【14】雷神 対 氷菓 炎魔1

 その頃、炎魔と《三界神》が会って話し込んでいた。そこには《氷菓》の姿もある。

 炎魔の釈然としない様子を見て、《三界神》は不意に問いかける。

「――炎魔、ここに来て怖気づいたなどと言うつもりはあるまい?」

「ふふ、そう見えるか?」

「違うというのか?」

「これは武者震いだ――今まで七人衆を全滅させえる異能など一人たりとも居なかった」

「貴様が過保護だったからだろう」

「そうではない、私は――今でこそ言うが、私は七人衆が目の敵だった」

「な――なんだと?」

「…………」

 一人残った《氷菓》は無言で目を瞑り、壁に背を預けていた。

「千拾郎を除いてはな」

「貴様――なんてことをっ」

「だが、それは他ならぬワシ自身が危機感を抱いていたためだ――何のことはない、炎魔などと息巻いてもワシは単なるひとりの臆病者だったのさ」

「……相良、それは」

「ワシはワシと対等に戦える実力者に飢えていた。だが同時にワシの力を脅かす究極の異能者が生まれることに怯えていたのだ――この気持ち、貴様にはわかるまい三界神」

「――炎魔、貴様死ぬつもりか?」

「この恐怖に身を焦がし続けるのなら、天上天下最強の異名を思うが侭にする異能者と戦い死ぬのもまた、一興とは思わないか?」

「本当は全ての責任を投げ出して、一介の武人に戻りたかったのだな、炎魔――そのためはるばるこの地に赴いた」

「…………」

「私は幼少の頃から貴様のことを知っている――だからこそわかる。今のお前こそが本来の姿なのだと」

「世話になったな、三界神――あの世で合間見える日を楽しみにしているぞ」




 その頃、控え室では雷神が次の戦いに備えてウォーミングアップしていた。怪我は四回戦に引き続き医療技術者の手によって回復していた。

「ついに炎魔が出てくるか――それとも、先に氷菓とかいう異能者をぶつけてくるかな」

 雷神は敵の采配を考えていた。《氷菓》が炎魔を脅かすほどの凶悪な異能者とは思えなかった。異能同士はお互いの丹力を推し量ることができた。

 今の雷神の3割に落ち込んだ丹力で二人の異能を相手取って戦わなくてはならない。これは未だかつてない難しい戦いだった。しかし、それでもまだ雷神には自分が一枚上手だという自信があった。

