何事もなく過ぎてくれればよかったと今更ながら思っている。

 あれからひと月。

 転校してきた女子はひどかった。具体的にはまず1限には必ずと言っていいほど来ない。途中で来るならまだまし、といえばひどさが伝わるのだろうか。次に授業のほとんどをさぼる。なにをしているのかといえば学食でジュースを飲んで過ごしているらしい。それはクラスの誰かが言っているのを聞いただけだ。そしてたまに授業に出てきたかと思うと寝てるか僕にちょっかいを出してくる。邪魔くさいことこの上ない。さらに新学期早々に行われた校内模試で不動の1位だった僕を抜き去りその座を奪っていった。

周りは僕をいつものように持ち上げ、ちやほやとしていたがそれは“選ばれた”僕の気持ちが理解できていない“選ばれなかった”人間の戯言だ。

来月には中間テストがある。そこでリベンジしなくてならない。なぜなら僕は“選ばれた”人間なのだから。真面目に授業も受けてないような“選ばれなかった”人間に負けるなどあってはならない。


今日は珍しく1限からその女子はいた。さらに珍しいことに寝てもいない。窓の外をぼんやりと眺めている。そのまま時間は過ぎていく。昼休みになるまで、ついぞその女子は寝ることなくただ退屈なだけの外を眺めていた。


僕の昼ご飯はいつも学食だ。この学校では中学生になってから学食を使うことができ、成績が学年でトップスリーに入っていれば学食の無料チケット1学期分と専用の席を設けてもらうことができる。恥ずかしがって辞退する輩もいるようだが、僕はその席を当たり前のように使っていた。

僕が天ぷらそばのエビを食べようと箸をのばすと

「もーらい♪」

 あの女子が横からさっと手でエビを取って食べて、しかもそのまま隣に座ってきた。香水をつけているのか甘い――僕にはキンモクセイを想像させた――匂いで頭の回転が鈍る。

「ね、ね♪神水君。あたしとおしゃべりしない?」

 図々しいにもほどがある。

「断る。僕はお前のような“選ばれなかった”下民とは話したくない」

 なにがおかしいのかその女子はくすっと笑うと

「じゃあ神水君“選ばれた”人間ってことだ!

でもその“選ばれた”神水君が“選ばれなかった”あたしと会話のひとつもできないなんて器量が小さいと思わない?」

 一理ある、と正直僕は思った。ここで退いてしまうことは負けを意味する。といっても会話のタネがない。

「ふふーん♪ わかるよ~。今、『一理ある』と『ここで逃げたら負けになる』って思ったでしょー。

なんでわかった、って顔だね! いつもなら、教えなーいってところだけど特別大サービス‼ あのね~全部しぐさ、クセに出てるの。きちんと心理学とかを勉強したら解るようになるのさ‼」

 この上から目線で僕を分析してきた女子。僕は怒りとその女子の頭の使い方で名前を覚えるに値すると思った。

「おい。お前、名前を教えろ。直々に僕が聞いて、覚えてやる。光栄なことだぞ。感謝しろ」

「あくまで上から目線だね~。まあ嫌いじゃないけどね。あたしの名前は美姫。神楽坂美姫。ちゃんと覚えてね? 次の試験に出ますよ!」

 こいつはどっかで頭でも強打したのか必ず1回ふざけたことを言う。


 次の日、僕は神楽坂美姫の1番頭がおかしい場面を目撃してしまった。


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