第1章「リヴィーツァ家の家庭教師」

季節外れの家庭教師

 マルクト王国――。

 大陸北部の広大な領土を支配する強国で、王立の兵学校からは優秀な人材が数多く輩出されている。

 宗教組織であると同時に魔術・科学双方の先鋭機関である『教会』と密接な関わりを持ち、市街は蒸気機関が発するスチームの霧によって満たされていた。


 下層階級向けのアパートメントが立ち並ぶエリアの一角。

 喫茶店で食事をする少女が二人。


 シキブ・ハナオリ。

 職業・殺し屋(開店休業)。

 現在はリヴィーツァ家(断絶済み)の家庭教師。

 本日の朝食はパンケーキとコーヒー。


 シャルロータ・リヴィーツァ。

 元貴族令嬢。

 本日の朝食はハンバーガーとフライドポテト、サラダ、炭酸水。


「庶民のお店って面白いわね!犬に食べさせるようなものにお金を払って食べるなんて!」


 口の周りをソースだらけにして、金髪の少女シャルロータがはしゃぐ。

 彼女の発言に店員と周りの客が凍りついた。


「あまり目立つと面倒に巻き込まれますよ、シャル。そろそろ私たちの首に賞金がかる頃ですから」


 黒髪の小柄な少女・シキブがたしなめる。

 短く刈り上げられた襟足の上に、カツラのようなおかっぱ頭が乗っかっている。

 前髪は右目から眉間にかけて斜めに切り揃えられ、左目に掛かる髪を、猫のブローチが付いたヘアピンで留めている。

 属性としては「かわいい」に類するシルエットを持ちながらも、脇に置かれた朱塗り鞘の刀が、彼女の居場所がカタギの世界ではないことを示していた。


「私とシキブが賞金首ってこと!?素敵ね!」


 膝裏まで届く長い髪を雑にまとめたポニーテールを揺らし、シャルロータが笑う。

 彼女が身につけている衣服は質素だがほつれ一つなく、本来なら場末の喫茶店でハンバーガーを頬張っている身分ではないことが明らかだ。


 シャルロータは不味い不味いと言いながら、プレートメニューを平らげていく。

 この少女は没落貴族の生まれであったが、やはり庶民とは感覚のズレている部分が多い。

 きっと彼女の両親は貧窮の中でも、食事のクオリティは落とさなかったのだろう。


「これからは食費がかかりそうだな……」


 ぼそっと独りごちて、シキブはコーヒーを啜った。

 

 今この国を最も賑わせている賞金首コンビ、シキブとシャルロータ。

 彼女たちはマルクト国王・ガラダィン1世を殺害した凶悪犯である。

 二人の出会いは、今から約一ヶ月前に遡る――。



 ◆



 マルクト王国、首都・ロクヤーオン。

 教会本部がある教皇領と接し、南の商業都市とも鉄道と運河によって繋がっている、世界有数の大都市である。


 列車から黒髪の女が一人、ロクヤーオンの駅のホームへと降り立った。

 旅行鞄を持ち、帯剣ベルトに刀を差した小柄な女だ。

 

 女の名はシキブ・ハナオリという。

 歳は十八を数えていたが、その体躯と顔様かおざまは子供のそれだった。

 

「すみません、デイリーマルクトを一部ください」


 シキブは駅の売店で、新聞を買い求めた。

 棚の整理をしていた店員の男性が振り返る。


「はい、いらっしゃ~い!お使いかな?お嬢ちゃ~…………ん?」


 店員の陽気な声が、シキブの顔を見てだんだんとトーンダウンしていった。


「ん……新聞ね。毎度!ありがとうございました~」


 最初は明らかに子供に対する態度だったのが、大人相手の接客セリフに切り替わっていた。


 小柄なシキブは子供に間違われることが少なくない。

 しかし大抵の人間が、彼女のを見ると態度を改める。


 すべてを見透かし諦めているような、気色の悪い澄んだ瞳。

 光の加減によってはひどく獰猛で、妖艶な濁りを持った瞳にも見える。

 その目を見た瞬間に、人々はシキブと間合いを取らずにはいられなくなる。


 まるで人という動物の本能が、彼女を同胞ではない別種の生き物として認識するかのようだった。

 ただしそれを自覚できる者は少なく、ちょっと変わった奴だな、程度の感想になる場合がほとんどである。


 だがシキブは職業柄、人から警戒されることは避けねばならない。

 彼女が主な収入源としているのは、貴族の子女相手に教鞭をとる家庭教師のバイトである。本業は殺し屋なのだが、過去のが原因で、現在は開店休業状態にある。

 どちらの仕事をするにしても、相手を油断させ取り入るためのキャラ作りをしてから臨むのが常だった。


 シキブはベンチに座って新聞の求人欄を開き、どんなキャラを演じようか考えながら、仕事の募集要項を眺めていた。


 夏の時分であれば冬に行われる兵学校の入試に備え、家庭教師の募集がそれなりにあるのだが……季節はすでに秋。

 いまさら募集をかけている家はありそうもない。


「掃除婦か荷運びのバイトを探したほうがいいかな……」


 ページをめくろうとシキブが新聞の端に手をかけたとき、


「……ぬ?」


 端っこにある一件の求人が目を引いた。

 十四歳になる娘の家庭教師を募集している。

 広告主は、アルシュター・リヴィーツァ。

 広告の位置と規模から見て、それほど家格の良い貴族ではなさそうだ。

 しかしシキブにすればそういう家こそ狙い目だった。


 王立兵学校は社交界と同義である。貴族たちにとってはここに通うこと自体が一般教養と言ってさしつかえない。

 

 特に中堅以下の貴族はお受験に対し熱心であった。ある程度の家格があれば金の力で入試は免除されるものだが、平民に毛が生えた程度の成り切れない貴族ではそうもいかない。

 授業料の安い教師を民間から雇い、あとから有名人の折り紙だけ買うというのが、彼らの間では一般的なやり方だ。


「リヴィーツァ、リヴィーツァ……っと」


 家庭教師への応募も慣れたもの。シキブは鞄から書類一式を取り出すと、テンプレ化している経歴をささっと記入して封筒に入れ、リヴィーツァ家の住所を書いてポストに放り込んだ。

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