【15】雷神 対 氷菓 炎魔2
「(炎魔の属性化を解除しなければ……! ――灼熱君子の時と違って奴の《火炎化》は不完全じゃない)」
《灼熱君子》は雷神にばれないように定期的に実体化を挟んでいた。それは《灼熱君子》の体内の生体器官が自主発火する発熱に耐えられないのだ。いわば不完全な属性化だ。
雷神が見たところ炎魔の属性化は完璧であり、炎魔自身も雷神に打開策がないことを知っている。だから炎魔は七人衆とは違い強気に雷神に向かってくる。
雷神は空に向かって一筋の電撃を放つ。《ライトニング》を使って雨雲を引き寄せるのだ――これには炎魔も苦笑気味に嘆息する。
「フッ――――芸のない奴よ、雨に頼って炎を消すつもりか」
「――――!」
すると、炎魔が自ら《火炎化》を断ち切り、生身の体のまま雷神の前に姿を見せた。
「ワシが《火炎化》している最中には手出しできぬのだろう?」
「…………」
雷神は答えない、炎魔は構わず一人語りを続ける。
「一方――ワシの方には《転空》がある、貴様の《雷撃化》した体にも一方的に攻撃できる格闘術よ!」
それは、今更炎魔に話して聞かされるまでもなく、雷神の自覚しているところだった。炎魔は頬に叩きつける小雨を感じながら続けていう。
「だが――ワシは抜け目のない男。小雨程度に脅かされる異能ではないわ!」
再び《火炎化》した炎魔は背後からにじり寄る雷神の分身に旋回脚をお見舞いする。分身はすぐさま状態を維持できずに消滅した。
ズザザザザァ――と、大粒の雨が地面を叩く音が聞こえてくる――――次第に強くなる雨足があらゆる物音を消し去ってしまう。
「この程度でワシの異能を敗れると思ったか――笑止!」
それでも相変わらず炎魔の火は燃え盛っている。頭上に降りかかる雨粒がジュっと、炎魔自身の火に焼かれ一瞬にして蒸発する。
「…………」
それでも雷神は動じない――――痺れを切らした炎魔が飛び掛ってくる。
《火炎化》した炎魔が《転空》で激しく舞うほどに、雨粒が蒸発する――――近接格闘では雷神に成すすべなく、次々と生み出される分身は瞬く間にやられていく。
一体――二体、三体――四体。まるで実体のないサンドバックだ。
「――――!」
圧倒的に不利な状況……、にも関わらず雷神はまだ雨雲を後退させるわけにはかなかった。それどころか雷神はいっそう雨足を強く調整する。
「更に雨足を強くするか! ――強情なやつめ、無駄だというのがわからないのか!」
その時、雷神の背後からガバっと大きな水の塊が襲い掛かってくる。まるで意思を持っているかのようだった。
「――――!」
《氷菓》の操るアルコールだ。この雨の中では雨水に擬態し、快晴時よりもずっと活動しやすかった。何よりアルコールと雨水を見分けるのは不可能だ。
アルコールを被ったのは生憎の分身で、状態を維持できずに四散する――――雷神はここぞとばかりに雨雲を絶った。
「ようやく観念したか――――」
豪雨が止んで雲間から晴天が覗くと無意識のうちに炎魔の《火炎化》が解除されていた――視界が悪い――その時、炎魔ははじめて自分の置かれた状況に気づくことになる。
「あっ――――」
空気中には大量の水蒸気が漂っていた――――いわゆる霧の状態だ。
炎魔は雨中にも関わらず《火炎化》を維持したため高温多湿の環境を形成し、霧の発生を助長してしまったのだ。
「くっ――」
雨をはるかに凌ぐほど炎の維持が難しい湿った空間だ――これには炎魔も手放しで雷神を褒め称える気持ちだった。
「まさか――こんなことが!」
息を飲む間もなく雷神が襲い掛かってくる――炎魔は驚異的な動体視力でどうにか一撃目の突進を回避する。それでなくても霧に覆われ視界の悪い状況だ。旋回して再度突進してくる雷神にも対応するが、腕をかすり裂傷となって鮮血をほとばしらせる。
「がっ――――」
筋骨隆々の炎魔からしてみればたいした傷ではない――問題は視界にのみ頼る炎魔と比べ、雷神は《見えざる殺し屋》を使った索敵も可能なことだ。視界的にも、属性化の異能を封殺されていることからも、現状は圧倒的に炎魔が不利だ――炎魔は言う。
「――――あと五分だ」
あと五分で《見えざる殺し屋》のカウントダウンが終わる。しかし戦況は五分前の彼の想定とはかけ離れたものになっていた。
「――!」
