5. 姉妹

 住宅街が闇に沈んでいく中、お盆の夜間営業に入った遊園地は派手なイルミネーションが瞬き、過ぎていく華やかな時代を惜しむかのように輝いている。

 高校生の一団を倒し

『ほら、騒ぎにならないうちに帰りなよ』

 ギャル仲間の少女達を帰した二人は、裕子に大切な人に会わせると言って夜の遊園地へ連れてきた。

 メリーゴーランドの白馬と馬車がキイキイと音を立てながら回る。どこか懐かしい音楽が流れる中

「……お姉ちゃん……!!」

 ライトに浮かび上がった久美子の姿に裕子が小さな悲鳴を上げた。

「……え……なに、幽霊!?」

「平たくいえばそうです」

 法稔が真面目な顔で答える。

「……もしかして……自殺したのを恨んで……」

「私、自殺なんかしてないよ。本当に駅で立ちくらみを起こして落ちただけ」

 怯える裕子に久美子は彼女の思い出の中と同じ、柔らかな笑みを浮かべた。

「お父さんとお母さんには言ってやりたいことがたくさんあるけど、裕子のことを恨んでなんかない」

 きっぱり言い切った後、「ごめん……」と久美子はうなだれた。

「そう思われても仕方ないよね。裕子が好きな学校に行けて良かったと思っていたのに、覚悟した以上に、お父さんとお母さんの期待が私にのしかかってきて……私、段々、裕子のことが疎ましくなってた……」

 自分は息をつく暇もない毎日なのに、学校に生き生き通う妹。その対比がいつしか妬みを生み、言葉を交わすことが少なくなっていったのだ。

「死んだときもね、しばらくは、もう自分の人生なんだったんだろうってそればっかり考えていた。でも、法稔くんが私のワガママを一生懸命、叶えてくれたの。そうしたらやっと思い出したんだ。私にも、まだ大事な大事な人がいたこと。裕子までも、私みたいにお父さんとお母さんの犠牲にさせちゃいけないって、逝く前にこれだけはやっておかないといけないって気付いたんだ」

 恥ずかしげに謝る久美子に

「お姉ちゃん……」

 裕子の目が潤む。

「お姉ちゃん、私の為に犠牲になったのに……。なのに、私、お姉ちゃんまで避けて、ごめんなさい……」

「もういいよ。さっき法稔くんに聞いた。裕子、私のことけなした男の子に怒って飛びかかっていったって」

 嬉しそうに笑いながら、久美子はそっと妹に近づき手を取った。

「あのね、もし、このままお父さんとお母さんが変わらなかったら、裕子は私のようになる前に逃げて」

「……どうやって?」

 戸惑う裕子に

「誰か両親の他に頼りになる大人はいないのかな?」

 シオンが訊く。

「お母さんの方のおじいちゃんとおばあちゃんなら、きっと……」

「それなら、私が術で久美子さんをおじいさんとおばあさんの夢に出しましょう」

 法稔が申し出る。

「そして、裕子さんから連絡があったら、久美子さんの願いが頭に浮かぶように暗示を掛けます。きっと助けの手を差し伸べてくれると思います」

「それでもダメだったら、ボクに連絡して」

 シオンは自分のポケベルの番号を手帳に書いて、そのページを外した。

「……シオンくん……」

 そこまでするとは思ってなかったのだろう、驚く法稔におどけたウインクを送る。

「『久美ちゃんが逝けるように頑張ってみる』って言ったからね。最後までちゃんと助けるよ」

 裕子がメモを受け取る。久美子の顔に安堵が広がった。

「裕子、約束して、私のようにはならないって。裕子はお父さんとお母さんに負けずに自分を大事にするって」

「うん」

「法稔くん、本当にありがとう」

 久美子は法稔に向き直り、頭を下げた。

「私を救ってくれて。私、法稔くんにお迎えに来てもらえて良かったよ」

 礼の言葉に法稔が眩しそうに目を瞬く。

「じゃあ、逝こうか、ポン太くん」

「あの……私の名前は法稔です……」

 法稔の訂正に楽しげに笑い、久美子は裕子の手を放した。

「私、おじいちゃんとおばあちゃんに裕子のことを頼んだら、冥界ってところに逝くね」

「お姉ちゃん!」

「大好きだよ、裕子。覚えておいて、裕子はずっと私の『大事な妹』だよ」

 法稔がそっと彼女の肩に手を置く。久美子がその手に手を重ね、小さく頷いた。

「ありがとう、シオンくん。君のおかげで久美子さんの本当の願いが叶いました」

「シオンくん、ありがとう。裕子を頼みます」

 ふわり、夏の夜闇に二人の姿が消える。

「お姉ちゃん……!!」

 裕子が堰を切ったように泣き声を上げる。しゃくりあげる音にメリーゴーランドからの少し割れた童謡が重なった。

「……まだ、お父さんとお母さんが優しかった頃、よく遊園地に連れていって貰ったの……」

「うん」

「お姉ちゃん、白馬が一つしか空いてないと『裕ちゃんが乗って』って……」

「うん」

「自分はあたしの横に立って『楽しいね』って……」

「うん」

 きらきらとメリーゴーランドは回る。泣きやむまで裕子の久美子との思い出を聞き続けた後、シオンは「家まで送るよ」と優しく彼女の手を引いた。

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