「…………」

 しかし彼の心内では、炎魔のように強者と戦うことへの渇望は失われつつあったのだ。




 その頃、《三界神》は炎魔の控え室から出てくる途中だった。

 入れ違いに顔見知りの男に出会う、《三界神》は思わず二度見して話しかけた。

「あなたは――――もしや風神愚島か!?」

「久しいのぅ、三界神」


「何しにここまで! ――――まさか雷神を助けに?」

「案ずるな――ワシは奴の最後を見届けに来ただけだ」

「どうだか――言っておくが、炎魔の戦いに水を指すようなまねをしたら貴方とて容赦はしないぞ」

「貴様は戦わんのか、三界神」

「雷神と戦う理由がどこにある?」

「戦いに飢えておろう」

「まさか、私をたぶらかすつもりか? ――それなら諦めてくれ。私は無意味な争いはしない主義でな」

「ワシや炎魔のような戦闘狂とは住む世界が違うか、かっかっか」

「そのご様子では――いまだに戦いに明け暮れているようですな」

「この怪我を見てわからんか――年寄りの冷や水とかいう言葉をそっくりそのまま浴びせかけられた直後じゃわい」

 三界神は愚島の左肩を一瞥するや否や、引きつった顔で声音を奮わせこわごわと呟いた。

「なんということを――貴方をここまで破壊できる異能者が現存しているとは――」

「…………ワシも老いた。もう昔のように若さに任せて傍若無人に振舞うことはできん」

 愚島は続けていう。

「この傷を負わせたのが――雷神だったとしたらどう思う?」

「まさか、……かつての師である貴方にも雷神は牙を剥いたか――」

「三界神……ものは相談なんじゃが――――」

 愚島は続けて三界神を雷神打倒に懐柔しようとするがかえって呆れられてしまう。《三界神》は頑なに態度を変えずに、ついには愚島は肩を落とし落胆する。

「滅多なことは言わぬ――隠居なされよ風神愚島」

 ついには、愚島の身体の健康さえ憂慮し、突き返されてしまった。

「うぅむ――こいつはまいったのぅ……」




 五回戦が始まろうとしてた。闘技エリアには《炎魔・相良剛毅》と《氷菓》がいた。

「ついに親玉のご登場か、炎魔よ」

「ここまで戦い抜いた貴殿には敬意を表さねば。もはや若造呼ばわりしては失礼だ」

 続いて、長らく審判をつとめてきた《三界神》も口を挟んでくる。

「炎魔……本当に良いんだな?」

「男に二言はない。審判はすっこんどれ」

「うぅむ――それでは私も、全ての顛末を見届けさせてもらうぞ――それでは今をもって、最終戦を開始する――!」


 雷神はここまでセーブしてきた丹力を一気に解放するように、《見えざる殺し屋》を展開する。

 時間はかかるものの効果範囲内に居る敵を確実に内部から破壊できる強力な異能だ、これまでは消耗を気にしていたため気軽に使えなかった。

「ほう。噂に聞く《見えざる殺し屋》か――――こいつにお目にかかれるとは光栄の至り!」

「(手の内がばれないようここまでセーブしてきたが――ネタは知れてるらしい)」

 雷神は逡巡し歯噛みする――炎魔は続けて言う。

「確かに恐ろしい異能だが――それなら殺しきられる前に短期決戦に持ち込めば良いだけのこと――のぅ?《氷菓》よ?」

「――そうですね、炎魔様」

 《氷菓》はすまし顔で涼しげに笑った。彼女は異能を使うわけでもなく炎魔の後ろに佇んでいる。

 この時、いっそう雷神は、この《氷菓》という異能者の扱いに疑問を持ったのだ。

「(氷菓、やつは何者――他のどの異能者とも違う氷属性の異能者。炎魔七人衆にあるまじき異属性の使い手――それほどまでに才覚に優れているということか?)」


 そして、雷神にはもうひとつ気になることがあったのだ。

「(そればかりか、あの異能者――まるで丹力を感じられん、本当に異能者か――?)」

 異能者同士はお互いの丹力を感じ取ることで認知できる――ところが《氷菓》からはそのエネルギーのようなものが感じられない。下手をしたらまったくの凡人と説明されても気づかない。

「(相当少ない丹力しか持たず――更には消耗も極端に少ないということか――さもなくば、《流砂丸》のようにまったく異質の力を持ち出して戦うタイプということになる)」


 雷神が丹力の検知能力に優秀なら、炎魔はもっと優秀だった――長年の戦いの勘から大気中に混ざりこむ微量な丹力や、自然現象の変調から敏感に異能の反応を感じ取る。《見えざる殺し屋》の発動を見切ったのも、何も便利な広範囲索敵の異能を使ったからではない。炎魔自身の積年の戦闘経験によって培われた賜物なのだ。

 それゆえ、炎魔は《見えざる殺し屋》が何時間で自分たちを絶命に至らせるかも、肌で感じ取る――――10分は安全だと仮定する。

 10分あれば何が出来る? ――――雷神を殺すことなど造作もないだろう。

 炎魔は《火炎化》し全身を業火に燃え上がらせた。――雷神は言う。

「《灼熱君子》の使った《火炎化》か!?」

 雷神は《雷撃化》し雷の化身となった――それこそ《灼熱君子》と戦ったときと同じ状況だ――両者が属性化したまま睨み合い拮抗する。

 先に動いたのは雷神だ――――属性化した炎魔を倒すことは難しいと踏んだ雷神は《氷菓》を倒しに向かう、――――遠距離から電撃を放つ。

 《氷菓》は中空から氷の壁を作り出し雷撃を阻む――恐ろしい強度だ。氷の強度は冷たくなるに従い高まる、最終的には鉄よりも硬く強くなるのだ。

 しかし、雷神は攻撃をガードされることなど想定範囲内だ――むしろ強靭な氷塊が残ることは最高の形とさえ言える――何しろ氷の異能者に氷を張らせたのは炎魔を戦場から除外させるためだからだ。

