6. 幸運

「この世界ってどんどん便利になるよね~」

 小菊に青い竜胆の混じった、お参り用の花束をキャッシュレス決済で買う。もう夕刻と言っていい時間にも関わらず、コンビニから出た途端、圧迫感すら感じる暑い空気にシオンは顔をしかめた。

「……本当にどこまで暑くなるんだろう……」

 今年の夏も殺人的猛暑。年々厳しくなる夏にうんざりしながら、スマホを見る。そこに浮かんだメッセージを読んで、シオンは念入りに自分の魔気と水気を封じて、通りの向こうにある霊園に向かった。

 うっすらと夕刻の光が差す霊園の駐車場は車で埋まり、赤く輝き出した墓石の列の間には大勢の人が行き交っている。

 ジーワ、ジーワと蝉がうるさく鳴く中、白く乾ききった参道を行く。向こうから姉妹だろうか、よく似た顔立ちの小学生くらい女の子二人と、つば広の帽子を被った女性がやってきた。

「……シオンくん……」

 女性が自分に向かって歩いてくるシオンに驚く。マジマジと目を見開いて見つめてくる。

「え? 誰のことですか……?」

 シオンはその視線に小さく首を傾げてみせた。

「……そうですよね。そんな……あの頃のままのはず無いですよね……」

「お母さ~ん」

 先に駐車場に着いた姉妹が大きく手を振りながら女性を呼ぶ。

「すみません……」

 女性は丁寧に頭を下げて去っていった。その後ろ姿を見送る。

「元気そうで良かったよ、裕子ちゃん」

 久美子が逝った後、周囲の非難の声に耐えきれず姉妹の両親は離婚した。互いに残った裕子を押しつけ合う父母に、彼女はシオンに連絡を取って、姉が頼んでいた母方の祖父母の元に逃げたのだ。

 その後も何かと法稔と二人で相談に乗っていたが、やがて彼女は就職を機に、この地を離れた。久しぶりに会った裕子の穏やかな母の顔に小さく笑む。

 墓地に入る。まだ夏の陽気が立ち込める中に安息の闇の気配が漂ってくる。メッセージ通り彼の方が先に着いたらしい。

 そっと気配を消して近づく。林立する墓の一つに白いカッターシャツ姿の丸い体躯が見えた。御影石の面を線香の煙が撫でる墓に数珠を掛けた手を合わせて経文を唱えている。

「シオン、来たのか?」

 振り返りもせず、放たれた法稔の声に

「いつから解った?」

 訊いてみる。

「駐車場に入ったところからだな」

「やっぱり~」

 相変わらず恐ろしいほどの感知力を持つ友人にがっくりと肩を落とす。

「気配と魔気は完璧に消していたが、水気がなぁ……。少しは制御力がついてきたのだから、もっと押さえ込めるようにならないと……」

 術のこととなると長くなる法稔の話を遮り

「裕子ちゃんにあったよ」

 シオンは花束のビニールを外して、花を花受けに差した。

「ああ、私も会った」

 気配を感じ、すかさず姿を消した法稔の前で、裕子は娘達に久美子のことを話していたという。

「優しくて強い『大事なお姉さん』だったと……」

「そっか……」

 例年どおり手を合わせる。法稔が途切れた経文を再び唱え始める。

 二人は毎年、お盆に久美子の墓を訪れる。久美子はとっくに冥界で浄化され、他世界に生まれ変わっているのだが、二人にとって大切なきっかけになった、あの出来事を忘れない為に。

 あれから二十余年、久美子の件で死神としての自信をつけ始めた法稔は長達が心配していた、学生時代の友人関係からくる危うさが消え、落ち着いた少年に成長している。

 そして、シオンの方は……。

「お前は良くも悪くも変わらんなぁ……」

「ヒドイ!! 班長とアッシュさんには兵士として随分成長したと言われているんだよ!!」

「『兵士として』はな」

「そこツッコまないっ!!」

 すっかり、お互い遠慮の欠片もなくなった会話を交わす。

 初めは話し相手から始まった、彼との付き合い。それが友人と呼べるようになった頃、法稔が打ち明けてくれた。

『実は本当は友人を作るつもりがなかったのではなくて……』

 どうやら、自分は法稔の例の学生時代の同級生とよく似ていたらしく、それで意識的に避けていたらしい。

『でも、裕子さんにメモを手渡したときに、はっきりと解った。お前はアイツとは全く違うんだと』

『……そっか。あ、もう謝らなくて良いよ。ボク、全然、気にしてないから』

 ……気にしてないどころか……。

 死神同様、破防班も事件を通して人の心の暗部に関わりやすい仕事だ。その中で人を傷つけるような嘘をつけない、裏切ることの出来ない、『馬鹿』がつくほどお人好しな法稔ひとが近くにいてくれたのはシオンにとって何よりの救いだった。

 ……キミはボクの『大事な友達』だから……。

 お参りを終え、二人で霊園を出て、通りを商店街に向かって歩く。

「ポン太、この後、すぐ仕事?」

「法稔だ。いや、十時までなら空いてるが?」

「だったら、晩ご飯食べに行こうよ」

「良いが……奢らんぞ」

「え~!! ポン太のケチ~!!」

 ジロリと睨まれる。

「法稔だ。お前を甘やかすとロクなことにならんのは、二十年以上の付き合いでイヤというほど学んだ」

「今月さあ、ソシャゲのガチャで爆死したんだよ……」

「だったら、家で食べろ」

「今夜はアッシュさんも、姐さんも、ゆうちゃんもいないのっ!」

「だからといって私にたかるな。私もこの前、実家いえに仕送りをしたばかりだ」

「じゃあ、割り勘で」

「人の三倍は食べる奴が割り勘するんじゃないっ!」

「ポン太の鬼~!!」

「法稔だ!!」

 ポンポンと会話が続く。この友人の隣はいつも居心地が良い。

『解る人からみれば実はそういう君が一番、信頼出来るし安心出来るんです』

 いつかの法稔の父の言葉が身に染みる。

「ポン太、ボク、本当にポン太に会えて良かったよ」

「へ!?」

 法稔が目を丸くしてシオンを見つめ、大きく溜息をついた。

「……お前、相当困っているんだな。仕方ない、一品だけなら奢ってやる」

「それ、どういう意味だよぉ~!!」

 ゆるゆると首を振り、先に行く法稔を追い掛ける。

「ボクは真面目に……!!」

「そうか、そうか、でも一品だけだぞ」

「そこはもう一声」

「一品だけだっ!!」

 レンタルビデオ店がネットカフェに代わり、小さな八百屋がアンテナショップに変わった通り。そんな世の移り変わりの中、続いてきた大切な縁。それがこの先も変わらず続くことを願いながら、ぽつぽつと灯る街灯の下、シオンは法稔の隣に肩を並べた。


死神の病 END

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