虚像は泣けない

1.背後の少年

※この物語は 魔王軍特別部隊破壊活動防止班 → https://kakuyomu.jp/works/1177354054887275861 の後日談になります。

微妙に上作品のネタバレを含みますので、御了承下さい。



 礼子れいこ美菜みなの自慢の妹だった。

 顔立ちは可愛いし、努力家でしかもその努力を次々と実らせることが出来る。礼子を見ていると、人は頑張れば夢を叶えることが出来るのだ、と素直に信じることが出来た。

 三ヶ月前、彼女の身に不幸な事故が起きたときもそうだった。病院を退院後、カウンセリングの先生のすすめで母の実家で静養していた礼子は、また新学期から学校に通えるようになった。

 今日も部活動の後、塾に行き、帰ってきて宿題をしていたのか、夜遅く風呂場のドアを叩く。

「お姉ちゃん、次、良いかな?」

「うん。もうすぐあがるから」

 脱衣所でパジャマを着て、出ると洗面台の前で礼子が待っている。

「おやすみ~」

 一声掛けて通り過ぎようとして、何気なく彼女の写る鏡を見て、美菜はぎょっと足を止めた。

 礼子の後ろに、ぼんやりと黒い人影がある。彼女より頭一つ分、背の高い少年。慌てて振り返るが、そこには脱衣所のドアを開けた妹の背中が見えるだけだ。

「どうしたの? お姉ちゃん」

「……いや……その……」

 怪訝そうな礼子の顔に横目で鏡を伺う。鏡にはやはり礼子の背にぴたりとついて、じっと彼女を見ている少年の姿が映っている。

 ……何故、あいつがここに……!!

 震える拳を固く握り締める。

 その横顔は……事故で礼子をかばって亡くなった彼女の彼氏、博人ひろとだった。

 

 

「この子達がお祓いが出来る人!?」

 夕刻、帰宅途中の学生達でにぎわうファストフード店のソファ席に座った二人組を見て、美菜は思わず、すっとんきょうな声を上げた。

 大学でひそかに噂になっている心霊相談。無料なのに腕利きで、きちんと解決してくれるという祓い師の窓口になっている女子学生が引き合わせてくれたのは、なんと高校生くらいの少年二人だった。

 一人はサラサラの茶髪に瞳の大きな、可愛い、人懐っこそうな少年。もう一人は丸顔に丸い体躯の、地味な真面目そうな少年。ドラマに出てくるような和装のそれっぽい格好をした人や、神秘的な美男、美女を想像していた自分の疑いの視線に

「こっちがお寺の息子さんのポン……法稔ほうねんくんで、こっちがアシスタントをしているシオン。見た目はアレかもしれないけど、腕は確かだよ」

 大学近くの店に二人を呼んでくれた仲介の女子学生、香奈芽かなめが紹介する。

「香奈芽ちゃん、アレはひどいな~」

 シオンの抗議に笑いながら肩を竦める彼女に促され、美菜はしぶしぶ、彼らの前の席に座った。

「香奈芽さんから大まかな話は伺いました。妹の礼子さんに霊が憑いているそうですね」

 早速、法稔と呼ばれた少年が黒いカバーの掛かった手帳をテーブルの上に開き、ペンを手に尋ねる。

「礼子ちゃんに関係ある男の子の霊だって?」

 シオンと呼ばれた少年もルーズリーフ式の手帳を出す。一応それらしく詳細な話を聞こうとする少年達に

 まあ、どうせ只だし……。

 美菜は半信半疑のまま事情を説明した。

「妹をかばって死んだ彼氏なんです」

 今年の六月の終わり、学校からの帰り道、礼子は交通事故にあった。サッカー部のマネージャーをやっていた彼女と、同じサッカー部員で、小学生の頃からの友人で、彼氏の博人。そして、同じくサッカー部員で、友人の篤志あつし。この三人が歩いていた歩道に、スマホのながら運転をしていたバイクが突っ込んだのだ。そして、礼子は博人がかばってくれたお陰で軽傷ですんだが、打ち所が悪く彼は病院に運ばれた後、死亡した。

「妹は精神的ショックがひどくて、学校に行けなくなって、母の実家で夏休みを終わりまで静養していたんです」

 七月と八月の間を向こうで過ごし、新学期の始まった九月から家に帰って、再び登校を始めた。

「事故から二ヶ月で、ですか? 早いですね」

 驚く法稔に「あの子はしっかりしているから」思わず美菜の声が得意げになる。

「すごいなぁ~」

 シオンも素直に感心しながら、礼子の通う学校名とクラスを聞き、手帳に書き込んだ。

「で、美菜さんはどうして、博人さんを祓って欲しいと、私達に頼みに来たのですか?」

「は?」

 当然の如く、これから除霊の算段をつけてくれる……と思っていた法稔が不思議そうに美菜に問う。

「そういう事情なら博人さんが、礼子さんを見守っているともとれますが……」

 霊を庇うような彼の言葉に、美菜はむっと顔をしかめ、バン! と机を叩いた。周囲の学生が何事かと振り返る。

「アイツは絶対、礼子を篤志くんに取られたくなくて、憑いていると思うの!」

 美菜は妹の彼氏に全く相応しくない、博人が嫌いだった。小学生のときから博人と篤志の二人は礼子のことが好きだったが、イケメンでスポーツも出来、頭も良い篤志に対して、博人は何をやっても平凡で、頑張ってもそこそこの成績しかあげられない男の子だった。

