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校門をくぐってすぐ先にあるおおきな掲示板。僕は見上げるようにして張り付けられた紙に目を走らせる。昨年度と同じ担任の名前と僕の名前。クラスメートなんて顔も覚えていないので確かなことは言えないが、人数は同じなので予想通り変化はなかったのだろう。
にわかに周りの“選ばれなかった”人間がざわついた。なにがあったのか――もしそれが僕の成績に関わることだったら、という思いでそちらに目を向けた。
女子がいた。頭の悪そうな明るい茶髪。もっと頭の悪そうなのはスカートの丈がこの学校では見たことのないぐらい短いことだ。見たら忘れることはないだろうという強烈な印象。僕の通う私立海星高校――今年で創立120年を迎える伝統のある学校――の生徒だとは思えなかった。しかしその身にまとっている物は確かにこの学校の黒のジャケットにピンクのワイシャツ、ジャケットより少し明るい黒のスカートといった女子の制服そのものだ。薄い微笑みを浮かべながら軽やかなステップで多くの視線をものともせず歩いていく。さしもの僕も一般的に言ってかわいい女子の部類だと理解できた。もしあの女子が僕と同じ“選ばれた”人間なら伴侶にしてやってもいいとさえ思えるほどだ。
そんなバカなことを考えた自分を鼻で笑って僕は指定された教室へと足を向けた。
「皆さん初めまして。光が丘高校から転校してきました、神楽坂(かぐらざか)美(み)姫(き)です。よろしくお願いします」
教室で椅子に座っている僕の懐疑的な視線をさらっと流し――あるいは気が付かないほど頭が悪いのか――朝に強烈な印象を残していったあの女子が硬くない笑顔で朗らかに挨拶をした後に深々とお辞儀をしていた。
クラスの連中は頭にお花が咲き乱れているのかと思うほど騒いでいる。こんな女子が転校してくるなんて普通に考えてあり得ないことだろう。
まず高3の春に転入してくるということ。タイミングとしては最悪だ。
次にこのクラスが選抜ということ。今までのテストの結果や希望の進路などを加味して学校側が決めるのだ。光が丘高校? 隣町にあるバカで有名なあの光が丘高校? このクラスは入りたくても入れない生徒がいるほどなのによりにもよってそんなバカを入れたのか?
そして最後に。最大の謎だが、過去100年以上この学校は転入を認めていない。まったくもって意味が分からなかった。
その女子は顔を上げると、すっとクラスを見渡す。そして僕と目が合うとにっこりと微笑んできた。思わず動揺したが努めて顔に出さないようにする。
「神楽坂さんの席は用意しておきました。そこの空いている席を使ってください」
担任の先生が手で促した場所は僕の目の前。ちなみに僕は一番窓側の前から3列目だ。その女子は迷うことなく歩いてきて
「今日からよろしくね」
と僕にあいさつをしてから腰かけた。
担任のカンニングペーパーを音読しているような毎年恒例の新学年を迎えるにあたっての注意を聞いていると
「ねえねえ。君は浮かれてないね。なんでなんで?」
前の女子がこそっと振り返り興味津々に聞いてくる。
「浮かれるわけないだろ。お前がいようがいまいが僕のすることに変わりはない」
「なるほどね。神水君はおもしろそう♪」
なにを満足したのかわからないが、それっきり振り返ってくることはなかった。
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