【12】雷神 対 炎熱千拾郎1

「――ふっ……ふっ……」

 雷神は、口呼吸さえもままならないほどに疲弊しきっていた。その身には既に重度のダメージを負っていた。すぐさま雷神は会場に居る炎魔に向かって呼びつける。

「炎魔っ――勝負は決した。俺の体の回復をしてもらおうかっ」

「なっ――なんだと!?」と、《炎熱千拾郎》が驚きふためく。彼は続けて言う。

「馬鹿を言えっ――誰が貴様の回復なぞっ」

 すると、雷神はどっと胡坐をかいてその場に座り込み、言う。

「俺は戦いを凌ぎきった、俺の体を癒さないというのなら、俺はこの場から今後一切動く気はないからな……」

「――構わん、治療技師を回そう」

「炎魔様――!」

「戦いは終わったのだ――雷神とて平等に回復を受ける権利はある」そういって、炎魔は意地悪く笑った。

「え――炎魔様……?」

「すぐに次の対戦相手を選出しよう――そうだ、あとは我々だけなんだからな」

 既に炎魔七人衆のうち五名は敗れている。残りは《炎熱千拾郎》と《氷菓》――そして、《炎魔相良剛毅》本人だけだった。

 その時、回復治療中の雷神は炎魔に向かって再三言いつける。

「――ああ、それから炎魔――次の対戦相手だが《炎熱千拾郎》を必ず加えろ」

「なんだと?」

「さもなくば、俺はこの戦いの申し出を降りさせてもらう」


「(――ら……雷神め――ここに来て姑息なまねをっ)」

 その時、雷神の肉体は警笛を鳴らしていた。このまま敵の思い通りになることは危険と判断する。《三界神》はルールを無視した雷神の進言に心底呆然としていたが、雷神本人が試合を降りれば五人もの異能者が犠牲になった闘技試合が全てが無駄になってしまう。炎魔はこの進言を許諾することを余儀なくされたのだ。

「炎魔様。この挑戦、受けて立ちましょう」

「な……何を言う千拾郎!」

「元々私は奴の傍若無人な振る舞いに腹が立っていました……もはや我慢の限界」

「むぅ……」

 当事者がいうのだから仕方がない、炎魔が口出しするだけ無駄だった。その代わり、炎魔は憎憎しげに雷神に向かっていう。

「――雷神貴様、今回のことも含めてただで済むと思うなよ」

「ふっはは。今更何をいう炎魔……泣き言とは死ぬ間際に聞いてやるぜ」




 雷神は控え室にて全回復した体の調子を窺っていた。

「…………《電撃化》だけは何とか回復したが」

 雷神はほっと息をついた。

 何の問題もなかった。ただし《バッテリー》を多用したことにより相変わらず《ファイルビーム》には制限が掛かっている。対照的に《電撃化》の制約は解除された。このように《バッテリー》が異能にかける制限がどの程度継続するかは予想できない。

