4. 小さなヒーロー
「ブルーシャーク族!? グランフォード家に仕え、水の領土を護る騎士が何故っ!?」
爵位こそは持たないものの、水の総統家に仕える魔族の一族として、レッドグローブ族よりも遙かに格上の魔族の登場にシオンが悲鳴を上げる。
「どんな名門の一族でもアウトローはいるもんだろ」
ジャリ……両手に数珠を巻き付けて、法稔が答えた。
「と……とにかく、班長に連絡を……」
シオンがスマホを取り出すが、通話ボタンをタップしても発信音がしない。慌てて術で呼び掛けるが、それも全く繋がらない。
「……多分、あの水の魔気で外界と産院を遮断しているんだ……」
唯一、直樹の母が産気づき、二人が産院にいることを知るお玉は、魂の人を連れて冥界に行っている。
「……ここは二人で何とかするしかないな……」
法稔の言葉にシオンの身体が震え出した。
「冥界の死神の力、試してみるか……」
幾重にも鋭い白い歯か重なった大きな口を楽しげに歪めて、男が鰭の付いた青い手を振る。
地面から水柱が湧き出し、結界に突き当たる。
「お前達も行け!!」
『忌み子』が手に入ったら、力を分けてやるとでも約束してあるのか、手懐けられたらしい邪霊達が一斉に体当たりを始めた。
「くっ……!!」
法稔の額に脂汗が浮かぶ。男が更に水柱の数を増やすと、よろめき、ガクリと片膝を屋上についた。
「ポン太っ!!」
シオンの言葉を訂正する余裕すらないのか、ぶるりと身を震わす。余分な力の使用を避け、集中を高める為に、生来の姿、黒い僧衣姿の狸型獣人に戻る。
「なんだ、意外にあっけないな」
男があざ笑う。
「……ちゃんとした結界術さえ使えていれば……」
茶色の耳を立て、ギリギリと数珠を両手で引っ張りながら、なんとか立ち上がり、呼吸を整える法稔のふかふかの尻尾に
「ポン太兄ちゃん!!」
直樹が不安げに抱き付いた。
……そうか、今、ポン太は法力だけで、この結界を維持しているんだ……。
術というのは、目的の効果や事象を得ると同時に、そこには必ず使う者の負担を軽くする法が込められている。
だが、二人とも魔族に気付かないまま襲撃を受けた為、法稔はとっさに気合い……自分の法力そのもので結界を張ったのだ。
その為、結界を維持する為には、ひたすら力を放出し続けなければならない。
「結界を直樹くんのお母さんのいる場所だけには出来ないの!?」
少しでも負担を軽くしては……シオンの提案に法稔が首を振る。
「ここには直樹くんのお母さんの他にも、今、出産を終えたお母さんや、入院している妊婦さん達がいる。その赤ちゃんやお腹の胎児に邪霊や奴が手を出さないという保証は無い」
ギッっと数珠を引き、全身の毛を逆立てる。
「班長達が気付くか、お玉姐さんが帰ってくるまで維持してみせる……!!」
「……そんな……」
無理だ……とは言えず、シオンは結界の外を見回した。男が高笑いしながら、いたぶるように水や剣撃による攻撃を仕掛けている。
……あれを防げさえすれば……。
邪霊の攻撃だけなら、ポン太ならなんとでもなるはずだ。
が、いざ自分が戦おうと踏み出すと、寒気が走り、目の前が暗くなって、あの迫る土砂と白い炎が浮かぶ。
「くそっ!! どうしてっ!!」
強ばる身体を叱咤するシオンを男が笑った。
「そっちは破防班の兵士のようだが、腑抜けかぁ!?」
シオンは男を見上げて睨みつけた。
戦えなくても、せめてボクが奴のいたぶりの対象になれば、ポン太が楽になれる……!!
幾多もついた産院の窓の明かりに覚悟を決め、飛び出そうしたシオンの腰に小さなモノがしがみついた。
『ダメだ!! シオン兄ちゃん!!』
「直樹くん!?」
『シオン兄ちゃん、今、無理に囮になろうとしていたシャインと同じ顔してた!!』
ぎゅっと必死に止めようと、直樹がしがみついてくる。
『行ったらシオン兄ちゃんが死んじゃう!!』
懸命に自分を止める直樹の幽体の身体から、彼の思いが伝わってくる。
母と妹を助けて欲しいという願い。でも、ずっと側にいて面倒を見てくれたシオンと法稔が傷つくのはイヤだという思い。
それを通して、彼の心の奥の隠された思いまで伝わってくる。
母と離れたくないという思い。妹の誕生を願うと同時に自分のいた場所に入る赤ん坊を疎む思い。そして、父や母が自分を忘れてしまうのではないかという大きな恐怖。
それらを押さえ込んで、彼は大好きなヒーローを心の支えに、母と妹を守ろうと明るく振る舞っていたのだ。
「……すごいや、直樹くん」
それに比べたらボクなんて……。
シオンはそっと直樹の腕を外し、振り返ると彼をぎゅっと抱きしめた。
「直樹くんは、本物のヒーローだよ」
きょとんとする彼の頭を撫でる。
「大丈夫。ボクは死なない。そして、きっと直樹くんのお母さんも妹も、他の赤ちゃんも守ってみせる。だから、ここでボクを見ていて」
「シオン……」
「シオン兄ちゃん……」
シオンは立ち上がり、二本の青龍刀を呼び出し、変化の術を解いた。
マリンブルーの軍服を着た巨大なザリガニ姿に戻る。
「ポン太、ボクがあの男の相手をする。その隙に結界術を使って」
「法稔だ」
法稔が小さく笑って訂正する。
「頼むぞ」
「うん!」
刀をしっかりと握って、ハサミを構えるとシオンは結界の向こうに飛び出した。
目の前に赤い身体のレッドグローブ族の少年兵が現れる。水の総統家に直接仕える自分達と違い、地方豪族に仕える程度の身分の低い一族だ。
にも関わらず、少年はグランフォード家の色であるマリンブルーの軍服を身に付けていた。
「……お前が例のアルベルトのお気に入りだという兵士か……」
切っ先が震える刀に男が口端を舐める。
「それがどれだけのものか確かめてやろう」
キイィィィン……!!
