ぬるいな
とにもかくにも。
温泉が私の想像していたものとは違う。これでは地獄ではなく、天界のようではないか。いや、勿論行ったことは無いが。
「ぬるいな……」
「はぁ? 熱いでしょ!」
私の言葉にキレ気味に反論するフィリア。
いや、実際、炎球の直撃ですら一瞬であれば大事に至らない私にとっては、この蒸し部屋とやらの温度は十分に耐えられるものだ。だが、ここで人間との耐熱温度の差が出るとは思わなかった。
「あ、いや……、熱いは熱いが、拷問にしてはぬるいな、と思っての」
「何度も言うけど、ここは拷問施設じゃないから」
呆れたように笑われた。
誤魔化したつもりだが、意外に気にもされていなかったかもしれない。
「それでは、ここは何の為に有るんじゃ?」
拷問でないとしたら、人間はこれを何に使うのか。興味本意で聞いてみる。
「汗をかいて、余分な水分と脂を出して痩せるため、とか聞いたよ」
「ぬぁ?」
ナサリアを見詰めるフィリアの目が一瞬、鋭く光る。
「って、事は、この無駄なモノが無くなるって事か!」
何を言わんとしているかは良く分かる。分かるがな、棒切れエルフよ。
「無駄なモノすら無かったらどうするんじゃ?」
思わず口にする疑問。
「さあ? 体の中の悪い物でも出ていくんじゃない?」
「かっかっかっ……。そしたら、フィリアは溶けて何も残らんの。腐った性根で出来ておるからのう」
「なにぉう! オッサン臭い笑い方して、あんたこそ悪知恵で出来てるんだから、何も残らないじゃんか!」
痛いところを突かれたのか、立ちあがり私を睨み付ける。
「馬鹿よりはましじゃろ」
「むー!」
と、ひとしきり騒いだところで、熱さに負けたのか、根性無しのエルフはペタンと座り込み、非常に情けない顔をした。
「もう、ダメ。私、先に出る……」
そう言い残すと、フィリアはフラフラと部屋を出ていく。森の民と呼ばれるエルフには、この高温と湿気は厳しいのだろう。拷問として多少の効果は有りそうだ。
「じゃ、私達も出ようか。私もそろそろ限界だわ……」
ナサリアも立ちあがり、部屋を出ようとする。
「ちょいと待て」
「なあに?」
呼び止められてナサリアは振り返る。
「減っとらんの……」
「ん?」
「いや、何でもない。出るか」
私の視線に気付いたのか、気付かなかったのか。タオルの上からでも分かる、デカイ物を揺らして部屋から出ていった。
「家に帰ったら拷問温泉作るかの」
水を被ったあとで、私達は元の湯に戻り、もう一度ゆっくりすることにしたのだが、私は飽きたのでタオルを体に巻くと、足だけ湯につけて呆けていた。
「さっきから気になってたんだけど、何でそんなヘンテコなネックレスしてるのさ」
フィリアが指差したのは竜の牙を加工したネックレス。
「これは、祖母の形見じゃ」
咄嗟に嘘をつく。
こんな状況でも外す訳にはいかない。いや、この二人が居なければ、本来の姿でも構わんのだが。
「何かの牙?」
「そうじゃ。何の牙かは教えられんが、な」
と、話していると周囲が騒がしくなる。
「奴が出たぞ! 武器を持って応戦しろ!」
背後のどこからか叫び声が聞こえた。
「奴とはなんじゃ!」
すっくと華麗に立ちあがり、振り返った瞬間に、体に巻いていたタオルがストンと落ちた。
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