【11】雷神 対 風月火鉢 鬼火 獄焔焦2
「気をつけろ《獄焔焦》――お前の能力はまだ悟られてないんだからな!」
「わかってるぜ――、一々うるせぇんだよっ」
遠くから、《絶焔》を張りながら《風月火鉢》が呼びかける。
「風月火鉢――危ないっ!」
「――――!」
その時、咄嗟に《鬼火》が警告すると《風月火鉢》は背後から迫り来る《電撃化》した雷神コピーに気づく。寸前のところで交わした彼だったが、こうなるともはや《獄焔焦》ばかりに戦闘を依存するわけにもいかなかった。
「くそっ――《ファイアマン》に気づかれたかっ――」
一度発火現象が発生した以上、《獄焔焦》は《絶焔》の領域内で戦うことを余儀なくされた。
もはや縦横無尽に駆け回る《電撃化》した雷神コピーを追い回すことは出来ない。――潮時を悟った《鬼火》は次の作戦に移る。
――ボゥッ!
突如、《獄焔焦》を中心とした周辺に炎の柱が伸び立つ。――雷神は絶句する。
「(炎――この大雨の渦中にか!?)」
それは《鬼火》の能力か――――否。鬼火の
単純に発火性の強い油が汗の成分の中でも高い比重を占めていた。このため、彼自身は非常に燃えやすく、また彼の振りまく汗そのものも高い発火性を持つ。多少の雨風に晒される中でも、消えない炎を維持できる。
《鬼火》はそれらの油を導火線のように利用して着火したに過ぎない。
次に――《風月火鉢》は高く聳え立った炎に対して異能を行使する――《ファイアオブジェクト》だ。
「(《灼熱君子》の《自己鍛錬》か――?)」
などと、一瞬。雷神の脳裏に過ぎったがその可能性を捨て去る、《自己鍛錬》は炎そのものに干渉する異能ではない。
《ファイアオブジェクト》は文字通り、炎を物質化させる。特に《ファイアコントロール》との相性は良く、火種さえあれば、自由自在にオブジェクトを生成できた。
このため《風月火鉢》は炎魔七人衆随一の芸術家としても名を馳せたのは、今は遠い昔の話だ。
《風月火鉢》と《鬼火》は雷神の視界内から逃れるように炎のオブジェクトの背後に隠れた。
オブジェクトはかなりの耐久性を秘めており――――雷神の雷撃にもある程度耐えることが出来た。
《風月火鉢》はオブジェクトの影を利用して雨風を凌ぎ、炎を育てると、複雑な造形を設けて空へと高く細く伸びるオブジェクトを形成する。それは塔だった――二人は最上階に登ると、間もなく下層から跳躍してやってきた《獄焔焦》とも合流した。
「ふぅ――また会ったな」と、《獄焔焦》。《風月火鉢》は続けて言う。
「雷神はやったか?」
「コピーは全部仕留めた――だが、本体は見えねぇ。地下から引きずり出すべきだったか?」
「いや――危険だ――またコピーを量産してくるかもしれん、この狭い空間内に一先ず固まって防御に集中するべきだろう、時に――」
《風月火鉢》は続けて言う。
「奴の能力の全貌が――まだ明らかにならない以上はな――」
すると、《鬼火》も続けて言う。
「我々の役目は単に雷神を仕留めるだけには留まらない。炎魔様がお立会いになる前に、奴の異能を全て詳らかにすることでもある」
「――わかってるぜ。だが雷神はもはや虫の息だ――それなら考える間を与えず攻勢に出たほうが勝負を着実に出来るだろ!」
――ドォオオォン!
