【10】雷神 対 風月火鉢 鬼火 獄焔焦1
その頃、炎魔と《炎熱千拾郎》たちは次の対戦相手を決める会議で苦悩していた。
横暴な意見を押し通す炎魔に、痺れを切らした千拾郎が非難を浴びせる。
「炎魔様!三人同時に戦わせるつもりですか!?」
対戦表には炎魔七人衆の三名の名前が記されていた、もはや炎魔には考え直す気など毛頭ない。
「元々禁止するルールはないのだ……それに、三人には《電撃化》した雷神を止める術を持たない」
「そんな無茶な……だからと言って、見殺しにするつもりですか?」
「見殺しではない。これは作戦なのだ」
闘技エリアには、早くも雷神と三名の異能者が佇んでいた。
それぞれ《風月火鉢》《鬼火》《獄焔焦》だ。雷神はいう。
「ほう、今度は三人か――俺としては手間が省けて願ってもないことだが……」
雷神がちらりと三名を一瞥すると、皆一様に覇気ある目で雷神をにらみ返してくる。一人がいう。
「雷神悪く思うな――我ら三人と当たったが運の尽きだ」
「ふっふ――精精楽しませてもらおう」
そうして、ついに三回戦の火蓋が切って落されたのである。
先制攻撃は三人の異能者の方だ。
《鬼火》による小さな発火が、《風月火鉢》のコントロールによって巨大な竜に生まれ変わる。
「…………!」
おそらく、《風月火鉢》が風属性を持った異能者なのだろう。《鬼火》の生み出した火ダネを何倍にも巨大化するのだ。それに対して《獄焔焦》は他の二人の異能者と連携を取るそぶりは無い。遠くから雷神の動向を窺っている。
「…………」
雷神はおおよそ《獄焔焦》の能力を推測する。
「(奴はおそらく……近距離格闘に特化した異能者、他の二人と比べ肉体がごつく逞しいのが証拠だ……しかし俺の能力と対比してここまで相性の悪い異能があるか?)」
雷神は思った。――近接戦に特化した異能者は、《電撃化》した雷神には攻撃することは愚か、近づくことさえ不可能だろう。
すると、突然炎魔が三人まとめてぶつけてきたことの真意を悟ることになる。
「(ははぁ……そういうことか、こいつらは単体ではろくに太刀打ちできないと気づいてか、まとめてぶつけてきたんだな)」
雷神は続けて考察を深める――例えば、二回戦の《灼熱君子》などは特異なケースで、肉体の属性化が可能な能力者などはほとんど存在しない。そもそも光速の雷撃は肉眼で追いきれない以上、肉体の属性化がなければ雷神の攻撃を完全に回避することなどは不可能に等しい。
「それならば――勝負は早くて済みそうだ」
雷神は、鈍足に突撃してくる炎の竜を軽くかわすと、背後から回り込んで再度突っ込んでくる竜を電撃でもって相殺する。
「面倒だぜ」雷神は《電撃化》した。
「一瞬で――ケリつけてやるっ!」
雷神は《プラズマ》をチャージする。――高威力の範囲攻撃で全てを焼き尽くすつもりなのだ。
「あ……あぶないっ――」
野次馬の誰かが思わず叫ぶ――――《プラズマ》の装填が完了し、一気にエネルギーが放出される――ところが、雷神の意に反し能力は発動しない。そればかりか、宙に佇む自分の《電撃化》まで解除されている――不思議なのは、自分の周囲を取り巻く暑苦しい炎さえもが消えていたことだ。
「まさか――」
遠くを見通すと、遠距離系能力者の《風月火鉢》が火の竜の操作を諦めて、雷神に向けて両手を突きつけている――それはまるで、異能を既に行使しているようだ。
「貴様――異能消しの異能者か!?」
「ふっふ――手身近に言うと、まあそういうことだな……」
美形で長髪の
その半面、目に見えてエネルギーを放出しない《タイムストップ》や《流砂丸》の左目などには反映されない、複雑で限定的な制約があった。
「…………」
が、――《風月火鉢》は狡猾な男――今までの異能者のように自分の異能を話して聞かせるようなことはしない――――《風月火鉢》と雷神の会話に割り込んでくる招かねざる客が居た。
「…………!」
背後の炎の壁の中から、《獄焔焦》が飛び掛ってくる。
「くっ――」
炎は時に死角を作る障壁にもなる。《獄焔焦》は全身に炎を纏わせながら、空中で方向転換を図る。――それも彼の異能だった。
「――――!」
