとほざいていたウメにツッコミを入れ、シキブは死んだ目で刀を鞘に収めた。


「シキブ~~~!!」


 ちょうどその時、シャルロータが路地へと駆け込んできた。

 手にはジャラジャラと音を出す小袋を抱えている。


「みてみて!賞金稼ぎを見逃してあげたらお金をたくさんくれたの!」


「見逃したんですか。優しいですね……」


 シキブは目も合わさず、つまらなそうに言った。

 黙ってシャルロータの横を過ぎ、表通りに向かって歩いていく。

 その背中に向かって、シャルロータが叫んだ。


「ねぇシキブ!私と居て楽しいかしらっ!?」


 きょとん、とした様子でシキブが振り返った。

 シャルロータは鼻息をふんふん吹き出しながら、真剣な眼差しでシキブを見つめている。

 ご褒美を待つ犬のような様子だった。


 そこでシキブは、ウメを取り逃したことで自分が不機嫌になっていたことに気が付いた。

 珍しいことだと、彼女自身思う。

 生来、喜怒哀楽という概念には疎い生き物なのだ。

 シキブに感情の波らしきものが生じることが増えたのは、シャルロータと出会ってからだった。


 自分と居て楽しいか?と、シャルロータは聞いた。

 楽しいかどうかはシキブには判断できなかったが、少なくとも不快ではなかった。


「……そうですね。悪くねーと思います」


「そう!」


 シャルロータがにぱっと笑う。

 その能天気な顔を見ていると、しょぼい獲物を逃したくらいで腹を立てていたことが馬鹿らしくなった。

 シキブはシャルロータの手からお金の入った袋を受け取る。

 弟子が初めて得た戦利品だ。無下にしてはいけないと思った。


「このお金でなにか不味いものでも食べましょうか」


「わーい!」


 二人は蒸気が煙る街並みの中へと消えていった。

 賞金稼ぎたちの襲撃など、もはや彼女たちの意識の外だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る