厄介じゃのう

 ナサリアは嫌がる私の襟を掴んで、引きずるように教会まで連れてきた。

「邪悪とかなんとか、どうせろくな物じゃないんだから、関わらないのが一番じゃよ!」

「だめだめ。もう受けちゃったんだから、大人しくしなさい。今更断ると、信用問題になるのよ」

 フィリアが渋々ついてきたのには、そういう訳があるのだろう。道中、ぼそぼそと「ムカデ」と何度も呟いていたが、聞かなかったことにしている。

 ボドルガとおっさんは時に気にする様子も無く、文句も言わずについてきた。


「はぁ……」

 ため息をひとつつき、仕方が無いと腹をくくって教会に向き直る。そして扉を開けようと、私が取手に手をかけた瞬間だった。

 バチッ!

 凄い音を立てて閃光が走ったかと思うと、激痛とともに私の手が弾き返された。

「うわっちゃー!」

 あまりの痛みに、手を押さえて一歩後退する。危うくボドルガの足を踏んで華麗に転倒するところだった。

「なに! どうしたの?」

「いや、今、手に電撃のようなものが走ってな……」

 見ると、取手を握ろうとした場所が火傷のように赤くただれていた。

 あまりに突然の出来事に驚きすぎて、心臓がバクバクいっておる。この胸の鼓動、これが噂に聞く『恋』というやつか。……うん、違うな。

「この取手?」

 フィリアが何事も無く取手をひょいと掴み、扉を開けた。これでは派手に叫んだ私の立場が無い。

「金属のものを掴むと、時折電撃が走る。それだろうな。……にしても盛大だったな」

 ボドルガが髭をいじりながら、扉の取手を眺める。

 まじましと取手を見ていたが、施された彫刻に興味が移ったようで、指でなぞるように感触を確かめ始めた。

「おい……」

 私はボドルガの尻を蹴飛ばしてやろうかと思ったが、硬そうな尻で、かえって怪我をしそうなので、思いとどまった。


「ああ、もういいから、早く中に入って!」

 ナサリアが痺れを切らしたように、半開きの扉を押し開け、中に入った。

 続く私は、扉に触れぬようにゆっくりと、警戒しながら教会へと足を踏み入れる。

 先程のあれは金属に走る電撃ではない。通常ならばこのような火傷をするはずもない。間違いなく、この教会には恐ろしく信心深い奴がいて、その信仰心によって悪魔である私が弾かれたのだろう。

「厄介じゃのう……」

 私がボソリとつぶやいたのをナサリアは聞き漏らさなかった。

「なに? 依頼内容が分かったの? 邪悪なものってなに?」

「私じゃ」とは言えず、黙って教会の中を見渡す。綺麗に掃除されているように見えて、違和感がある。周囲にいくつもの気配がする。教会の中も私にとっては居心地の良いものではない。

「ナサリアのこれ、邪悪だよね……」

「じゃの!」

 フィリアがナサリアの胸を指でつつく。私は即座に同意する。そこには邪悪なものがいっぱい詰まっているに違いない。

 ナサリアが胸を押さえて隠そうとした時だった。

「ようこそいらっしゃいました、迷える人々よ」

 室内に声が響き渡る。

 声のする方をみやると、一人の修道女シスターが立っていた。彼女は私を弾くほどの力を持っているとは到底思えず、至って普通で特別な力も感じない。

「こやつではないな……」

 見た限り、他には誰かが居る様子も無い。では果たしてあの力は何なのか。

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