突然、どこかで爆風が響く。小高い塔の《ファイアオブジェクト》が頼りなげにぐらりと揺れた。
「な……なんだ!今の爆風はっ!――落雷か!?」
「いや、拙者の仕掛けた《ヒットメイカー》が発動したのだ」と、《鬼火》がいう。
《鬼火》の
爆弾と言う性質上、突発的なダメージを期待できないことからサポート色が強い、その代わりに必要な丹力に比べて破壊力は強力無慈悲だ。
《鬼火》は《ファイアオブジェクト》の要塞内に複数の爆弾を仕掛けており、そのひとつが雷神の丹力を検知し爆発した――爆弾は単に攻撃目的だけでなく、索敵の意図も持つ。
「ぶっ飛ばしに行こうぜ」
「待て――威力は十分すぎるほどだ――、一発食らえばもはや虫の息であろう」
《鬼火》の爆弾の威力は二人の異能者も承知だ。これには炎魔さえも舌を巻くほどだった。
《ファイアオブジェクト》と《ヒットメイカー》の相性は抜群。それこそ複雑な構造空間の中での爆弾は大いに力を発揮した。
「生身で食らえば、雷神は再び――回復の異能を使う」
「回復?」
「分身は青い光を纏っていた。貴様は目先のコピーを仕留めることで手一杯だったろうが、我々はその瞬間を目撃している」
「なぜ回復だと?」
「異能はその場の何者にも効力を及ぼさなかった――消去法的に雷神は地下に潜伏した本体の回復に急いだ」
「しかしよくあるタイプの回復能力にしてはインターバルが短かったぞ?」と、《風月火鉢》。
《鬼火》は続けていう。
「そうだ――恐らくは異能の性質――超速回復に伴う制約があるのだ」
「俺の《ファイアマン》と一緒ってわけだ――そんなら回復させるたびに俺達は有利になるってことか?」
「……人というのは肉体の損壊には敏感になるもの――特に姿かたちのない丹力の消耗はおざなりにしがちだ――」
続けて、《鬼火》は言う。
「単純に無理をして雷神本体の打倒を目指すよりも、こうして追い詰めていくやり方も存外、使えるということだ」
その異能の特性と似て《鬼火》という男は慎重にして狡猾だ。自ら危険を冒して雷神打倒を目指す無鉄砲な《獄焔焦》とは対照的な考え方だった。
「面白いぜ《鬼火》――だが雷神には《流砂丸》の時に使った《タイムストップ》もあるんだぞ?」
「むぅ――」
「《灼熱君子》様と違って――俺達には雷神の無差別能力に対抗する術を持たない、強いて言えば火鉢の《絶焔》くらいか」
《獄焔焦》は続けて言う。
「追い詰められた鼠は――猫にも牙をむくんだぜ――――雷神の場合なら鼠とはいかないだろうな」
その時、《風月火鉢》は空を見上げて言う。
「待て――おい見ろ――空が……」
彼の言うように空を見上げた二人は絶句する。薄張りになった《ファイアオブジェクト》の天井板から覗く空の雲が晴れ、雲間から光さえも覗かせる。三人は雷神の分身の異能と雨雲が密接に関係していることを既に悟っていた。誰かがぼそりとこぼす。
「雷神は――分身を諦めたな……」
その頃、――案の定、雷神は《鬼火》の思惑通り爆弾によるダメージを受けていた。が、――ひとつ《鬼火》の予測が外れたのは致命に至る大ダメージではない。《雷撃化》していたためだ。雷神はすぐさま丹力で回復するが、これ以上狭い空間を掻い潜って三人を探すのは無謀と判断。――《ライトニング》で分身を作って広く展開するべきか考えたがそれも断念――分身は雷神そのものであり、異能を全て行使できたが、同時にダメージを受けたときにも半端でな丹力を消耗する。
また三人の居場所も何となく判断できた、分身を使うまでもない――――ところが問題は《絶焔》にあった。
例えば術者本人を中心として《絶焔》を使われたら、術も術者も止める方法がない。――雷神は《絶焔》の範囲内では異能を使うことが出来ないと言っても過言ではないのだから。
「…………!」
その時、ひとつのアイディアが雷神の脳裏を過ぎった。
――ドオォオオン!
