3. 理由
「久美子のこと? そんなの知らない」
久美子が所属していた女子グループだという女の子三人は、話があると誘ったファストフード店で
「久美子さんが行きたがっていた場所とか、遊びたがっていた所とか知りませんか?」
という法稔の問いに興味なさ気に答えた。
「そんなことより、キミ、可愛いね!」
話は終わり! とばかりに勢い込んでシオンのポケベルの番号を聞いてくる。
「どうして? お友達でしょ」
「え~」
三人が顔を見合わせ、キャハキャハと笑い声を上げる。
「あんな地味な面白くない子、友達なんかじゃないよ~」
「ぽつんと一人でいたから、ちょっと声を掛けただけ。真面目で先生受け良かったし~」
「便利だったよね~。ノートとか宿題見せて貰ったり、グループ課題一人でやらせたり、掃除代わって貰ったり!」
「あのね……」
……ポン太が『友達』って呼ぶのを躊躇うはずだ……。
どうやら、久美子はこのグループの中では彼女達の言うことをなんでも聞く便利な『道具』だったようだ。あっけらかんと笑う少女達に法稔の顔がどんどん暗くなっていく。
入れ込んだ理由って、こっちだな……。
集団生活の中で彼や久美子のような真面目な子供が陥りやすい落とし穴だ。
「ねえねえ、あんな子の話なんかやめて、番号教えてよ」
「あんな子って……!」
さすがに抗議の声を上げようとした法稔をシオンは止めた。
「教えるワケないでしょ」
ハニートラップのやり方をエルゼから学んだときに、彼女に教えて貰った自分が一番可愛く見える顔で笑ってみせる。
「えっ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような三つの顔を前に立ち上がる。
「ボク、友達を『道具』みたいに扱う性格の悪い女の子、嫌いなんだ」
「な……!」
「ボクの周りにはキミ達なんかより、も~っと可愛くて、も~っと性格の良い子がたくさんいるし」
これは事実だ。シオンは最近、この辺りの女子中高生の間でちょっとした噂の男の子になっている。
「キミ達にはキミ達レベルに相応しい男の子がいるから、そっちにあたりなよ」
ふふっと鼻で笑って「行こう。こんな子達に話を聞いてもムダだよ」隣でぽかんとしている法稔の腕を掴む。ようやく馬鹿にされ、見下されたと理解した少女達の顔が怒りに歪む。
「あのさ……」
多分、彼女達の心には届かないだろうが、魔族として二百年近く生きてきた者として一応、一言注意しておく。
「キミ達が『道具』だと思っている子にも、ちゃんと心があるんだ。それを大切に出来ないうちは、本当の意味でキミ達を大切にしてくれる人には出会えないよ」
じゃあね。少女達に手を振るとシオンは法稔の腕を引いて店を後にした。
午後八時。食べ損ねた晩ご飯を食べようとバブル崩壊が叫ばれる昨今、次々と出てきた格安ファミリーレストランにシオンは法稔を連れて入った。
トレンディドラマに出てくるような派手な化粧の女子大生と、茶髪の女子高校生。一つの流行の終わりと次の流行の始まりを象徴するような客で賑わう店の窓際の席に座る。
「怒るとお腹がすくんだよね~」
ハンバーグにピラフ、冷やし中華に海鮮丼、からあげと次々テーブルに並べて、片っ端から食べるシオンを、きのこ雑炊を前に法稔が呆然と見ている。
「ボク、結構食べる方なんだよね~」
「……結構……」
「早く食べないと冷めるよ?」
「あ、はい」
勧められて匙を持ったものの、手が止まる。少女達とのやり取りの後、沈んだままの法稔にシオンは眉を潜めた。
「やっぱり久美ちゃんの友達関係が入れ込む原因だったんだ」
「……はい。私がそうでしたから……」
法稔が小さく頷く。
シオンとは正反対に、法稔は生真面目な性格を同年代の子供から疎ましがられることが多く、友達つき合いは得手な方ではなかった。
「『友達だから』と久美子さんのように面倒事を押しつけられたり、アテにされて何かと手伝わされることもありました」
「断らなかったの?」
「……誰かがやらなければいけないことでしたから……」
それが一番責任感のある彼に押しつけられていたのだ。
「損な性格だと自分を嫌に感じたこともありました。でも、専修学校まではそこまでではなかったんです。そんなところが良いと友達になってくれる優しい子達もいましたし」
