秘密のお友達

 仕事に向かう人々で通りが混み合う時間帯。

 賞金首の小柄な方、シキブは人波の中をスイスイと泳ぐように歩いていく。

 大柄で乳のでかいウメは幾度も人にぶつかりながら、小さなシキブを見失わないよう必死に後を追った。

 二人は街の喧騒から離れて、人通りの少ない寂れた住宅地へとやって来た。

 建物の隙間の薄暗い路地の奥まで進み、シキブが立ち止まる。


「ここらへんでいいですかね……」


 シキブは振り返って、自分の後をつけてきている相手に殺気を送った。

 ややあって、ゴミ箱の陰からウメが姿を現した。


「ほう、気付いていたのか」

 

 ウメは余裕を漂わせながら、名乗りを上げた。


「私はウメ・フジヤマ。故あって賞金稼ぎをしているがゆくゆくはビッグな存在になるべく……


 ――ブンッ!!


「どぅああああああ!?」


 ウメが言い終わらぬうちに、シキブが抜刀して斬りつけた。

 寸出のところで回避したウメが憤慨する。


「おいコラ待てコラ貴様ァ!名乗りの最中に斬りかかるとは無礼ではないかッ!?」


「無駄に時をかけず殺すのが、私なりの礼儀です……」


 シキブが刀を構え直す。

 ウメはなんとか心理的余裕を保とうと、会話による揺さぶりをかけに行く。


「ふふ……相棒が心配で焦っていると見える……」


「相棒?シャルのことですか?」


「そうとも。喧嘩などしなければ良かったのになぁ?いまごろ私の相棒がシャルロータを仕留めている頃だろう。ほ~ら心配にな~る心配にな~る……」


 ウメが指をくねくね動かして念を送るような動作をする。

 なにか心理に作用する魔術だろうか?とシキブは一瞬身構えたが、特に何ともない様子だったので、再度ウメを斬りつけた。


「あびゃああああ!?」


 ウメが悲鳴を上げて尻餅をついた。

 小者であることは確実だったが、回避能力だけは妙に高いようである。


「いやいやいや待て待て待て!もう少し焦るとか怒るとかしろよ!仲間が心配じゃないのか!?」


「心配?」


 シキブはウメを見下ろして「ふん」と鼻で笑った。


「シャルは私の自慢の教え子です。即バレの尾行をするような素人に遅れは取らねーですよ」





「うわぁああああいなんじゃこりゃあああああああッ!!?!」


 人家から離れた廃工場。ミィティアは絶叫しながら走り回っていた。

 後ろにはシャルロータが「うきゃきゃきゃ!」と甲高い笑い声を響かせて迫っている。

 その右腕は少女のものとは思えないほど筋骨隆々に盛り上がっており、巨大化した手の爪はまるで五本の剣のようである。

 シャルが腕を振り回すと、硬い石壁が大きく抉られた。人に当たれば命はない。


「魔術師って聞いてたのに!めっちゃ物理じゃん!?」


 ミィティアは柱の陰に回り込むと、尻に装着したホルダーからスピードローダーを取り出し、銃弾をリロードした。

 射撃の腕には自信があった。実際すでに何発も命中させたのだが、シャルロータは予期せぬ方法でそれを無効化してきた。


「くっそ~!肉体強バフ化かけて殴ってくる奴を魔術師カテゴリに入れんなよ!情報屋のクソめ!」


 魔術によって筋繊維を一時的に太くする技は広く知られている。

 魔術師として訓練を受けていない者でも、日常の力仕事などで無意識に発揮できるレベルのものだ。

 あくまで地力を引き出す技術なのだが、シャルロータの場合はもう一歩踏み込んだ使い方をしていた。


「体内の鉄や炭素を使って皮膚を硬質化させる……。理論はわかるけどやらないでしょ普通。絶対後遺症が残るって……」


 ミィティアがゾッとしていると、不意に視界が、金色の糸のようなもので覆われた。


「わぷ!?ななななんだこれ……!?」


 糸をかき分けながら上を見上げると――――――――大きく見開かれた青い瞳と目が合った。


「ヴォアアアァァァアァア…ッ!」


 逆さまになったシャルロータが変顔をしながら奇声を発した。

 髪の毛を使って天井の梁からぶら下がっている。

 ミィティアは「ぎゃあ!」と叫んで髪の毛のカーテンから抜け出し、半狂乱で銃を撃ちまくった。


 シャルロータは空中ブランコの演者のように身を翻し、嘲笑いながら梁の上を逃げていく。


「くそ!クソクッソ!」


 弾が切れた。ミィティアはもう一挺の銃を抜き、床に着地したシャルロータに向けて連射した。

 しかし銃弾はすべて硬質化した髪の毛によって弾き落とされてしまう。

 ミィティアが弾を撃ち尽くしたと見るや、シャルロータが一気に間合いを詰める。


「これかぁ!ウメちゃんが言ってたやつ!!」


 シャルロータが巨大化した腕を振りかぶり、壁際に追い込まれたミィティアを叩き潰さんとする。

 ミィティアは死を悟り、目をぎゅっと瞑った。

 最後に相棒が言っていた言葉を叫んだ。


「楽しんでる奴には!!敵わないィィイいいいッ!!!!」


 ――ガズンッ!!