「肉体は完全に回復している――さすが都の尖端治療技術――異能より優れてる」




 間もなく四回戦が始まる。出てきたのは《炎熱千拾郎》一人だった。

「まさか……貴様一人で出てくるとはな」

「不満か?」

「よほどの自身があると見える……無様な死に様を晒さなければよいがな」

 《炎熱千拾郎》は不敵に笑っていた。雷神は彼の身なりを一瞥する。


 《炎熱千拾郎》は腰に刀剣を帯刀していた。

 また真っ赤な装飾と漆塗りの施された大仰な鎧も着込む、戦武者の格好だ。


 炎魔七人衆の中では珍しく、道具を媒介にして能力を使うタイプの異能者だった。

 雷神はそれを見て茶化すようにいってのけた。

「道具を使うのは炎魔七人衆の名に恥じる行為ではないのか?」

「笑止。純粋なる力を探求する我らにとって、綺麗ごとじみた騎士道精神など存在せんのだ」

 千拾郎が抜刀すると、剣先から峰にかけて真っ赤な炎が灯った。千拾郎は言う。

「この刀もただの刀ではない――――代々我が一族の異能の影響を受けて性質を変化させてきたのだ」

 一般的に異能の影響を長年に渡って受け続けた物体は異能の力が宿るとされている。

 異能の歴史は人の世ほど長くないためあくまで一説に過ぎないが、千拾郎の持つ武器だけに限らず、鏡やかんざし、果ては何でもない石ころでさえも影響を及ぼす。

 このような物体は《介在器》と呼ばれ、異能の力を高めるためや用途を知る者に異能の力を与えるために存在する。


 千拾郎が刀を高く掲げる構えを取ると、炎の色が青色に変わった。

 すると、千拾郎を中心として周囲に突風が群がる――――雷神は思わず言う。

「貴様――風属性の異能者か!?」

 一般的にひとりの異能者が複数の属性を宿すことはない。これは絶対的な異能のルールだった。ただし、それは異能の人にだけ当てはまる。《介在器》はその枠にとらわれない。

「俺の先祖が代々炎属性の異能者とは限らないだろう? ――これは四代前の当主が遺した異能だ」

「そういうことか――その刀、使い手の異能をコピーし宿すのだな?」

「名は《焔映刀》という――この刀の力を引き出すことこそ我が一族に伝わりし秘伝なのだ」

 そうして、千拾郎が刀で切り払うと、炎をたっぷりと含んだ灼熱の突風が雷神に向かって吹きつける。

「なるほど――奪えば使えるという容易い代物でもないということか――!」

 《焔映刀》は異能をコピーするがその制約は厳しい、例えば10年という歳月肌身離さず帯刀しなくては異能を宿すことはできないのだ。そのため千住郎一族以外の第三者の異能を宿すことは原則難しいことになる。ただし一度宿した異能は原寸大で永久に使い続けることができる。

 《焔映刀》には七世代もの当主の異能が宿っている。それは千拾郎なら無償で行使できることにも等しかった。


 ただし――どんなに強力な《介在器》にも弱点が存在する。装備者の手元を離れたとき無力になるのだ。

 雷神は千拾郎よりも《焔映刀》の方が危険と判断し、《雷撃化》し千拾郎の手元を狙って突進攻撃を仕掛ける。――が、雷神は思わぬ返り討ちにあうことになる。まるで雷神の試みを読み取ったが如く、構えを代えて刀に宿った炎が不気味に紫色に変色する――――。

「《ツバメ返し》――!」

 迫り来る《雷撃化》した雷神を、千拾郎が恐るべき瞬発力でもって《焔映刀》で両断した。

「ぐあっ――!」

 雷神は実体化し鮮血が迸った――、千拾郎がするりと身を翻すと、背後で体勢を崩した雷神が草むらを滑走する。

「一撃必殺か――ならばそれに越したことはないが」などといいながら、千拾郎は《焔映刀》を納刀する。

 《ツバメ返し》は二代前、風の異能者の遺した異能で、実体を持たない自然現象や属性化した異能者本体も両断できる究極の剣術だった。

 ただし弱点もある、《ツバメ返し》の名称どおり狙い澄ましたカウンター技以外には用いることは出来ないのだ。

 雷神は起き上がり様に怪しく赤く明滅する千拾郎の瞳を睨みつけて言う。

「貴様――目にも異能を仕込んでいるな?」

「こいつは、《流砂丸》も会得していた《フレイムアイズ》だ――俺の場合両目だから、性能的には一枚上手という事になる」

 千拾郎は光速で駆け回る雷神を動体視力で補う。千拾郎は言う。

「俺を刀に頼る異能者と思って見くびるなよ。俺自身が炎魔七人衆の中で最も多く炎魔様の技を習得しているのだからな」

 千拾郎は《焔映刀》に頼らずとも強かった。体術では《獄焔焦》に匹敵し、放出系では《流砂丸》にも匹敵する。その実力に連なる形で《焔映刀》のアドバンテージを持つ。言うなれば《焔映刀》を帯刀している千拾郎は鬼に金棒なのだ。


