2. 伸びる影

 長く続いた厳しい残暑の後、ようやく秋めいてきた涼しげな空気の中、一組の高校生の男女が遊園地で遊んでいる。

 篤志と礼子だ。その二人を少し離れたベンチで、ブームの落ち着いたタピオカミルクティーを飲みながらシオンが見張っていた。

 昨夜、話をした矢太郎が更にしっかりと隠形の術をかけ直したので、博人に気が付いている者は全くいない。法稔は二人からなるべく距離を取って回り込み、そっとシオンの後ろに近づいた。

「確かに邪気をまとっているけど、美菜さんの言うように嫉妬で汚れているようには見えないなぁ……」

 シオンがペットボトルのお茶を後ろ手に渡してくれる。受け取って蓋を開けて飲む。博人の顔は薄く黒く染まっているが、そうとは思えないほど優しく礼子を見ていた。

「昨日、長から、班長に正式な協力要請があったよ」

「そうか。今回も頼むな」

「うん」

 矢太郎と一緒に調べた結果、やはり博人は邪霊化し掛かっているせいで、普通の人間である美菜にも見えていた。

 礼子に博人を憑かせたのは、矢太郎だった。自分をかばった彼氏を失った礼子はショックが大きく、そんな彼女を置いて博人もすぐには冥界に逝けない状態だったので、彼は短期間の約束で博人を礼子に憑かせた。うっすらと礼子が意識しない程度に気配を漂わせて、彼女を見守らせたのだ。

 近しいものを亡くした生者と死者に死神が施す、よくある処置。礼子も博人も今までのケースのように徐々に落ち着いていった。それが……。

「やっぱり、ボクにはどう見ても負の感情からには見えないけど、ポン太はどう思う?」

「法稔だ。私にも、博人さんはただ心配しているように見えるな」

「やっぱり……」

 夏休みの終わりまでは事は上手くいっていたらしい。街を離れて静養していたこともあって、ショックから徐々に立ち直った礼子は自ら博人の墓や彼の家の仏壇を訪れ、『博くんに助けて貰った命を大切にするね』と誓っていた。そこで、矢太郎は少しずつ博人の気配を薄くし、博人を冥界に連れて逝っても礼子が生活していけるように導き始めたのだ。

「おかしくなったのは、その辺りからのようだね」

 時期的には彼女が家に戻り、学校に通い始めてからだ。

 しかし、家族は美菜を含め、彼女に十分配慮しているし、篤志も彼女を心配して朝晩の送り迎えに、こうして休日には遊びに誘って出掛けている。

 映画に水族館に美術館に今日の遊園地。事故を忘れさせる為らしく、礼子が博人と行ったことのない場所をばかりを選んで連れて行っているという。

「だが……礼子さんは少し無理しているように見えるな」

 博人はそれを心配しているようにも見える。

「で、二人の周辺調査はどうだった?」

 法稔の問いにシオンが愛用のルーズリーフ手帳を開く。

「篤志くんと親しい子は皆、篤志くんに好意的だったけど……」

 篤志は、努力して実らせるタイプである礼子や、努力しても今一つそれが実らないタイプの博人と違い、そう努力しなくてもなんでも出来てしまう天才肌の少年らしい。

「そのせいで本人には悪気はないんだけど、出来ない子にとっては、ちょっと無神経な一面もあるみたいだね」

 実際、それで疎遠になった友人が過去に何人かいる。

「反対に博くんは出来ないけど周囲を良く見て、いろいろ気付ける子だったんだ。それが今回の事故死に繋がっちゃったみたいだけど……」

 礼子は幼い頃から側にいて安心出来る博人の方が好きだった。国際関係の仕事がしたいという夢が出来、その為に塾に通ったり、内申を上げるためにサッカー部のマネージャーを始めた彼女を、博人はいつも応援しつつ無理しないようにストッパー役をしていた。二人の親しい友人は彼女を気遣い、支える優しい彼氏だったと話していた。

「礼子ちゃんにとっては、とても大切な存在だったんだ。それを自分のせいで亡くしたと事故当初は随分自分を責めていたみたいだよ」

「そうか……」

 遊園地の名物の大観覧車の列に二人が並ぶ。礼子の気持ちを盛り立てる為だろう、明るくはしゃぐ篤志を博人が睨んでいる。

「……もしかしたら、死神うちも少し急ぎ過ぎたのかもしれない……」

 この事件には死神じぶんたちのミスも関与している。狸型獣人である自分の、今は出してないヒゲが震えて告げている。三人ほど間に他の客を挟んで法稔もシオンと観覧車の列に並んだ。篤志と彼の冗談にぎこちなく笑っている礼子と博人。縦に並んだ二人の姿にふと、シオンが周囲を見回した。

「……あれ?」

「どうした?」

 スマホを出し、時刻を見、太陽の位置を確認して、コンパスアプリを開き方角を確かめる。

「……やっぱりおかしい……」

「だから、どうした?」

 そっとシオンが耳打ちをしてくる。ぎょっと目を見開き、法稔も周囲を見た。

「……確かに」

 一端、列を離れ、並ぶ人々の足下を再確認した後、観覧車から降りてきて次の遊具に向かう二人をつける。パレードの行われる円形の園路に出、脇に小さなポップコーン売りのワゴンしかない広々とした空間を二人が歩いていく。

「ここだと遊具の影がないからよく解るね」

「ああ」

 時刻は午後三時。夏より低くなった太陽に篤志の影は北東に伸びている。しかし、礼子の影は南東、博人の足下にある。

「……これって、もしかして……」

「多分、そうだ」

 自分のスマホを出し、カメラアプリを起動する。口の中で呪文を唱え、彼女の影を何枚か写し、シオンに見せる。

「……う……」

 シオンが息を飲む。

「つまり……逆?」

「完全に死神こちらのミスだ」

 当たった勘に法稔は苦い声で呻いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る