男の剣を受け止めた刀を持った腕にしびれが走る。
強い!!
数回の打ち合いでシオンは男の実力を確信した。
アウトローになったとはいえ、『水の王』の領土を守るに相応しい戦闘能力を付ける訓練は受けてきたのだろう。鋭く重い太刀筋に、どうしても恐怖心から及び腰になるシオンの剣では到底かなわない。
「どうした! グランフォード家に禁色が泣くぞ!!」
男がシオンの力を見切ったのか、彼をあしらいつつ、水の攻撃術で再び、法稔の結界を襲い始める。
「……産まれてくる前に手に入れてしまわないとな……」
産まれてしまうと『忌み子』はなんらかのアクシデントで自ら目覚めない限り、普通の人間になってしまう。男が攻撃に力を込めるのをシオンは感じた。
「ポン太兄ちゃん!!」
「ポン太!?」
直樹の悲鳴に振り返る。再び法稔が屋上に、今度は両膝をついている。
「しぶとかったが、そろそろ限界か……」
それでも数珠を掲げ、結界を張り続ける彼に、男は牙を剥き出し、更に力を込めた。
「うおおおおっ!!」
シオンが二刀とハサミを揃えて、飛び出す。
男が右の刀と右のハサミの連続攻撃を鼻で笑って弾く。そのまま刃先を翻し、彼に向かって横になぐ。
切られる!!
そう思ったとき、シオンの目に己の腹に食い込もうとする剣の動きがはっきりと見えた。
えっ!?
反射的に左の刀で剣を止める。そのまま出来た隙に左のハサミで男の首を襲う。男が慌てて後ろに飛び退く。
ぽたり……。ハサミがかすった頬から血がこぼれた。
「舐めすぎたか……」
頬の血を拭い、男がさっきまでの遊びを潜め、本気で切り掛かってくる。
えっ!? どういうこと!?
その動きがさっきまでと違い、全てはっきりと見える。いや、見えるだけでなく、相手の息づかいや動揺までシオンは感じていた。
同時に自分の動揺が治まり、頭が冷えてくる。不思議なくらい冷静にシオンは男の攻撃に対応した。左から来る剣を左の刀で弾く。大きく上に打ち上げられた勢いを殺し、そのまま下に切り落としてくる剣を重ねるように合わせた二刀で受け止め、左右のハサミで腹を狙う。
迫る鋭い爪のついたハサミに男がまた飛び退いた。
互いに剣と刀、ハサミを構え、睨み合う。
『一度、戦いで恐怖を味わった者の中には、もう二度とそれを味あわぬように、しっかり見、冷静に応対する心構えが出来る者がいる』
昔、新兵時代の訓練で、剣術の教官が言った言葉。そのときは意味が解らず聞き流していたが……。
それがボクに起きているってこと……?
『今、お前は次に進むべき分岐点に立っているのだ』
進む道はとっくに決めた。シオンは腹に力を入れ、二刀を上下に構え、更にハサミをその左右に添えて、男に突撃した。
……ギリギリで頑張っているポン太の為にも、直樹くんやお母さん、赤ちゃんの為にも、ボクはここで逃げるわけには絶対にいかないんだから……!!
「どういうことだ!!」
男の顔から余裕が消える。
「ボクとお前じゃ、背負っているものの重さが全然違うんだよっ!!」
シオンは男に四段の攻撃を放った。
「シオン兄ちゃん……」
先程までとは全く違う動きのシオンを直樹が唖然と見上げる。
「まるでシャインみたいに新しくなっちゃった……」
「多分、そうだろうな」
軽くなった負荷に法稔は立ち上がると、もう一度、呼吸を整えた。
恐怖を乗り越えれば、シオンはあの破壊部隊の猛者と呼ばれた元第一隊の隊長と副官の訓練を日常的に受けている兵士。並の魔界の兵士とは戦闘レベルが違う。
「……お陰で術を張り直せそうだ」
両手で数珠を握り締める。
「ハァァァッ!!」
今まで張っていた結界を打ち払う。その衝撃に体当たりを繰り返していた邪霊達が弾き飛ばされた。
素早く右手に数珠を巻き付け、負担の少ない、対邪霊用の薄い結界を張る。左手で次々と印を組みながら、更に呪文を唱える。
サァァァ……。産院の屋上を中心に青い光が地面を走り、魔法陣が現れる。
玄庵とエルゼ直伝の広範囲に強力な結界が張れる魔法陣。エルゼが得意とする術式により、さっきより遙かに少ない力で維持出来る。
「まだ、力が残っていたのか……!!」
男がさせじと屋上に向かう。
「待てっ!!」
シオンが追う。
法稔が右手の数珠をじゃらりと鳴らし、左手で印を切った。
「オン!!」
対邪霊用の薄い結界を青い光が包み、更に魔法陣に沿って外側に広がる。その光に触れた邪霊達が悲鳴を上げて去っていく。
「くっ!!」
直前で組み上がった強力な結界に弾き飛ばされ、男が空でたたらを踏む。
「お前の相手はボクだっ!!」
青い光を反射して弧を描いた青龍刀が男の額をないだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます