学究の都

 シキブが教会から追われる身となったきっかけは二年前、学究都市ルビニエを訪れた時に遡る。

 ルビニエは教皇領のお膝元であり、多くの聖職者と魔術師が学ぶ都市である。

 とある検診を受けるために、シキブは教会直営のマーヤ修道院へと赴いた。


「はい、ではリラックスしてくださいね~。魔力計りま~す」


 白衣を着た猫背の女性検査官が、電極の付いた器具をシキブの腕に巻き付ける。

 彼女の手付きは緩慢で無駄が多い。やたらとシキブの腕を触ってくる。


「お、お嬢さんはヒノワの方かしら?きれいな黒髪ですねぇ~……いひひっ……」


 検査官がニヤニヤしながらシキブの髪の毛を指でく。

 この頃のシキブは髪を伸ばしっ放しにしており、前髪だけ視界確保のためにぱっつんにしていた。

 その様はヒノワの土産物として大陸に入ってくる人形を彷彿とさせ、シキブ・ハナオリという名前も相まって、彼女をヒノワ人と誤解する者は多かった。


「……ヒノワ人ではねーです」


「へ~……そ、そうなんですかぁ~……いひひっ」


 シキブの頭を撫でながら、検査官が薄気味の悪い笑みを浮かべる。

 感情の起伏には乏しいシキブだったが、無闇に体を触られるのは本能的に不快だと感じた。


「これ何の検査なんですか?さっさと終わらせていただきたい」


 検査官の手をやんわりと撥ね退け、話題を変えるよう促す。


「あ、はいはい。生き物には『魔力経絡まりょくけいらく』という魔力の通り道となる神経がありましてね~。この測定器から経絡に電気を流して戻ってくるまでの時間を測ることで、その人の魔力の強さを測れるという仕組みなんです~」


「ほうほう」


 検査官が嬉々とした表情で説明をしてくれる。

 なにがそんなに楽しいのかシキブにはわからなかったが、とりあえず興味がある素振りをしておいた。


「ちょっとビビッとしますよ~。3、2、1、ビビッ!っといきますからね~?」


「おっけーです」


「ではいきます!3…2――


 ――ビビッ!!


「ん……っ!」


 2で来た。

 不意打ちの刺激にシキブの口から短い悲鳴が漏れる。


「いひっ!ビビッと?ビビッと来ちゃいましたでしょ~!?いひひひひィッ!!」


 検査官が計器を眺めながら気色悪い笑い声を上げる。

 刀があったら斬っていたかも知れない。


「いひ…っ?あれれ~?Bプラスぅ~?報告書だとSランクの期待値って書いてあったのにな~……」


 検査官が猫背をさらに屈めて計器とにらめっこしている。思う結果ではなかったらしい。


「そんなものでしょう。では私はこれで」


「ああっ待って!待ってください~!もう二、三回測りましょう~!ほらほらぁ!ビビッ!ビビッ~!!」


「んっ!あ……っ!」


 検査官が立て続けに測定器のスイッチを押す。電流の刺激にシキブの体が軽く跳ねる。


「いひっ!どうですかぁ~?ちょこっと気持ちよくなっちゃったりしてぇえ~!?

いひひひ――ほぎゃあッ!?」


 いかがわしい笑みを浮かべる検査官の首に、シキブの手刀が叩き込まれた。


「いい加減にしろ……」


「ごぼっ!?ごごごごめんなさ……


 シキブが低い声で検査官を威圧していると、ボン!という音と共に測定器がショートし、黒煙を上げ始めた。


「ほぎゃああああ!?めっちゃ高い器具がぁああああああ!!」


「おもちゃみたいに扱うから壊れたんじゃないですか?」


「どうしよう~!?お給料から天引きされちゃうぅぅぅぅぅ!!」


 機械の前でわちゃわちゃしている検査官を尻目に、シキブはジャケットを羽織って部屋を出た。


 廊下は幾人もの修道士たちが行き交っている。全員が白いローブを纏い、フードの部分には目玉のような石とヒゲのような飾り紐が付けられていた。

 修道院にはそれぞれ教区ごとに守護獣が居り、それを意識したデザインがローブにあしらわれているらしい。

 ここマーヤ修道院の守護獣は龍なのである。


「龍にはご縁があるのかな……」


 シキブが所属する殺し屋ギルドは、「九龍ガウロンギルド」という。

 一口に殺し屋と言っても人の命を奪うばかりが仕事ではない。メンバーそれぞれのスキルに合わせた仕事がギルドからは割り振られる。


 教会も得意先の一つであり、表沙汰にできない内偵調査や警備任務を依頼されてきた。その過程でマーヤ修道院から派遣されてきたエージェントが、シキブに目を付けたのである。