 シャルロータの五本の爪が、壁に突き刺さる。

 建物全体が振動し、細かい石片やほこりが舞い散った。


「…………?」


 すっかり死んだと思ったミィティアだったが、大鎌を持った黒衣の人が現れるでもなく、川の向こうでご先祖様が手招きしている気配もない。

 恐る恐る目を開けると、ちょうどシャルロータの爪と爪の間に、自分の首が収まっているのが分かった。

 運が良かった…………わけではない。

 シャルロータが意図的に攻撃を外したのだ。

 今もちょっと力を加えれば、容易にミィティアの首をはねることができる。


「楽しんでる奴には敵わない?なにそれどういう意味?」


 シャルロータは無邪気な顔で尋ねた。

 それを聞くために生かしたのか……とミィティアは脱力する。

 なにか面白いことを言えば生かしてもらえたりするのだろうか?だが洒落を言う余裕はミィティアにはなかった。


「う…うちの相方が言ってたんすよ……」


 階段で交わしたウメとの会話を回想する。




「あの二人の目を見ただろ?死んだ目のシキブに対して、シャルロータの目はめっちゃ生き生きしていた」


「それがなに?シキブは殺し屋やってる人だよ?目の一つや二つ死ぬでしょ」


「だからシャルロータはやばいってことだ。人を殺して楽しそうにしてる奴は絶対やばい。仕事で人殺してるシキブのほうがまだ話がわかる」




「だから自分はシャルロータはパスする……って」


 ミィティアの説明に、シャルロータは「ふぅ~ん」と言ってニヤニヤし始めた。


「誉めてくれてありがとう。お礼に苦しまないように殺してあげるわね?」


 なんで誉めたことになってるんだよ。お前がやべぇって話をしてるんだよ。と、ミィティアは思った。

 だが同時に、この状況を切り抜ける活路が僅かに見えた気がした。


 こういう手合いは普通の誉め方をしても喜ばない。

 であれば交渉の材料も、本来なら相手にマイナスとなるようなものを用意してやろうと思った。

 この気狂い娘が面白がりそうなものを……。


「あのさぁ、ちょっと提案なんだけど……」


「なぁに?」


「あたしのこと見逃してくんない?」


 シャルロータが「うきゃきゃきゃ!」と爆笑する。

 その振動で彼女の爪が震え、ミィティアの首から血が滴った。


「見逃して私にどんな得があるのかしら!私は殺し屋の教え子なのよ?人を殺さないと、先生に怒られてしまうじゃない!」


「もし見逃してくれたら……」


 ミィティアは深呼吸した。

 この令嬢が好むような道化師にならねばならない。

 ネタが滑れば死あるのみだ。


「見逃してくれたら……………………必ずあんたを殺してあげる」


 飾らない声色で、努めて冷静に言い放った。

 威嚇や負け惜しみであってはならない。

 友人同士の約束であるかのように、優しく、決意を込めてミィティアは言った。


「んん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~???」


 シャルロータが首を傾げる。

 まずい。滑ったか。と、ミィティアは焦った。

 だがシャルロータが「んふんふ」と鼻息を吹き出しながら、はにかんだような表情を見せ始めた。


 いける。もうひと押し、彼女の興味を引けるようなことを言えば抜けられる。

 年頃の、ちょっとイケナイコトに憧れてしまうような、夢見がちな少女の心をくすぐるワードを探す。


「……先生にはだよ?あたしとあんただけのにするんだ。そうしたら、必ずまたあんたを殺しに来るから。…………」


「んふっ!!」


 シャルロータが頬を上気させ、ひときわ荒く鼻息を噴射した。

 そして右腕にかけていた強化魔法を解き、ミィティアを解放した。


「あなた、お名前は?」


「……ミィティア・バッカス」


「ミィティア!かわいいお名前ね!好きよ!!」


 シャルロータはうきうきした様子で、秘密のお友達と握手を交わした。

 戦いを遊びと捉えているシャルロータには、遊び仲間が出来ることは魅力的なお誘いだったようだ。


 気狂い娘の懐柔に成功したミィティアは平静を装いながらも、心の中では安堵のため息を吐きまくり、胸を撫で下ろしまくっていた。


「でもやっぱり手ぶらで帰ったらシキブが怒ると思うの。だからなにかちょうだい!」


「え…………」


 ミィティアは冷や汗をかいた。耳か鼻でも削ぎ落とされるのかと身構えた。


「旅をしているから、お金がいるのよね!」


「あー………」


 なんだ金か……と思ったが、お金がいるのはミィティアも同じである。

 一応持ち合わせはあったが、それは装備を手入れしたり、情報を買ったりするための経費だ。

 これを捻出するために食費や宿代を削り、お腹が減ると不機嫌になる相棒をなだめ、必死に積み立ててきた。

 だがしかし、命と天秤にかけられては、どうすることもできなかった。


 ミィティアが観念して金を渡すと、シャルロータは「ありがとう!」と言ってハグしてきた。

 まだ強化魔法が解け切らない右手の爪が背中に食い込んできて、ミィティアは生きた心地がしなかった。


「ああそうだ。ひとつ教えておくけど」


 シャルロータが体を離し、澄んだ瞳をミィティアに向ける。


「あなたの相方さん、正解には近いけど致命的に間違えているわね」


「……なんの話?」


「仕事で人を殺してるシキブのほうが話がわかる、って話」


 訝るミィティアの表情を楽しそうに眺め、シャルロータがスカートを翻してターンした。

 そして両手を広げ、自慢気に言い放った。


「私よりシキブのほうが!断然ヤバイっ!!」





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