 同じサッカー部でも、篤志はレギュラーでエースストライカーをやっているのに対して、博人は三年生の先輩が部活を卒業して、ようやく補欠に入ったに過ぎない。

 なのに、礼子は昔から篤志より、博人の方と仲が良かった。礼子なら絶対篤志が似合うのに、中学二年生のバレンタインデーで礼子は、本命チョコを博人に渡して彼氏彼女となったのだ。

「礼子を心配して新学期が始まってから、篤志くんは毎朝迎えに来てくれて、帰りも送ってくれるの。休日も気晴らしに遊びに誘ってくれる。それをアイツは嫉妬しているのよ!」

 鼻息荒くまくし立てる美菜に更に視線が集まり、香奈芽とシオンが引いている。

「そうでしょうかね?」

「そうに決まってる!」

 まだ呑気に問う法稔に美菜は語気荒く言い切った。

「とにかく、ようやく礼子と篤志くんは上手くいってるの。だから、そりゃあ、命を助けて貰ってこんなことを言うのはアレだけど……博人を追っ払って欲しいのよ」

「はあ……」

「頼むわね!」

 きょとんと返す彼に勢いよく席を立つ。まだ何事かと伺っている周囲の学生達を苛立ち半分、かき分けるようにして店の出口に向かう。

「ごめんね」

 香奈芽が二人に謝って、慌てて追い掛けてきた。


 * * * * *

 

「シスコン……?」

「というより妹さんの過激ファンというか……」

 シオンが秋の風物詩となっている季節限定ハンバーガーを買いにいそいそとレジに向かう。法稔は席で、まずコンビを組んでいる先輩のおたまに美菜の依頼の内容とそれを受けることを告げると、自分達をまとめるおさに連絡を取った。依頼内容を報告する。スマホのスピーカーの向こうから、難しい声が返ってきた。

「……あ、はい。矢太郎やたろうさんですか。はい……ええ、ちょっとおかしいですよね……。解りました。矢太郎さんに連絡を取ってみます」

 戻ってきたシオンがバーガーセットとウーロン茶を乗せたトレイをテーブルに置く。スマホを片付け、差し出されたウーロン茶を礼を言って受け取って法稔は手帳をめくった。

「博人さんには担当死神として矢太郎さんがついていた」

 香奈芽には除霊が出来るお寺の息子、ということにして、彼女を通して心霊相談まがいのことをしているが、法稔の正体は冥界の死神だ。対するシオンは魔界の兵士、破防班、ハーモン班の捜査官。破防班としての仕事がないときは時々、手助けをしてくれている。

 早速、目玉焼きを挟んだハンバーガーにかぶりつくシオンの前で、手帳をくりつつストローをくわえる。

「やっぱりワケあり?」

 彼女をかばって事故死した、等という死因の場合、直接死神が迎えに行くことが多い。死神の役目は死者を速やかに冥界に運ぶこと。にも関わらず死者が生者に憑いているということは、何らかの理由で死神がそういう処置をしていることになる。

「あのお姉さん、霊感無かったよね」

「ああ。それなのに博人さんが見えたということは……」

 以前、法稔が妊娠しているお母さんに、彼女の事故死した息子を憑かせていたときもだったが、こういう場合、死神は騒ぎにならないように霊に見えない術を施す。博人の担当の矢太郎は、この国が『将軍』に治められていた頃から死神をしているベテランだ。その彼が素人にも見える状態にしておくとは考えにくい。

「何らかの変化が博人さんに起きているんだろうな」

 手帳を閉じて、眉をひそめる。

「私は矢太郎さんと連絡が取れたら二人で博人さんの状態を確認しに行く。お前は礼子さんと篤志さんの周囲を聞き込んでくれるか?」

「OK。あのお姉さんだと、一方的な話しか聞けなさそうだからね」

 頷いたシオンのスマホが鳴る。こちらに差し出してきた画面にはメッセージアプリの通知が浮かんでいた。

『ごめんね』

 香奈芽からだ。追い掛けていった美菜が落ち着いたらしい。

「それにしても命の恩人にひっどい言い様だったね」

「まあ、普通の人からしたら、家族に霊が憑いているのだから当たり前の反応かもしれんが」

 シオンの非難に苦笑を浮かべながら法稔は周囲を見回した。

 夕刻のファストフード店は、帰宅途中の学生で溢れ、店内に流れるCMソングすら聞こえないほど賑やかだ。生者の活気溢れる生気。それにさらされると死者はどうしても湧く妬みから邪気に染まりやすい。

「……邪霊化してないと良いが……」

「……そうだね」

 思わず呟く。香奈芽への返信を打ちながら、シオンも真剣な顔で頷いた。

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