【4】雷神 対 風神愚島3

 次の瞬間――雷神が顔を上げると、そこに風神愚島は居なかった。

「――――!?」

 この願ってもないチャンスに、愚島が突如消え去ったことに雷神は目を疑った。

 怒り心頭の雷神は、この際怯んだ様を装って返り討ちにしてやろうと思った。ある意味、擬態の時の仕返しだ。身体には超エネルギーの電撃を帯電させており油断して近づいてきたときにお見舞いしてやる腹積もりだった。


「……ウソだろ?」

 ところが愚島は消えた。その奇妙な状況には、何の疑いもなくひとつの決断を連想させた。

「――野郎…………逃げたな!?」


 問題は、どこに逃げたかだった。

 《風亭山》は周囲を見通しの良い荒野に囲まれている。下手に逃げれば追撃に合い致命傷は免れないだろう。歴戦の戦士、風神愚島ならそんなことがわからないわけがない。いくさの死傷率は向かい戦より、敗走戦の方がずっと高くなる。

 それを承知で逃げ出したという事は、勝算があるには違いないわけだが、雷神は眼下に風神愚島の姿が見えないことに眉をひそめた。


「まさか……まだこの台地の上に……?」

 千載一遇のチャンスを棒に振った以上は、まともに雷神と戦って勝つ気がないことぐらいはわかる。愚島は逃走を成功させるため、あえて居残り雷神が動き出すのを見計らっている仮説を立てる。

「…………」

 雷神は背後を振り返る。台地に無数に点在する大岩に擬態されたら、それこそ判別する術はない。――しかし、雷神には愚島には愚か竜神にさえ見せていない異能があった。


「…………!」

 雷神は自身の体に雷を迸らせた――――次の瞬間、解き放った雷撃が雷神を中心として広く展開される。

 雷神本人を中心とした無差別の広範囲大破壊……雷神の10つの能力の一つ《プラズマ》だ。

 そのパワーは触れたものを一瞬で消し炭に変える力を秘めていたが、《征雷棒》を持つ愚島の前では役立たずと化していた。


 この場合はもちろん愚島本人を倒すことが目的ではなく、防御行動を取らせてあぶりだすことが目的だった。――――ところが目立った反応はない。

 すると、既に《風亭山》の上には愚島本人が居ないことがわかる。――――次に雷神が取った行動は、未だやったことのない試みだった。

 はるか上空に飛ぶ、そのまま《風亭山》全域と眼下に見下ろす四千メートル下の荒野も視野に収めた。


「――――!」

 雷神は左手をかざすと、強力な落雷を発生させた。

 ――――ズドォォォォオオン!!

 落雷は《風亭山》に直撃して跡形もなく大破させた。――――そう、雷神は隠れるスペースのある《風亭山》そのものを、いっそのこと破壊してしまおうと考えた。


「…………!」

 この行動にはさすがの愚島も意表を突かれる。《風亭山》のふもとの洞窟に隠れ潜んで、雷神が通り過ぎるのを待っていたのだ。

 ところが、突然日の光が差し込んだかと思うと、荒野に吹きすさぶ砂嵐の風を受ける、愚島は驚いて空を見上げると自分が隠れていたはずの洞窟が消えていた。

 天井も壁も消え、むき出しになっていたのだ。――――愚島は言う。


「まさか……自分の《ねぐら》を躊躇いもなく破壊するとはっ」

 愚島は頭上はるか高くに、小さな黒い点のようなものを発見する。――それは雷神だった。黒い点は超速度で愚島に迫ってくる――――見つかったのだ。

 愚島は《小さな爆風》で推進力を作り出し、遠くに高飛びする。

 しかし、敵の速度が愚島を上回る以上、追いつかれるのは時間の問題だった。

 その時――――突如、愚島の頬につめたいものを感じた。

「むぅっ――!」


 愚島は飛行中に自分の頬を拭った。すると、それが水滴であることがわかる。

「荒野に雨――珍しいこともあるものだ」

 と、――愚島が訝しげに思ったのもつかの間――――雨足次第に強くなり、雨粒も大きくなる。黒い雨雲が空を覆っていた。

「突然の雨か――使えるしれん……」


 ――ズドォォォオオオン!――――ズドォォオオオン!――――


 続けざまに雷鳴が聞こえる、――その時に愚島は嫌な予感が脳裏を過ぎった。

「――――まさか」

 愚島は自分への戒めを破って背後を振り向く。

 以前に見たときよりもはるか近くまで雷神が迫ってきている。ところが――雷神は一人ではない、四人もの分身を携えていた。雷神の異能ライトニングだった。


「――――!」


 五人の雷神が、超速度でもって愚島の後をつけてきている。頭数に物を言わせて愚島を追い詰める腹積もりだ。――追いつかれるまで、もはや一刻の猶予さえないように思えた。

「(――このままでは逃げ切れん……!)」

 そう悟った愚島は《爆発気化》を使った。高温に熱せられた大気は降り注ぐ大雨を一瞬にして気化させ霧を作り出す。気流を操作することで張り巡らした霧が拡散しないように押し留めた。――――――無論、今度の霧は隠れ蓑に使うつもりはない、単なる目晦ましだった。

 突然、霧の中から三匹の風の竜が雷神めがけて飛び出してくる。

 雷神はゾッとして身構えた。不意の一撃に雷神は回避に出遅れる。


 雷神の分身ライトニングアバターは、全てが雷神本人の意識下に置かれている。

 そのため数を増やすほどに、それぞれの操縦に粗が出る。予測の容易な単純な動きの連続ならまだしも、急な方向転換などには向かなかった。

「くっ――――」

 雷神は大雨で視界が遮られる中、風の竜を避ける。そのうち、一体の分身が被弾し消滅した。

 ただし雷神には目のアドバンテージがある。四人分の目、計八つの目を介して雷神は常人の四倍の視覚情報を得られる。


 そこから矢の入射角度と、風の竜の成長度合いから霧の向こうの風神愚島の位置を割り出す。

 雷神は指先から電撃を放ち、《竜の矢》の攻撃に応戦する。――――その時、霧越しの風神愚島は雷神がどんな状況になっているかわからない。雷神と風の竜の善戦など夢にも思わず、跳躍しながら再び《竜の矢》を射るか思案しているところだった。――が、構えた《ついばみの弓》に雷撃が直撃する。


「――――!」


 一瞬、驚いて弓を手放したことが功を奏し、腕までも奪われなかったが、《ついばみの弓》は消し炭になってしまった。

「ぐぅっ――!」

 失った弓を惜しむ暇はない、今度は自分が同じ末路を辿るかもしれない。

 雷神の放った雷は二発――三発と霧の中から立て続けに繰り出されるが、そのどれもが幸運にも的を射なかった。愚島は妨害より逃走に専念する。


 雷神が霧を突破する――――が、そこに愚島は居なかった。雨風が愚島の逃走の痕跡さえも洗い流してしまったのだ。――雷神は歯噛みする。

「くそっ――逃がしたかっ」

 雷神は立ちすくんだ。辺りからは自分の発した異能により生じた雨音だけが聞こえてくる。

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