「なんなら体術で勝負してやろうか?」

 千拾郎は挑発的にいってのける――雷神は微動だにせずに逡巡する。

「(まさかな――こいつは本気で言ってるわけじゃあるまい、幾ら俺の丹力が落ち込んでるとは言え《タイムストップ》で瞬殺された《鬼火》のことを覚えていないわけが)」

 雷神は続けて考察する。

「(だが――三回戦が長期化したことは俺にとっては過失だ。本当はもっと早くに決着するはずだった――今回もそう。本丸は炎魔だと鷹を括って異能を出し渋ると足下を掬われるぞ――!)」


 外野では炎魔と都の遣いが話し合っている。

「せ……千拾郎様は大丈夫なんでしょうか?」

「案ずるな――あれも戦略だ――かえって納刀中の方が安定する」

「な……なんと?」

「しかし――本気になった雷神には手も足も出ないのは事実――それを千拾郎がどの程度認識しているのかはわからん」

 炎魔の言うとおり、実は納刀中にのみ発揮される異能がこうしている間にもフィールド上の全域に展開されていた。


 その異能の名は《グランドミラー》。

 未来予知と広範囲索敵を同時に行う《焔映刀》に宿る強力な異能のひとつだった。ところが納刀中にしか展開できないという厄介な制約がある。千拾郎は納刀した《焔映刀》の鞘を左手で握ったまま右手で刀の柄を握った、雷神に出会い頭にもう一度抜刀切りをお見舞いするためだ。

 が――――、千拾郎は異能によって一瞬早くに危機を感じ取ると、《グランドミラー》の異能でフィールドの端へと瞬間移動した。そう、瞬間移動したのだ。

 すると、後手の雷神は《タイムストップ》を発動させた――――広範囲に伝わる微弱な電流により時間の歪みが生じる。

 雷神本人を中心とした半径一キロ圏内のあらゆる動きが止まった。ところが、範囲内に千拾郎は捉え切れていない。――しかし千拾郎も無事では済まなかった。

「――――!」

 完全な時間停止に巻き込まれることはなかったが、体が鈍足で動く奇妙な感覚に足を取られる――そのくせ、思考だけは妙に研ぎ澄まされているから不思議だ。もろに時間停止領域に巻き込まれることはなかったが、異能の効果範囲の境界線状に彼はいた。雷神は距離を詰めると、千拾郎に向かって右手のひらから5本の雷撃を繰り出す。あえて近づかなかったのは確実に仕留めるため、そしてまだ見ぬ異能による返り討ちを防止するためだ。

 これには千拾郎もひとたまりもない、と思いきや――《ツバメ返し》で雷撃の二本を両断すると、打ち消した。

 そもそも《ツバメ返し》は鈍足化の影響を受けても余りあるほどの高速だったのだ。

 そして再び瞬間移動を使って遠くへ高飛びする。瞬間移動は何も一度や二度きりの奥の手ではなかった。

「(くそ――何らかの移動能力も持ってるな――)」

 二度、目のあたりにして雷神は歯噛みする。そう何度も高飛びされては目では追いきれなかった。雷神に唯一弱点があるとすれば索敵能力が素の目によるものだけということだ。やむを得ず雷神は《タイムストップ》を解いて索敵に専念する。すると、頭上から千拾郎が飛び掛ってきた。

「――――!」

 不意に雷神は《電撃化》を解いて《電気鍍金》で体を覆う。《電撃化》ではもはや絶対防御は成立しないと踏んだためだ。千拾郎は相変わらず納刀したままだ。そのまま鞘ごと腰に提げると、素手で殴りかかってくる。

「なにをっ――」

 《電気鍍金》を施した雷神と素手で殴りあうつもりだった――――雷神は半ば受ける形で組み手を強いられる。ところが《電気鍍金》越しにも雷神はダメージを受ける――それは《獄焔焦》も会得していた《転空》という炎魔の格闘術だ。

