真白き絶望
「目が覚めた時には、聖堂を残して周辺は
日が暮れた森の中で、シキブとシャルロータは焚き火を囲んでいた。
「
シキブが語った、彼女が教会に追われる原因となった事件。
教皇の娘・セフィロが独断で行った広域魔術の実験。
それによって学究都市ルビニエは壊滅的な打撃を受け、住民の大多数が死亡。現在も復興には至っていない。
生き残ったアリギエーレの証言により、シキブはセフィロの協力者として教会から指名手配されることになったのだった。
「おかげさまでギルドからは除名処分になってしまいましたよ。私が流れ者になった理由です。以上」
豆のスープをかき混ぜながら、シキブは昔話を締めくくった。
シャルロータは心なし不機嫌な表情で、魚の缶詰の油を一口すすり、すぐに吐き出した。
「……話聞いてました?」
「聞いてましたけど~?な~んだか退屈なお話ね~。特にセフィロとかいう女の下りが」
「ほぼほぼセフィロの話だったんですけどね。退屈させてしまったなら申し訳ない」
「……ねえ、それ」
「なんです?」
シャルロータがシキブの外套に付いている花飾りを指差した。
「それセフィロからもらったやつ?」
「……ああ、そうですね。私の保護者の人が縫い付けてくれたんです。忘れてました」
「捨てなさい」
「あい~?」
シャルロータの唐突な命令口調に、シキブは訝しむ声を返した。
「シキブに似合ってないと思うわ。捨てなさい、いますぐに」
「…………。……イヤです」
「なによ!?セフィロの贈り物がそんなに大事?付けてること忘れてたくせに!」
「別に大事にはしてねーですが私の持ち物をどうしようと私の勝手です。シャルに口を出されるいわれはねーですね」
「むぅ~~~~!」
シャルロータは頬を膨らませ、髪の毛を逆立たせた。
「なんですか、やるんですか?」
シキブが刀に手を伸ばす。
理由はわからないが敵意を向けてくる者に容赦はしない。殺すか殺されるかの世界で生きているシキブには当然のこと。
たとえ相手が教え子であってもだ。
「…………フン!」
しばし睨み合った後、シャルロータが殺気を収めてそっぽを向いた。
「……そのセフィロって奴、まだ生きてるのかしら?」
「あれだけの出力で魔法を使ったんです。生命の樹の補助があったとしても体が負荷に耐えられないでしょう」
「そう!それならいいわ!許してあげる!」
「えぇ……?」
シャルロータはケロッとした様子で急に上機嫌になり、また魚の油をすすった。そしてまた吐いた。
まったく意味がわからない。
何に怒り、何がきっかけで機嫌を直したのか。
なぜ急に装飾品を捨てるよう要求してきたのか。
(読めない女だ……)
予測不能な行動を取る人間を同行者とするのは、逃亡生活においてリスクが大きいように感じた。
しかし、退屈はしないというのも確かだった。
もしかしたらこれが楽しいという感覚なのかもしれない。
もう少し様子を見よう、とシキブは思う。
邪魔になるようなら殺せばいいのだ。
シャルロータの生殺与奪の権利は自分にあるのだと、この時のシキブは思っていた――。
◆
「ァァ…ァァァアァアァ……」
白衣を血に染めて事切れている男の死体に、黄金色の液体が浴びせかけられる。
死体の上で足を広げ、真っ白な長髪の少女が、立ったまま排尿していた。
立ち上る湯気の中、少女は唾液を滴らせながら喜悦の混じった声を吐き出していく。
周囲には研究員の死体がいくつも転がっている。
ある者は体を両断され、ある者は黒焦げとなり、ある者は原型も留めぬほどに砕け散っていた。
教会が運営する研究施設・「
世界中に支部を持ち、魔力経絡の開発による魔術師の能力向上を主として行っている機関である。
特にこのビナハ国の孤島に建てられた支部では、重犯罪者を集めて苛烈な人体実験が行われていた。
その中でも最重要の被験体、ルビニエの街を一夜にして消し去った大量殺人犯。
セフィロタレイア・ケイナベル……通称セフィロ。
真白き絶望の魔女が、この日長い眠りから目を覚ました。
「ふんふんふ~ん♪」
セフィロは鼻歌を歌いながら、洗面所の鏡の前で散髪を始めた。
もともと色素の薄い髪色だった彼女だが、人体実験の負荷によって総白髪になってしまっていた。
その白いヴェールを、セフィロはハサミで真一文字にカットした。
イメージしたのはもちろん、地下室で三日間一緒に暮らした、あの人の髪型。
「待っててシキブ!!セフィロが会いに行くよッ!!!!」
猛禽じみた金の瞳をギラつかせ、ボロボロになった歯を剥き出し、セフィロは大好きなお友達の名前を叫んだ。
リヴィーツァ家の家庭教師 山座一心 @yamaxa
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