「直樹。お前は選ばれた人間なんだ。多くの人を従え導かなくてはならない。だからただ優秀なだけでは許されないんだ。せめてこの国ではトップを、先頭に立ち続けなくはその資格はないと思え」

小中高でエスカレーター式の超有名進学校の付属小学校に入学した日に、珍しく僕を褒めるために家へ帰って来てくれたお父さんに言われたこと。


「お兄ちゃんみたいに立派になお君もなるのよ。見なさい。あんなところでスナック菓子なんて頭の悪い物を食べて喜んでいるような、いてもいなくてもどうでもいい人間となお君は別の種類なの」

 毎日遅くまで塾で勉強をし、お母さんの運転する車で帰りながら聞かされた言葉。


「神(かみ)水(みず)君は今回も学年一位ですよ。みんなも見習ってお勉強を頑張りましょう!」テストの結果が発表されるたびに言われたこと。


 10歳のとき。8歳上のお兄ちゃんがアメリカのハーバード大学へ入学が決まり、お父さんもお母さんもこれ以上ないってぐらい褒めていた。素直にすごいと思うし自慢のお兄ちゃんだったが、僕もこれぐらい褒められたいと心の底では思っていた。


 学校に行けば先生に褒められ、塾に行けば講師に褒められる。

 テストで満点ならお母さんも褒めてくれる。

 1問でも間違えるとお母さんは褒めてくれない。だから僕は褒めて欲しくてひたすら勉強を頑張った。最初は遊びに誘ってくれる人間もいた気がするがいつの間にかひとりになっていたが気にしない。

 そんな小学生時代。


 もちろんトップの成績で付属の中学校に進学。持ち上がり式でほぼ全員が同じような道を進んでいる。しかしその中で僕は「友達」と呼べる人間はいなかった。なぜなら「友達」とやらはテストの点数を上げてくれるわけではなく、むしろ「遊びという無駄なこと」で勉強をする時間が取られていく一方だとお母さんが言っていた。お兄ちゃんみたいに立派になることに「友達」は不必要だと教えてくれた。だから「友達」なんて作らない。

中学生時代。勉学だけを頑張り、部活にも入らずに過ごした。

 朝起きて予習。学校に行って勉強。そのあとは塾で受験勉強。

「受験はもう始まっている。今から準備しなくてはならない」

先生はそう言って僕の心を引き締めてくれる。


「僕」が「俺」に変わることなく迎えた高校生。中学生時代とまったく同じこと淡々とこなす。


 いつしか人は僕を寂しい、孤立した人間だと言い始めた。


 それに対して僕は僕を孤高だと思う。なぜなら僕は両親や兄のように“選ばれた”人間なのだから。僕と同じ目線で物事をとらえ考えて、会話をできる人間なんて日本の中では数パーセントだろう。残念ながらそのような優れた人間はこの学校にはいなかった。


 1年が過ぎ、また1年が過ぎた。


 そして今日から僕は高校3年生。クラス替えの発表があるためすこし早めに起床した。僕の今までのクラスは特進選抜理系で少数精鋭だから、ほぼ変わることはないとは思うが念のためだ。父も母もすでに出勤しており冷めた朝ご飯が置いてあるだけ。それはいつものこと。両親はともに外資系企業の中、責任ある立場で多くの人間をまとめ従えて働く“選ばれた”人間だ。僕の朝ご飯に時間を割くなんて頭の悪いことは決してしない。

日課である新聞に目を通す。紙面では相変わらずニーチェ病について語られている。

 

 世界は今から数えて7年前、それまでとは大きく違った方向へ舵をきった。いや、きらざるを得なかったというべきか。「科学で解き明かせないことはない」と言わんばかりにあらゆることに“選ばれた”人間はその英知を注ぎ、そしてその通り空を飛び、星々を渡り、数々の難病の治療法を見つけ、ありとあらゆることを可能にしてきた。、今回もそうなるだろうと誰もが思い、疑うことも考えることすらしなかった。しかし人類の誰もが夢想だにしなかったことが起こる。そう。科学は敗北した。どんな優秀な“選ばれた”人間でもその病の原因を特定できない。治療法が見つからない。そして延命すらかなわなかった。


 しかし僕はさほど興味はない。“選ばれた”人間である僕が発症率の低いこんな病気に罹るわけがないし、そこら辺の塵芥(ちりあくた)が何人死のうが関係ないのだから。


 朝食をさっと済ませ、食器を洗浄機に入れて自室へ戻る。すでに予備校で高校3年生の勉強の内容は終わっているので、特別に予習をする必要がなくなった。今まで予習に使っていたこの時間を軽い頭のトレーニングとして、良問がそろった数学の問題集から大問を一題解くことに使っている。今が午前6時半。家を7時半ちょっと過ぎたころに出るので使える時間は約1時間。余裕をもって問題にとりかかった。

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