 格闘では千拾郎が一枚上手だ。その理由は《グランドミラー》による恩恵が大きかった――《グランドミラー》は索敵範囲内で次に起る未来を数パターン予測して異能者自身に伝達する。

 これにより千拾郎には雷神を一歩リードした動きが可能だった。――――ところが《グランドミラー》は抜刀してしまえばリセットされるという制約も内包している。

 《グランドミラー》発動から3分以上経過した今現在は、異能が最大限効力を発揮している状態だった。この段階では索敵や未来予知のほか領域内での瞬間移動も可能となる。千拾郎としてはこの状態を長時間維持し確実にダメージを与えておきたいところだ。しかし雷神も防戦一方のわけがない。このままでは劣勢と判断すると《電撃化》し《プラズマ》をチャージする。

「――――!」

 納刀状態では《電撃化》した雷神には太刀打ちできない。千拾郎は《プラズマ》の射程範囲から二度高飛びを繰り返して離脱する。

 《プラズマ》は発動したが空振り――雷神は《電撃化》したまま千拾郎に向かって距離を詰める。千拾郎は短い高飛びを繰り返して雷神の視界から逃れる。ところが、目で追いきれないことを良いことに、気持ちにゆとりのあった千拾郎は思わぬ形で不意の一撃を食らうことになる。

 突如、雷神の飛び膝蹴りが千拾郎の右頬を捉えた――――まぐれではない、ここに来て対処に困った雷神は《獄焔焦》戦でも使った《マントラ》を活用したのだ。

 同系統の近未来予測能力の《マントラ》と《グランドミラー》では前者に分があるらしく、雷神は強気に攻勢に出た、今度は千拾郎が受け手に回る番だ。

 雷神の手から迸る雷撃を瞬間移動をもって交わすが、先回りされた雷撃を交わすことが出来ずに、ついに抜刀してしまう。《ツバメ返し》だった。

 すると、今まで維持していた《グランドミラー》の能力が消えて初期化してしまう。――――直近の危機こそ回避したものの、千拾郎にとっては大きな失策だ――、千住郎は逡巡する。

「(今更もう一度納刀し《グランドミラー》を張り直したところで、十分展開する前に雷神に殺されてしまうだろう)」

 《グランドミラー》を諦めた千拾郎は抜刀状態のまま雷神と戦う腹を括る。――ところが、そんな駆け引きを知らない雷神の方は、攻勢に出ることに臆病になる。彼もまた、ふと足を止めて千拾郎の動向を見守った、そして、密かに千拾郎の能力の考察を始めた。

「(俺が《マントラ》を使ったからか――突如動きが鈍く守備的になった――それまで奴が何らかの形で近未来予測の異能を使っていたのは確かなんだ)」

 雷神は続けて考察する。

「(勝ち目がないと悟ったか――それとも何らかの制約があって複数の異能を同時に併用できないのか――思えば……奴が異能を使うたびに刀身にまとう炎は鮮やかに色を変化させた、これが何らかのヒントになってるのか?)」


 お互いが緊張状態のにらみ合いが続く中で、炎魔たちも固唾を呑んで戦況を見守っている。おもむろに役人の一人がいう。

「何をしているのでしょう?」

「お互いに――お互いの異能に探りを入れているのだ――、千拾郎は敵の異能をほとんど知っているからこそ悩み、雷神は雷神で千拾郎の異能が未知数であることから悩んでいるのだろう」

「しかし睨みあっていても有利になるわけではありませんよ?」

「どちらも強力なカウンター技を持っておる――雷神は《マントラ》、千拾郎は《ツバメ返し》か……痺れを切らし敵が動くのを待てば有利に戦いを進められる。先手を取ったところで返り討ちにあう事は目に見えておる」

「じゃあ――どちらも動かないんですか?」

「無論、打開策さえ思いつけば動くであろう――、それがどっちかはわからぬが……」

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