《獄焔焦》は強靭な腕力で雷神を叩きつける、それは異能の力に頼らぬ、彼自身の肉体が成せる力だ。雷神は《電気鍍金》を張ることも出来ずに、久しぶりに高威力の攻撃を生身に受けることになる、予想外の大ダメージだった。
「ぐはぁっ――」
実は――それは雷神にとって唯一無二と言っても良い弱点だった。――雷神は《風月火鉢》のように華奢な体格をしている。
それは《電撃化》や《電気鍍金》などの肉体強化系の異能を潤沢に取り揃えているためだ。
雷神や《獄焔焦》などの純粋なパワータイプとの立会いは致命傷を招きかねなかった。――雷神は自ら数本のアバラ骨が折れたことを認識する。
「ぐふっ――」
《獄焔焦》と《風月火鉢》の連携は緻密に設計されたものだろう――――《獄焔焦》は《絶焔》による高エネルギー無効化空間の中で縦横無尽に飛び回る。
「あのロンゲの異能は――体術者と異能者を戦わせる上で、理想の空間を作り出せるという事か……っ!」
今更ながらに嘆息する雷神は、すぐさま領域からの離脱と怪我の治癒を迫られる――このまま戦い続ければ命取りになりかねない。しかし――雷神の異能は奇しくもほとんどが雷属性のエネルギーを駆使するタイプの異能だった。――――雷神は床に向けて高電力を爆発させる。
「…………む!」
上空で体勢を整えながら、追撃に備えていた《獄焔焦》は、突如領域内に砂煙が舞うことに驚いた。
雷神は敵の能力範囲外であろう、地面に向かって異能を放った。それは土煙を巻き上げて障壁に使う意味もあれば、土中に潜る意図もあった。
「ぜぇぜぇ――」
雷神は土中で比較的浅い箇所で《電気鍍金》を張り、深い場所まで潜り一息つく。
「危ないところだ――ロンゲの異能が隙間なく張り巡らされていたら、俺は死に体で剛腕から逃げ回るところだった」
雷神が土中に消えている間、《風月火鉢》に向かって《獄焔焦》が言う。
「馬鹿野郎火鉢! ――拘束が半端なもんだから、逃げられちまったじゃねぇか!」
すると《風月火鉢》も負けずに反論する。
「黙れ脳筋――あの急場に《絶焔》を張れただけでも神業と思え」
《絶焔》の欠点は、その膨大な丹力の消耗に加え、微調整の利かないところだ。
結界の領域は術者である本人でさえも把握しきれないところがある。また、《絶焔》中は両手を使い神経を集中する必要があるため完全に無防備になる。
《獄焔焦》は続けて言う。
「済んだことはしかたねぇ――とにかく奴は手負いだ、回復の異能がなければ、次が止めの一撃ってわけさ」
「まてっ……」
その
「くそっ――雨だ……この大事なときに……」
「おい……こいつぁ、竜神のときにも使ったとかいう雷神の異能じゃねぇのか?」
と、《獄焔焦》がいう。――すかさず《風月火鉢》もいった。
「分身だ――――気をつけろみんな!」
ところが、
「うっほほぉっ――雨だ! 恵みの雨だ!」
ズドドォン――――ズドォンッ――――!
突然、雷鳴が轟く。雷神は土中から姿を見せないが、雷に打たれた箇所には雷神の分身が佇んでいる。
「雷神――か?」
「よう、また遭ったな」
突然姿を現した雷神がいう。《風月火鉢》が問う。
「雷神――貴様、卑怯だぞ。姿を現せ」
すると、雷神コピーは両手のひらを自分の胸に向けた。
「こいつは作り物じゃない――全てが本物であり、全てが俺なのさ」
「くだらねぇごたくはいい……とっととやり合おうぜ」
「まて《獄焔焦》! ――早まるな!」
意気揚々として、次々生み出される雷神コピーに立ち向かう《獄焔焦》、それを止める《風月火鉢》。無言で見守る《鬼火》。
その時、雷神の本体は土中で、様子を窺っていた。
「ぜぇ、ぜぇ……馬鹿め……人の話を聞いてなかったのかあの剛腕――まあいい」
雷神は続けて言う。
「リカバリーさえ出来たあかつきには――幾らでも、うんざりするほど面拝ませてやるぜ」
雷神コピーたちと《獄焔焦》との戦いが始まった。――他の二人は諦めたように距離を取り、戦況を見守っている。コピーたちは例の如く《雷撃化》し飛び回る。嵐の渦中は雷神にとって最高の環境だ。
不純物を含む水を伝導体にして、雷撃状態の雷神はフットワークが軽い。対する《獄焔焦》は逃げ回るだけでも精一杯だった。
「…………」
その隙を狙い、コピーの一体が後退する。
「む……あれは?」
意味ありげな行動に思わず《鬼火》が目を丸くする。