 曰く教会には強い魔力経絡を持った人材を集め、次代を担うエリート魔術師を養成する部署が存在するのだという。

 エージェントが持っていた簡易キットでの測定結果によると、シキブはSランクの経絡の持ち主である可能性があった。

 ぜひ修道院で本格的な検査を受けてほしいと招かれたわけだが、シキブは気乗りしなかった。


 だが得意先からの誘いを無下にするわけにもいかない。

 そこで以前教会で働いていたというギルドの先輩に相談すると、計器の数値のごまかし方を教えてくれた。


 先輩曰く、


「なんかこうギュッ、としてスァーってしとけばいい」


とのことだった。

言われた通りシキブはギュッ、としてスァーした。

結果はBプラス判定。……からの計器破壊。


とにかく残した数値はBプラスだ。検査は終わった。


「もう用が済んでしまった。ヒマですね」


 ちょうどお昼時だ。

 ひとまずごはんでも食べようと、シキブが食堂へ向かう回廊を進んでいたときだった。


「あばぁあああ!?」


 爆発音とともに男性の甲高い悲鳴が回廊に響き渡った。

 修道士たちが魔術訓練をするのに使っている実習棟から煙が上がり、教室からフードをかぶった少年少女たちが飛び出してきた。

 周囲に居た修道士数人が何事かと集まってくる。


「どうした!事故か!?」


「げほげほ……っ!セフィロ様ですよ……。あいつがいきなり大容量の魔力を流すから……」


「まーたセフィロ様かぁ……」


 咳き込みながら答える少年の言葉に、年かさの修道士は溜め息をついた。

 部屋の中では教授役を努めていたと思しき壮年の男が、スプリンクラーの元栓ハンドルを必死に回転させている。

 彼はずり落ちたモノクルを掛け直し、魔法陣の中心で立ち尽くしている小柄な少女に向かって怒鳴った。


「いいですかセフィロ様!?今は複数人での協力術式のお勉強中です!個人の力が強すぎると式が乱れてしまうんですよ!」


「ふむふむ!」


 セフィロと呼ばれた少女が男の言葉に頷く。


「一人一人のカロリー消費を抑え、効率的に術を展開していくわけです!」


「なるなる!」


 返事はしているものの、セフィロは男の話に全く興味がなさそうだった。

 濡れたみつあみの毛先を自分の鼻下に持ってきてヒゲを作って遊んでいる。


「あなたは将来の教皇候補の一人なのですから、集団を運用することについてもう少し意識をですね……


「アアアアアアア!!セフィロおっきい魔法使いたぁあああああいッ!!!!!!」


「お願いだから聞いてよォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」


 男の言葉を遮りセフィロが絶叫した。

 それに対し男も泣き叫ぶように激昂する。実際泣いていた。

 スプリンクラーの水を被りながら頭を抱える男に、教室の外から修道士の一人が呼びかけた。


「アリギエーレ司教~。ヴェチェッリオ神父が探してましたよ~」


「ああもうっ!こんなときにっ!!」


 アリギエーレと呼ばれた男は濡れた髪をかきあげ、ドアへと向かった。

 彼は教室の出口で立ち止まると、セフィロを振り返った。


「セフィロ様!そもそも大きい術を個人で使ったりしたら、全身の魔力経絡が焼き切れて死にますからね!?もう少し勉強しなさいよ!!」


 吐き捨てるように言い、アリギエーレは出ていった。

 教室にはセフィロが一人残された。

 彼女はまばたきもせず、無表情で虚空を見つめていた。


「……お前が勉強しろよ、無能」


 低く、しゃがれた声で、ずぶ濡れになった少女が毒づく。

 フードの奥では金色の小さな瞳がギラギラと光っていた。


「やれやれ、誰が掃除するんだこれ……」


「アリギエーレ司教も大変だよな。あんなイカレ娘のお守りさせられて」


 一連の流れをなんとなく見つめていたシキブだったが、一人また一人と、野次馬が去っていくに連れ、お腹が空いていることを思い出した。


「ごはんにしよう」


 水浸しの教室に背を向けて、シキブは食堂に向けて歩き出した。





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