《プラズマ》によって、広範囲攻撃を仕掛ける。誘発して《ファイアオブジェクト》内に仕掛けられた爆弾も爆発する。《鬼火》も予想しない使い方だった。当然、《風月火鉢》たち本人は《絶焔》領域内に居て安全だったが――狙ったのは足下だ。
「うわっ――!」
一階層部分が破壊され、歪に突き出した主塔部も巻き込まれて倒壊する。こうなると《風月火鉢》は《絶焔》を維持するどころか倒壊に巻き込まれて地面に落下する。
辛うじて《獄焔焦》に抱きかかえられ無事に地面に着地するものの、そこに待ち伏せていた雷神が《電撃化》して突進してくる――あえて高い位置に安置を作ったことが災いしたのだ。
「――――!」
咄嗟に、危機感を持った《獄焔焦》は二人を遠くに投げ飛ばした。――本人も跳躍するが、体が硬直してしまう。
「なっ――!?」
雷神がダメ押しで《タイムストップ》を使ったのだ。強力な電力を与えて時間軸に干渉する。大きく丹力を消耗するがこの際は仕方がない。
「くっ――余計な真似を――!」
ところが、《タイムストップ》は持続時間が10秒足らずだ。最後の《獄焔焦》の悪あがきで三人バラけたことが計算外だった。
「――!」
十秒では三人全員を仕留めることは難しい。――雷神は思案する。
時間が再度動き出した。
――、一斉に三人が動き出す。《風月火鉢》が辺りを見回すが雷神の姿が見えない。
「ぐぅっ――」
その時、《風月火鉢》の顔に生暖かい鮮血が降りかかる、目の前で《鬼火》の首が宙に浮く。
「む――無念……」
首だけになった《鬼火》は、それだけ言うと物言わぬ屍と化した。
「くっそうっ――鬼火がやられた、やろうっ――どこへ行きやがった!」
《獄焔焦》は仲間が殺されて激昂する、そんな様子に危機感を覚える《風月火鉢》が言う。
「落ち着け《獄焔焦》――怒っては雷神の思う壺だ!」
「落ち着いてられるかよ――次の瞬間俺達も鬼火の二の舞になってるかもしれねぇんだぜ!」
「雷神が――なぜ鬼火を殺したか考えてみろ。そして、なぜ俺達を殺さなかったのかもな――」
「なんだと?」
戸惑う《獄焔焦》に向かって《風月火鉢》はいう。
「鬼火は《火種》を使うからだ――鬼火を失った以上は、俺は無力、お前も力を最大限発揮できまい」
「なるほどな。しかし《絶焔》は健在な上、俺は単体でも動けるぜ――かえって鬼火は一番可能性が低いんじゃ……」
「ぐっはっ――」
「――!」
背後から半身を溶かした雷神が現れる。
「黒装束め――最後にこんな罠を仕掛けてやがった――っ」
「あれは――!」
「《火毒》だ――鬼火の血液に触れた耐性を持たぬものを溶かす恐ろしい猛毒さ――」
三人の中で一人を狙ったわけではない。雷神は全員を仕留めるつもりで最寄りの《鬼火》から手に掛けたのだ。ところがそれが仇となった。猛毒の体に突進した雷神はそのままダメージを受け《タイムストップ》を解除せざるを得なかった。
《バッテリー》の連用によって、《ファイルビーム》に制約のかかる雷神は土壇場でも窮地が続く。――雷神は逡巡する。
「(《バッテリー》を使うしかない――だが、
雷神が思案している最中、ドンと地を蹴り《獄焔焦》が突進を仕掛けてくる。――ぶわっと全身から火を噴出した。そこに《風月火鉢》が両手をかざすと、《獄焔焦》の纏った炎が消える。《絶焔》は雷神を中心とした大きな円形の結界を構築している。
「今更……そんな異能が通用すると思うかぁっ!」
突如、雷神が素の体のまま背後に大きく跳躍した、そのまま《電撃化》すると空高くに飛び上がる。
「しまった――」
もはや《絶焔》のタネを知られた以上、二度三度同じ手口が通用するわけがない。
そのくせ《鬼火》が居なくては炎を作ることが出来ず、《ファイアオブジェクト》も行使できない。雷神は躊躇を振り払い《バッテリー》の異能で肉体を完全再生する。そこに空高く跳躍して《獄焔焦》が差し迫ってくる。
奇しくも――《バッテリー》による肉体蘇生の素早さが幸いして攻撃を交わしつつも《獄焔焦》に反撃を与える。
「ぐがぁっ――」
《バッテリー》の効力により、汎用性の高い《電撃化》の異能にロックが掛かる――――雷神は実体化し中空に投げ出された――――雷神が最も恐れていた事態だ。
「――――!」
その時、二人にとっての最大の不幸は雷神の中で、セーフティのひとつ吹っ切れてしまったことだ――――雷神はすぐさま《プラズマ》を発動する。
――ズダァアアアン――バリリバリッ!