『大丈夫ですよ。法稔くん。解る人からみれば実はそういう君が一番、信頼出来るし安心出来るんです』
彼の父もそう彼に言っていた。
「……でも……」
一族の中でも強い法力を持っていた法稔は、死神養成のカリキュラムのある専修学校に進学し、寮生活をするようになった。そこで彼は最悪の出会いをしてしまったのだ。
相手は相部屋の同級生。今まで彼にいろいろ押しつけてきた子供達の中でも、もっとも要領が良く、面倒事は全て彼にやらせてたうえで、それを上手く自分の手柄に見せ、先生や周囲の評判を上げる、そんな子だった。
「中には私と彼の関係に気が付いて、心配して、忠告してくれる同級生もいたんです。しかし……」
『キミに嫌われたらボクは……!』
その度に泣きくどかれて、法稔は彼から離れることが出来なかった。
「
そういう子は自分が利用出来る獲物を見つけるのが本当に上手い。
「で、その子も死神になったの?」
「いえ、研修生になるときの適正検査で落とされました」
「良かった~」
魔族でも、そんな死神の迎えは御免こうむりたい。
だが、心ある同級生の親切を無視し続けたことになってしまった法稔は、その後、新しい友人を作ることが出来ず、卒業まで孤独な学生生活を送ることになってしまった。
「だから、久美子さんが、その時の自分と重なって……。せめて私だけでも久美子さんの言うことを聞いてあげようと思ったんです。少しでも満足して冥界に逝けたら良いなと……」
「……そうなんだ」
思わず『お人好しにもほどがあるよ』と内心呆れた息をつく。彼は辛い体験をすると、他人の痛みを自分のことのように受け止めてしまうタイプらしい。
「そっか……。じゃあ、ボクも久美ちゃんが逝けるように頑張ってみるよ」
「お願いします。そういえば、シオンくんも彼女達に怒ってましたけど……」
「あ~、あれね~」
全部吐き出して少し気が楽になったのか、食べ始めた法稔に、シオンはレモンを掛けた唐揚げをパクつきながら苦笑した。
「ほら、魔界はさ、身分の上下に厳しい世界で、上の者に下の者は絶対服従だから、どこに行っても、領主が領民に非道いことをしたとか、主人が使用人に手を出して捨てたとかいう話があるんだよ」
上の者が下の者を『道具』のように扱う。などということは、魔界では当たり前に、まかり通っている。
「ボクの家も代々領主に仕える騎士の家なんだけどね……」
騎士は上の二人の兄が継ぎ、あぶれたシオンは魔王軍に入隊した。しかし、そのとき、彼は新兵の全部隊演習で緊張から、水の第一種族、クラーケン族並の力を目覚めさせ、演習場を大量の水で沈めてしまったのだ。
「アルベルト様に拾われたおかげで助かったんだけど、領主様がボクの力に怯えて、領地に入ることを禁止しちゃって……」
シオンは二度と家に帰ることは出来なくなった。無理に帰れば、家族に危害が及ぶ。
「まあ、領地外でなら会えるし、これも魔界ではどこにでもある話なんだけどね」
自分はその理不尽を思い出して怒っただけだ、と笑ってベルを押し、追加でフライドポテトとナタデココを頼む。
「……君も大変なんですね……。私は明るくて友達も多くて、うらやましい人だなぁ……とばかり思ってました。それなのに、なんで私に声を掛けてくるんだろうと……」
「やっぱりボクをそれとなく避けてた?」
「……すみません。同年代の新しい友人を作る気になかなかなれなくて……」
申し訳なさそうに深々と下げられた頭に
「じゃあさ、せめて話し相手になってよ」
シオンは顔の横に両手を上げて、ちょきちょきと指を動かして、おどけてみせた。
「ボク、生来の姿でこの世界の人には話せないことを話せる人が欲しかったんだよね~」
「私でよければ、それくらいなら……」
「頼むよ」
注文がやってくる。シオンはポテトの皿を彼の方に押しやった。
「食べる?」
「はい、頂きます」
法稔がまた頭を下げて、まず端の短いポテトに指を伸ばす。
本当に真面目な子だなぁ~。
その仕草に思わず吹き出しそうになってしまう。
「美味しいですね」
ようやく彼が彼本来のものだろう穏やかな笑みを見せる。それが妙に嬉しくて、シオンもスプーンを持つとナタデココを頬張った。
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