ほんのちょっとだけじゃよ

 ずり落ちたタオルを拾い上げ、もう一度巻き付ける。そのまま出ていくのも憚られるので、慌てて体を拭くと、服を着る。

 先程の件をいつまでも笑っているフィリアを睨み付けると、濡れた髪に小さいタオルを巻き付けた。

「人の事をいつまでも笑っているが、蒸し部屋の時に、常にずり落ちるタオルを直していた奴が偉そう言えるか!」

「おっと、気づいてた? 同輩!」

 私と同じように風呂を飛び出して、騒ぎを確認しに行こうというのだから、立派な冒険者……いや、ただの野次馬じゃな。

 装備一式は部屋に有るため、本当にただの野次馬でしかない。魔法を使える私を除いては。


 現場に駆けつけた頃には騒ぎは終息するどころか、更に大きくなっていた。

「右の方からも一匹来たぞ!」

 何が出たのか確認するため、小さい体を活かして人混みをすり抜け前に出る。

「どれどれ…………。……おお、でっかいのう」

 そこで暴れていたのは巨大なムカデ。胴回りは人間並みはあり、長さだけなら人間の身長の数倍は有りそうだ。

 数人が戦っているようだが、分が悪そうに見える。

 後ろにいたナサリアを見やると、ムカデを目にして青ざめている。ああいうのが苦手なのだろう。逆に、森の民であるポンコツエルフは、慣れているのか興奮気味に口を開け、戦闘を眺めている。

 私は、もっと気味の悪い奴を「ぬははは!」って感じで使役したりしていたりするので、どうという事は無い。むしろ、捕獲して持ち帰りたいぞ、くらいの気になっている。色々と思うところがあるので、ナサリアへの嫌がらせに使いたいところだが、ここであまり被害が出ると後が面倒なので、仕方がないから退治に協力してやろうか……。

 人的被害が出ても、悪魔の私としては困らんし、胸も痛まんが、宿泊や食事に影響が出るのは困るからの……。いや、言い訳じゃないぞ。

「うわぁ!」

 一人が弾かれ、地面に転がった。手を離れた剣が地面を滑る。

「あれは硬いから、正面から行っちゃだめなんだよねえ」

 後ろからポンコツエルフの偉そうな講釈が聞こえる。

「ジルデオリガル・オンファタータ……天の怒りよ、集いし大気の力よ我が望むままにその矛を振り下ろせ! 大稲妻サンダー!」

 空が一瞬光ると、光の束が地へと駆け下りる。次の瞬間には、轟音を響かせ、光はムカデを捕らえて炭へと変えていた。

「こんなもんかいの?」

 私は胸を張ったが、戦っていた連中から怒りの声が飛ぶ。

「あぶねーだろ! 巻き込まれたら死ぬぞ!」

「助けてやらんかったら、どのみち危なかったじゃろ? 偉そう言うんなら、あと一匹なら何とかなるじゃろ?」

「ガキの癖に無茶言いやがって! 足は切り落とせても剣が通らねえんだよ。毒も有るし下手に近寄れねえんだ」

 長い言い訳をするくらいだから、余裕はあるのだろう。そう思った瞬間だった。転がっていた剣を拾い上げたフィリアが、ムカデに駆け寄る。

「こいつは、こうやるの!」

 ムカデの頭が下がった時を狙って、大きく跳ぶと、ムカデの脳天に剣を垂直に突き立てる。そのまま地面に叩きつけると、ムカデは頭を串刺しにされ絶命した。はずなのだが、体だけがまだウネウネと動いていた。

「死んでもちょっとの間は動くから気をつけて」

 偉そうに言っていただけあって、手際は見事なものだった。私はほんの少しだけ、フィリアを見直した。ほんの、ほんのちょっとだけじゃよ。

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