幸運なことに――炎魔の見据える先には光の明滅が確認できる。雷神の手のひらから迸る三本の電撃だった――炎魔は避けるどころか、光の発する方へと向かって一目散に走り出した。
「――ガアアアアアァッ!」
二本の電撃を交わし、三本目の電撃を左手で遮ろうとして、もろにぶち当たる――左手が肩から吹き飛んでしまった。ところが、――炎魔はそんなことになどお構いなしだった。急接近した炎魔はまんまと右手で《電撃化》した雷神を掴んでいた。
「――――!」
「――もう離さんぞ!」
炎魔の眼光が鋭く光る――――右手で雷神を握り締めたまま何度も地面に叩きつける――――その挙句、雷神は思わぬ大ダメージに《電撃化》を解除してしまった。
雷神は実体化したまま地面に放り投げられた――炎魔は右手の剛腕に火を宿すとノックアウトした雷神に追撃を浴びせるため駆け寄り腕を振りかざす。
「《ファイアドライブ》ッ――――」
雷神は辛うじて転がり一撃を回避するが大地がひび割れて、炎が周辺に吹き荒れる。
「くっ――――(炎魔の左手は奪ったが、ダメージが不十分か)」
雷神は電撃を放つが、炎魔に交わされる。振り向き様に炎魔の口腔から何やら液体が吹き付けられた。
「がっ――」
それはアルコールだ。ここぞとばかりに、炎魔は《氷菓》の生成するアルコールを口に含んでいたのだった。
「かっかっか――油断したな!?」
「くそっ――」
霧は数分前に比べてずっと薄くなっている――炎魔の《火炎化》を食い止められるのも時間の問題だった。雷神は距離を離しつつ雷撃を放つが、アルコールを食らったせいでコントロールが定まらない。炎魔も素早く距離を詰めてくる――――長引く戦いに焦る気持ちはお互い様だった。
「――――!」
短い時間に立て続けに大技を連用したため――雷神の丹力は既に1割を切っている――既にいつ倒れてもおかしくない状態だ。
「――――(このままじゃ逃げ回るだけで俺の丹力が切れちまうっ)」
丹力の消耗に気づいたときには既に時遅く、雷神は疲弊しきっていた。
「観念せぃ――雷神!」
「――――!」
雷神はリアルな死を想像する。しかし、目に見えて消耗する自らの丹力を、ただ指を咥えて見ていたわけではない。雷神は、キープしてきた十番目の異能を使った――《アウトジェネレーション》だ。
「なにっ――――」
「くっく――なぜ四戦目に《炎熱千拾郎》を指名したか――貴様に説明してなかったなっ」
雷神は緑色に光る。そして怪しく笑った――――攻勢の炎魔は一転して、顔つきを曇らせる。雷神は続けて言う。
「それは貴様が――、七人衆と比べて消耗の激しい大技に特化してるからだ。だから最後にはなんとしても貴様を残したかった――俺も生来、氷菓と同じく――他人の異能属性に強く影響を受ける性質なんだよ」
「その光――回復能力か!?」
「残念!惜しいが違うなっ――――こいつは《アウトジェネレーション》――、つまり丹力吸収の異能だ!」
雷神は続けていう。
「へっへ、お前は俺を攻撃するたびに丹力の一部を俺に還元することになる――悪戯に俺を追い回せば余計に俺を強化することになるぜ?」
「…………!」
押し黙る炎魔もそのままに、雷神は続けていう。
「作戦勝ちってわけさ――てめぇは逃げて粘っても――俺を追い掛け回しても、いずれにせよ死の運命は変わらないってわけ、へっへっへ」
「卑怯者め――そんな異能をっ」
「さぁ、炎魔、観念しやがれ――もうまともに戦ったって埒があかねぇんだからさ!」
「――――!」
その頃、場外で風神愚島は思わず息を飲んでいた。
「――やはりか、雷神はもっと強力な異能を体得していた!?」
しかし、それならばと、――愚島が危惧するのは更に強力な異能への発展だった。
異能者の異能は戦闘経験を積むことで、偶発的に覚醒することがある――更なる十一番目の異能が炎魔との激闘を通じて生まれてもおかしくはなかった。
しかし、そんな絶望的な状況でも炎魔の目は輝きを失っていなかった――戦士として可能性がある限り戦い続けるのだ――雷神はそんな炎魔を煩わしく思いながらも応戦する。
雷神は空に跳躍し上空から電撃を放つ――全て交わされ、今度は炎魔が跳躍し片手でダブルスレッジハンマーを繰り出し雷神を叩き落す。
「ガハァッ――!?」
雷神は急降下するが素早く《電撃化》し体勢を立て直してから、実体化してさっと地面に降り立つ――――が、突然地面が瓦解する。