一瞬にして、広範囲の大破壊が発動する。――――それこそまるで、雷神は今まで手を抜いて戦っていたかの如く――――《風月火鉢》は一瞬にして消し炭になってしまった。
「ひばああああぁぁっっちっっ――――!!!!」
《獄焔焦》の絶叫が響く――彼も無傷では済まない《ファイアマン》の肉体強化によって辛うじて生き延びた。
「おのれ雷神――覚悟っ――!」
「――――!」
雷神とて、この大技を放った直後には隙が出来る。《獄焔焦》の激昂を伴う決死の特攻は雷神にヒットする。こうなれば、再び《バッテリー》か――はたまた一撃で雷神を絶命させたか――、土くれが舞うフィールドに緊張が張り詰める。――炎魔は息を飲んだ。
砂煙が晴れると、そこには《雷神》が立っていた、それもほぼ無傷――――直前に張った《電気鍍金》が完全に《獄焔焦》の攻撃から身を守っていたのだ。それでも《獄焔焦》は構わない――仲間の仇を取るため、火達磨になってまでも――視界内に捉えた雷神に向かって突進する。
「今のは――痛かったぜ――」
雷神は笑った、口元の血を拭い《獄焔焦》と対峙する。
《獄焔焦》の《転空》は炎魔直伝の近接格闘術だった。そして炎魔の七人の弟子の中で《獄焔焦》だけが完全体得した奥義だ。
《電撃化》を喪失した雷神は、格闘戦をもって《獄焔焦》を迎え撃つ。無論、近接格闘戦では雷神の勝算は低い。それどころか軽快な打撃技の前に良い様に蹂躙されると《電気鍍金》越しにさえ《転空》の強力な打撃技が筋肉を、そして内臓をも蝕む。見る見る間に雷神は大ダメージを受けていた。
それこそ竜神の《ダイナマイトブレスドライブ》にさえ匹敵するダメージを、雷神は負っていたのだ。
「ぐふぅっ――まずい、……こいつにここまで能力があったとはっ――――」
無論、雷神も応戦する――《電気鍍金》を用いた近接格闘では分が悪いと見たか、電撃を放つ――しかし、今の《ファイアマン》と《転空》による肉体強化を得た《獄焔焦》には、光速の電撃でさえも、雷神自身の予備動作から先読みし回避可能だった――近接戦において単調な電撃攻撃はあまりにも無力だった。
「(やむを得ん――かくなるうえは……)」
しかしその時、《獄焔焦》は既に身を内側から噴出す火に焼き焦がされ瀕死の状態だった。彼には短期決戦以外に勝利への道筋は存在しない。
既にぼろきれのようになった雷神に向かって、《獄焔焦》は最後のラッシュを試みる――ところがその時、雷神は九番目の異能を使っていた――《マントラ》だ。
《マントラ》は自身の脳内のある箇所に電気信号を送り込むことで、一瞬先の未来を予知できるという能力だった。近未来予知能力によって、足りない身のこなしを完全に補完できた雷神は、《獄焔焦》のラッシュの回避に努める――――そして、《獄焔焦》は倒れた。
自らの放熱した火に焼かれて、命までもが奪われた。過度の異能の使い過ぎが招いた――――顛末だったのだ。
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