そんな奴は知らんぞ

 私が思案していたところ、背後から音痴な鼻歌が聞こえてきた。

「へたくそじゃのぅ」

 思っていた事が意図せず口からこぼれ出た。悪い癖だ。

「ん? 何か言ったか?」

 幸運な事に私の声は、酔っ払いらしい声の主には届いていなかったようだ。足音のする方を見ると、ドワーフの男が歩いてくる。

 暗がりでも見えるんじゃよ、悪魔じゃからの。


「なんじゃい、ちっこいの。そこで寝てる男、お前の父親か?」

 ドワーフはランタンをかざす。彼らも暗視能力である程度見えているだろうから、その補助程度に使用しているのだろう。

「違うわぃ。こいつはちと悪さを働いておっての。依頼仕事の一環でギルドに突き出してやろうかと思ったんじゃが、寝かせたは良いがどうやって運ぼうかと思案中だったのじゃ」

「ギルドだと? お前さんそんなんで冒険者なのか?」

 半ば失笑気味に言われると腹が立つ。

「色々と事情があってのう……」

 説明するにも、色々と有って面倒くさい。しかも酔っ払いに説明するなど無駄に決まっている。

「それなら、この紐で縛り上げるといい。あとはワシがギルドの前まで運んでやる」

 ドワーフは腰に下がっていた紐を差し出すと、手に持っていた酒を飲んだ。

「おお、すまぬのう。これであとはナサリアに言っておけば大丈夫じゃろう」

 ドワーフが酒を飲むのを止め、私の顔を見る。

「……今、ナサリアと言ったか?」

「言ったぞ?」

「お前さん、ナサリアと組んだのか?」

 ナサリアを知っているかのような口ぶりが、少し気になった。

「無理矢理付き合わされとるだけじゃよ……」

「あ奴は、ワシの事を言っておらなんだか?」

 男を縛り上げる私を見ながら、ドワーフは首を傾げた。

「……知らぬよ。あのいい加減な女が、目の前の依頼以外の説明なんかする訳ないじゃろ? ……いや、そういや、仲間がもう一人居るとか言っていた気がするな」

「あの棒切れ嬢ちゃんも、言っておらんかったか?」

 フィリアの奴、ドワーフにまで棒切れ扱いされておるのか。憐れだが、思わず笑ってしまったぞ。

「あんたの話は何も聞いておらん。……っと、よし。完成!」

「……いや、無茶苦茶早いし、無駄に凄い縛り上げっぷりだな、おい。どこで覚えた」

 男を縛り上げた、私の腕前を見て驚いたのだろう。思わず本気で縛り上げてしまった。

 私の緊縛術は、母上仕込だ。「悪魔たるもの、即座に! 見事に! 美しく! 縛り上げねばならない」と叩き込まれた。だが、これを披露する機会なんぞ、今まで無かったのだが、母上はいつ誰を縛るために使ったのだろうか。

 というか、悪魔に必要な技術なのかと、今になって疑いたくなってきた。

「ん……? ああ、こういうのが趣味な師匠が居ってな」

 誤魔化すためとはいえ、また私の無駄設定が増えてしまったではないか。というか、こういうのが趣味って何だ? まあ、いいか……。どうせ酔っ払い相手だ。


「変わった師匠が居るもんだ……。おおそうだ、パーティだが、普段はナサリアと、棒切れ嬢ちゃんと、ジョルガと、ワシの四人だぞい」

「……あんたはいいが、ジョルガって誰じゃ? そんな奴は知らんぞ」

 私は聞いたことの無い名に、首を傾げた。

「んあ? お前さん、何人で仕事しとった?」

「私を入れて四人じゃよ?」

「ならば、ジョルガも一緒だろう?」

 疑う余地も無いとばかりに、ドワーフが突っ込む。

「知らぬ……と言って……ん? もしかして、ナサリアが『おっさん』と呼んでいる男か?」

「おお、そうそう、ジョルガだ。お前さん名前、知らんかったのか?」

「『おっさん』としか教えられておらん」

「……全く、ジョルガも不憫よの。あれでも貴族の次男坊だというに……」

「……はぁ??」

 私は驚きの余り絶句した。

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