「――――!」
咄嗟の予想外の出来事に雷神は成すがままに落下する――――そこにあったのは大きな池だ。
「ガアアアアアアアアアアアアアァッ!」
雷神はボチャリと池に落下し――絶叫した。それはアルコールの池だ。《氷菓》の仕業だった――――氷菓は身動きのとれない氷のドームから地面に向かって凍結の異能を使った。
この際、地面の中の水分が土から分離し氷結して体積が膨張する――氷が地上を駆け回る炎の熱に解かされて体積が縮み液体化すると空間が生じ、ダブルスレッジハンマーで叩き落された雷神を支えきれずに穴が空いた。
《氷菓》はこの状況を想定して穴に高濃度のアルコールを流し込み罠を張ったのだ。アルコールに漬けられた雷神としてみればひとたまりもない。
上空からその光景を見下ろす炎魔は止めとばかりに必殺の異能を繰り出す。
「《フレイムデストロイ》!」
凶悪な火炎放射が放たれ雷神を焼き尽くす。
「ぎゃああああああああああああっ」
アルコールに浸って《電撃化》することも出来ない雷神に対して、更にアルコール自体も炎上し雷神に二重苦を与える――――回復する暇も与えないほどの地獄の業火だった。
「ぜぇ――ぜぇ――終わった…………」
雷神の死を確認した炎魔は嘆息し息をついた。全てが終わったのだ――――と。
「ギャアアアアアアアアア――――!」
ところが、甲高い悲鳴が響き渡って炎魔は絶句する――その声には聞き覚えがある。《氷菓》のものだ。
「ま――まさか!?」
ふと足下に視線を落すと、そこに雷神の姿はない――――雷神は死ななかった。危うく死に掛けた頃、急激にアルコールが蒸発し、水分量の比率が逆転したことが起死回生の転機になった。アルコールが消え完全な導体の水になると《電撃化》しアルコールを流し込んだ《氷菓》側の穴から侵入した。
最強の防壁だった《氷菓》の氷のドームはかえって自分の逃げ道を絶つ絶望の密室になっていた。――逃げることもできず雷神に焼き殺されてしまったのだ。
ズドン、と――術者の亡き後の氷のドームを突き破って出てきた雷神は、既に《バッテリー》で全回復している。
「あ……」
炎魔が呆気に取られて見つめていると、雷神はニッと笑った。
「今のは死ぬかと思ったぜ――――」
《バッテリー》の効果によって雷神の《タイムストップ》は封じられてしまった――しかし、それにしても雷神は今度は《獄焔焦》戦のように取り乱したりしない。
良い気分だった――生まれ変わったような気持ちだ――それは、死の危険に晒されたことによって、新たな力の覚醒を予感していたのだ。
「感謝するぜ炎魔――あんたがこんな舞台を用意してくれなかったら――もしくは、俺を何度も半殺しにしてくれなかったら、こんな良い気持ちにはなれなかったんだからなっ!」
雷神が両手を重ね合わせると、途端に炎の怪光線が放出された――それはかつて《流砂丸》が使っていた《フレイムデストロイ》の
「ぐあああっ!」
炎魔は炎に焼かれて逃げ惑う――熱線化した炎に対しては、炎の化身の炎魔といえどもダメージを受けるのだ。
「はっはっはっは――散々焼いてくれやがって――その礼をたっぷりしてやらないとなっ」
「――――!」
その光景を見て、風神愚島は目を見張った。額を伝う汗を拭いつつ思わずいう。
「ついに――怖れていたことが現実になってしまった――!」
それは紛うことなく、雷神の新たな異能の覚醒の瞬間だ――――そればかりか、雷神が宿した異能はこともあろうにコピー能力だったのだ。
《炎熱千拾郎》の持つ《焔映刀》や《流砂丸》の《ファイアデビル》のようにリスクや制約がどの程度影響しているかは不明だが――少なくとも《流砂丸》の《レイズフレイム》を容易く使っていることから鑑みるに難しいことではないらしい。
こうなると、雷神打倒は一刻の猶予も争う緊急事態だった――強力な異能者と戦うたびに日増しに強くなっていく雷神をこれ以上泳がしておくことはできない。
「こいつは――――やむをえん……――」
風神愚島は外野の対岸で腕を組み戦況を見守っている《三界神》をぎろりと睨みつけた。そして、仮設された鉄柵を乗り越えてフィールドに乱入する。
「「――――――!」」
誰しもが息を飲んだ瞬間だった。
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