一体の雷神コピーはそのまま両手を合わせて佇む、すると青い光が灯る。
「大地から気力を吸い上げてるのか?」
「まずい――止めないと……」
「いや……あれはそうじゃない」
それは《バッテリー》という雷神の異能のひとつだった。
超速度で肉体を再生させる代わりに、異能にランダムで制限が掛かるというものだ。
――それならかえって丹力を大きく消耗させるほうが良い。特に《ライトニング》の分身は敵のヘイトを分散できるため容易に隙を作り出せる。迅速な対処に意味は薄い。
雷神にとってはこの回復の異能は単純に使い勝手の悪い没異能だった。
「くそっ……《ファイルビーム》に制約がかかったぞ」
雷神は歯噛みする。
彼は調子を確認するよう手のひらを握ったり開いたりしてみる。力をこめても《ファイルビーム》のエネルギーは感じられない。異能に対して完全にロックがかかった証拠だ。
「これであのロンゲや黒装束にビームを当てて連携を破綻させる寸法が台無しだ――俺のたかだかアバラ数本のためにな……っ」
《ファイルビーム》を使って《絶焔》や《種火》を封印できれば戦いはずっと楽になるはずだった。
「まあいい、先に剛腕を潰せば、連携もクソもあるか」
ところが――――その頃、地上のコピーは《獄焔焦》に苦戦していた。
「なんだと――このっ!」
雷撃が通用しない――いや、僅かにダメージを与えているのだが、雷神の電撃をもってしても焼き殺すには至らないのだ。
「こいつ――既に肉体強化系の異能を張ってるな!」
そう、雷神が悟った頃には、既に二体ほどのコピーが致命傷を受け消滅している。
雷神とて無尽蔵に丹力があるわけではない、むしろ雷神の丹力はこの世の大多数の異能者と比較して少ないほどだった。
雷神は続けざまに考察する。
「(――しかしなぜ――――なぜ、ここまで性能の高い異能を剛腕は隠し持ってたっ――!)」
それは竜神の異能さえも上回る、強力防御の肉体強化系異能だ。《獄焔焦》は叫ぶ。
「ぐはは――っ!雷神が気持ちいいほど狩れるぜ!」
不屈の戦士バーサーカーのようになった《獄焔焦》は、もはや雷神コピーを狩りの対象として見ているようだ。
逃げることは愚か、自分から向かっていき、雷撃さえものともしない。まさに無敵だった。
何より、《獄焔焦》は《雷撃化》した雷神相手にも物理ダメージを与えられる。これは明らかに異常でありオーバースペックだ。幾ら肉体強化寄りの異能者だったとしても、《獄焔焦》は消耗するそぶりも感じさせず、むしろ雷神一人を倒すごとに勢いを徐々に増している。
その時、土中の雷神はふと思った。
「なにか――制約があるに違いない――俺の《バッテリー》が大きな制約を被るようにな」
しかし、雷神には敵の異能の正体が分からない――《獄焔焦》の無敵状態が続くと思われた――が、突然その均衡に大きな歪が生じる。
「あっ――」
突如、《獄焔焦》の体表から炎が噴出した。いや、発火したのだ。《獄焔焦》の肉体そのものが。
「くそぅっ――冷却が持たねぇっ――!」
「――……限界だな」
圧倒的な戦況を高みから見物していた《風月火鉢》が動く。
両手を突き出し、射程に火を噴く《獄焔焦》を捉えた。そのまま、
「ぐああああっ」
火達磨になって苦しげに悶える《獄焔焦》を纏う炎がぼっと消え去った。《獄焔焦》はむくりと立ち上がり、再び雷神コピーへと立ち向かう。
その光景を目にして、――雷神はようやくひとつの事実を悟ることになる。
「(そうか――――奴の能力は――――いや、奴は特性として過負荷による発火現象の制約を内包してるんだ)」
続けて、雷神は考察する。
「(だからこそ、奴は雨を喜んだ――何のことはない、このフィールドを主戦場にする異能者は俺だけに限らなかったってことか――っ!)」
《獄焔焦》の異能、《ファイアマン》は圧倒的な肉体強化の恩恵を受ける代わりに、その身には過負荷による発火現象に見舞われる。
その制約を少なからず解消してくれるのは――雨――すなわち雨水によって冷却されることで、制約を長時間に渡って被ることを防いでいたのだ。
「(すると――このまま嵐を発生させて分身をキープすることは利が薄い――)」
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