2. 死神の病
「私、もっと賑やかで面白い場所で遊びたいって言ったんですけど……」
「すみません。ちょっと他に思いつかなくて……」
お盆休日の買い物客であふれたデパートで、セーラー服姿の少女と白いカッターシャツに黒のズボンをはいた、野暮ったい丸顔の少年……人型をとった法稔が話している。
「ナタデココでも食べますか?」
「いくら流行っているからって、そればかりは……」
「すみません……」
「苦戦しているなぁ~」
大きめのサングラスを着け、流行の南国リゾートっぽいミニスカートのワンピースを着た女の子に化けたシオンは、柱の影から、やれやれと二人を眺めた。
今、法稔は死神が一度は掛かる
『少し仕事に慣れた頃に死神は、一度は必ず何かを切っ掛けに、一人の死者に入れ込むの。丁度、今、法稔くんがそれに掛かっているのよ』
その相手がセーラー服の少女らしい。
シオンは肩に掛けた白いハンドバックから、いつも使っているルーズリーフ式の手帳を取り出した。
「……
学習塾から家に帰る途中、乗り換えの駅のホームで立ちくらみをおこして転落し、事故死した少女だ。
この五年でシオンはその広い交友関係と遠慮のなさから、任務の中でも主に事件の調査を受け持つようになってきている。今回もエルゼを通して、お玉……法稔が死神になってからずっとコンビを組んでいる先輩死神の依頼を受け、相手の少女のことを調べてきた。
「一時期、自殺が疑われたが、警察の捜査でも不幸な事故死だったことが証明されている……でも……」
自殺を疑われただけの『理由』はある。それが法稔を入れ込ませる理由になったのだろうか?
結局、二人はクリームソーダを飲むことにしたらしい。デパートのパーラーに入り、注文をする。緑のサイダーに白いアイスクリームに赤いさくらんぼ。目の前に置かれた背の高いグラスに久美子が嬉しそうに長いスプーンを取った。
ワガママを言っているけど、特に悪意は無いようだね。
美味しそうにアイスを頬張る横顔には素直な喜びがあふれている。
この病を越えると死神は大きく成長することが出来る。彼等の長も、お玉以外の先輩も、彼の好きにさせて、そっと見守っている……のだが。
「私、こういうパーラーは実は初めてなんです」
「私も」
「おかしくないですかね?」
「……大丈夫だと思います」
法稔と少女がぎこちなくソーダを飲みながら、笑い合う。微笑ましい光景だ。
……でも、お玉さんとしては、そっと見守れないんだよね~。
お玉は蓮っ葉な口調と気っ風の良さから法稔に『お玉姐さん』と呼ばれている猫型獣人の艶やかな美女だ。いつも、粋な江戸小紋の着物を着こなし、ときに法稔に激を飛ばして仕事をこなす、凄腕の死神なのだが、実は何年も前から、彼が気になっているという。
『だから、そうではないと解っていても、お玉としては引っかかるのよ。そこでシオンに法稔くんの尾行をお願いしたいの』
『法稔は防御と浄化、解析の術に特化しておってな、特に気の感知に鋭い。お前にも良い修行になるかもしれんぞ』
そうエルゼと玄庵に言われて、班長のモウンの許可を受け、気付かれないように女の子に変身しているのだ。勿論、入念に魔族としての魔気も水気も封じている。
「彼女~、一人~」
サングラスをしていても、さらさらの茶髪の瞳の大きな美少女姿のシオンに日に焼けた少年が二人、声を掛けてくる。
「いいえ~」
グラスをずらして、軽く二人を睨み、催眠術を掛けて追い払う。
……これで何度目だよ……。
ぼやきながら視線をパーラーに戻したとき、窓ガラス越しにこちらを見ている法稔の黒い目と目が合った。
ヤバッ!!
慌てて、柱の影に身を潜ませる。
……まさか、バレてないよね……。
あんな軽い術の揺らぎを、これだけの大勢の人の気があふれている場所で感じ取れるはずもない。
法稔と久美子がパーラーを出る。シオンはゆっくりと距離を取って、また彼等を追い掛けた。
「じゃあ、次は映画に行きますか?」
「映画は先日行ったでしょ?」
「……そうでしたね……じゃあ……」
「もう良いわ。今日は私はここで。次は本当に楽しいところに連れて行ってよ」
「はい」
呪文を唱え、久美子の可視化の術を解く。墓に戻ったのか、その姿が消える。法稔は大きく溜息をつくと歩き出した。
「……久美子さんが満足出来る、楽しい場所か……」
ゆっくりと住宅街に入っていく。お玉の話だと彼は今日は一日休みらしい。遅い日没の中、駅前の雑居ビル群に向かっていく。家と家の間の細い路地に入る。時刻は午後六時、辺りには夕食の匂いが漂っていた。
シオンも路地に入る。家に帰る少女を演じて、ときどき道端でポケベルを見るふりをしながら距離を取ってつける。
法稔の丸い背中が路地を曲がる。シオンは十数えて角から顔を覗かせた。
「あれ?」
真っ直ぐに続く路地にあの背中が無い。
「見失った? いや……まさか……」
両側がブロック塀に挟まれた狭い路地だ。
「……仕方ない……」
力を使って気配を探ろうとしたとき
「やっぱり、シオンくんでしたか」
とんと軽い靴音がして、法稔が塀の向こう側から正面に降り立った。
「術士だというのと、この体格のせいで、鈍いと思われがちなんですけど、これでも獣人族ですし、兵士としての訓練も受けているので……」
角を曲がったと見せ掛けてブロック塀の乗り越えて隠れ、シオンが来るのを待っていたらしい。
「いつから気付いたの?」
「デパートに入る前から……ですかね」
「それって、ほとんど最初からじゃない!!」
「シオンくんは水の力が強いので、封印したつもりでも水気が隠し切れてませんでしたから。でも、どうして女の子に化けてまで、私を?」
問われてシオンはお玉の気持ちだけを隠して、依頼されたことをあらいざらい話した。こうなったら下手な小細工をするより、堂々と協力を申し出た方が良い。
「お玉姐さんは、ああ見えて過保護なところがあるんです」
どうやら彼女の気持ちに全く気付いてない法稔は素直に頷き
「こちらこそお願いします」
シオンに頭を下げた。
夕闇が忍び寄る街中を少年姿に戻ったシオンと二人で駅前に向かう。
「久美ちゃんはどうして、こちらに留まっているの?」
「シオンくんも調べたのなら解っていると思いますが……」
久美子の死因には彼女の家庭の事情が関わっていた。
「最初、自殺を疑われたのもそこからだよね」
久美子の両親はいわゆる一昔前の『教育パパ』『教育ママ』だ。久美子の二歳下の高校一年生の妹、
「『私の人生なんだっただろう……』と泣かれたら、もう何も言えなくて……」
「だよね……」
……そこがポン太が久美ちゃんに入れ込んだ理由かな?
「ポン太の御両親もキツいの?」
「私の名前は法稔です。いえ、私の方は穏やかな優しい両親ですが?」
この親にしてこの子あり、の典型的なお父さん、お母さんらしい。
「そうなんだ」
親子関係が原因ではない……か。
「あ、いました」
駅に向かう高校生の集団を法稔が追う。
「久美子さんのお友達……です。彼女達に聞いてみましょう」
『お友達』の言葉に少し躊躇いが混じる。
……もしかして……。
シオンは法稔と共に少女達に声を掛けた。
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