ふたりで布団に移り、お互い裸のまま横になっていた。

「ねえおじさん。おじさんのこと教えて?」

 俺は今の行為の余韻に浸っていると、隣の姫が聞いてきた。


 しがない営業マンだ。毎月ノルマに追われて、そのノルマを達成したことは一度たりともない。なんでかって? 達成できないノルマを社長が勝手に設定して俺たちの給料をあげないようにしているからだよ。景気がよくなったとか、有効求人倍率が上がっているとか世間は言うけれどその恩恵を受けたことはないな。

 毎朝社長が怒鳴り声で中身のない退屈な朝礼を終えて、みんなせかせかと仕事に行くふりをして外へ出ていくんだよ。俺もその中のひとりなのは言うまでもないだろ?

 つまるところ営業マンはタバコを吸いながら暇をつぶして、いかに社長や上司に上手い言い訳をできるかという仕事だな。仕事が終わればコンビニかスーパーに寄ってビールとつまみになりそうなものを適当に買って家で飲んで寝るだけ。

 

 そんな毎日をもう何年も送っているよ。特別な感想なんてないな。大多数の人間は俺と同じように生きているはずだからさ。


「ねえ。その“人生”愉しい?」


 気が付くと朝になっていて、姫の姿は消えていた。一夜限りの後腐れのない関係ってのも悪くない。そんなことを思いながらいつものスーツを着て出勤した。


 現実というものはなんの準備もなく、予兆さえなく俺に見せつけてくれる。


 今日も仕事。考えることなく慣れた駅までの道を歩いていた時。突然左手に針を刺されたような痛みが走った。

「あぁ。俺もか」

 誰に聞かせるわけでもなくひとりつぶやく。

 そのまま出勤するわけにもいかないので、上司へ電話をかけた。

「お疲れ様です。米神です。申し訳ありませんが出勤前に病院に行ってもよろしいでしょうか?」

「別に構わん」

 それだけで挨拶もそこそこに電話は切られた。


 国立の“この病”のためだけに存在する病院。一通り検査を終えて渡されたのは、水色の腕輪だった。


 俺の余命は2か月だ。



 そのこと――ニーチェ病のことを上司に報告すると

「君みたいな優秀な社員が欠けるのは残念だよ」

 心がこもっていないことがよくわかる言葉で俺は職を失った。

 

 いきなりやることがなくなると人間困るものだ。仕方なしに休日と同じように適当な風俗へ行ってみた。店員の張り付けたような笑顔でもてなされる。パスを見せると「特別にナンバーワンをお付けしますね」と言って個室に通された。その風俗嬢はかわいいにはかわいいが、なんとなくあいつの方がかわいかったなと思ってしまう。内容もいかにも事務的で――精一杯笑顔を作って喘ぎ声を出しているのがわかってしまいさほど楽しむことはできなかった。姫は本当に感じていたのか、演技が上手だったのかあれほど燃えたのは初めてなんだと再認識する。そのあとはパチンコに行ってみた。もちろんその金もパスで無料だ。大当たりを引くこともなく、しかもそれを残念に思えないやるせない気持ち。すっきりしないまま居酒屋で酒と食事を済ませ帰宅した。


 何日が経ったのだろう。毎日風俗へ行きパチンコを打って居酒屋へ行く。代り映えのしない毎日。


 あれ? 俺、最後に楽しいって感じたのいつだ?


 あれ? 俺っていつもなにしてたっけ? 仕事行って。休みは今と変わらないようなことをしていた気がする。


 あれ? 俺今までどうやって生きてきたっけ?

 小中高と親に言わるがまま、考えることなく公立の学校に進んで。みんなが大学に行くっていうから受験して。合格した国立の適当な大学に入学して。

 あれ? みんなって誰だ? ひとりも名前も顔も思い浮かばない。


 あぁ。そうか。俺、なんも考えないで生きてきたんだな。だから余命が2か月でも誰にも心配もされないで死んでいくのか。


 生きている意味。そんなもん最初からありはしない。


 それからも何をするわけでもなく漫然と過ごし


 そして俺は“ゼロ”を迎えた。



 灰色の世界。身動きがとれない。狭い箱に押し込まれている感覚。

 箱が開かれた。日が差すわけでもなく。改めて俺は死んだことを実感した。


 目の前になにかがいた。そのなにかの後ろから後光が差していて姿形はわからない。しかし圧倒的な存在感。

 本能でわかる。これが“神様”だと。


「やあ。君は死んだんだよ。なにか感想はあるかな?」

 神様っていうのは案外フレンドリーみたいだ。

「特にないですね。考えるのもめんどくさいですし」

 なにが面白かったのか、くすくすと笑われた。

「あたしはね。君が生きていることすらめんどくさいって考えてたから刻印したんだ」


 さすが神様だ。俺が“生きている”こともめんどくさいって思っていたこともお見通しだった。


「君にはひとつあたしに質問する権利をあげよう。本来なら君のような怠惰な人間の言葉になんて耳を貸したりはしないんだよ?

ぜひ熟慮してくれ」


しばし沈黙。

「そんなめんどくさい権利は必要ないですね」

 俺が投げやりにそう答えると、ふふっと少し笑ったような気配が伝わってきて


 もうなにもない。


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