 単純に冷気漂う中空には炎の化身でエネルギー体に過ぎない今の炎魔は近づけないだろう。《氷菓》が氷を精製することはかえって自分の身を危うくさせるのだ。

 ところが――炎魔は何の迷いもなく氷柱に近づいてくる――雷神は自分の計算と違い絶句し逡巡する。

「(炎魔は氷に近づくことを厭わないのか――やはり何かからくりがある?)」

 雷神は、ドーム状に氷を形成し鉄壁の守りを作る《氷菓》を攻めることを諦め、氷塊の上に陣取り炎魔を待ち構える。

 《氷菓》が異能を使った周辺は凍てつく大地へと変貌した。草木の上に突然の吹雪に見舞われたかのように薄い氷が積もっている。炎魔は躊躇いもせずに氷を踏みつけて雷神の方へと跳躍する――そのとき、炎魔が足蹴にした氷の足跡にボッと火が灯る。

「(なっ――なにっ!?)」

 《氷菓》が形成した氷は――――燃える氷だったのだ。炎魔はニヤリと笑い、氷塊の上で雷神との近接戦闘に臨む。お互い属性化している身のため、競り合うもののダメージを与えている感覚には乏しい――炎魔は口からボゥッと炎を吐き出した。

 ――――ゴゴゴゴッ!

 業火を吐き散らし、氷塊が炎上する――その時、雷神はふと鼻につく、強い臭気に気づく。

「これは――アルコールか!?」

「ふふ――ご名答。《氷菓》の形成する氷塊は全て高純度のエタノールだ――」

「くっ――」

 今まで数多くの氷属性の異能者と戦ってきた雷神だったが、大元になる液体そのものを生成する異能者は見たことがなかった。雷神の記憶にある氷属性の異能者は全て小型から中型の氷柱を精製する異能者だ。ここまで大規模な氷の造形物を作り出す異能者もまた珍しい。

 その時――ドンと、薄張りになった氷塊を突き破って水竜が空へと立ち昇る。雷神と炎魔の間に立ちふさがるようにして現れたそれは、意志ある獣のように雷神に向かって突進する。

「くっ――――」

 雷神が電撃でもって勢いを打ち消そうとするが水竜は微動だにしない。アルコールは電気を通さなかった。炎魔が水竜の根元に触れるとブワッと燃え盛り、燃える液体の竜と化したそれは勢い衰えぬまま雷神へと立ち向かう。

 雷神は雷撃の干渉できない水竜を交わす、ところが氷塊にぶち当たった水竜は飛沫となって不規則に飛び散り、雷神を囲うようにして降り注ぐ。

「――ぐあああっ」

 その時、雷神は《電撃化》した体に関わらず苦痛を感じた。アルコールを全身に被ってしまったのだ。

 雷神は実体化を余儀なくされた。炎魔は構わず、アルコールまみれになった雷神に近づいていく。

「くっ――」

 本来炎魔の苦手とする液体は、性質こそ違えばかえって炎魔を援護する役割を担っている。むしろ雷神の苦手とする不導体の性質さえ帯びているのだから面白い。

 雷神は炎魔に向かって雷撃を撃つが思うように電撃エネルギーが放出されない――アルコールを全身に被ってしまったことが災いし、上手く放電できないのだ。

 雷神は《電気鍍金》を纏い防御の体制を作る。――炎魔は器用に手足のみを実体化させて近接格闘に臨む――それは《獄焔焦》や千拾郎にも見られた格闘術転空だった。

 《転空》を行う炎魔の手足はハンマーや金槌のように痛く鋭く、強力だ。

 雷神は時間経過と共に身体にかかったアルコールが蒸発し、電気操作の回復を確認すると、すぐさま《電撃化》してその場から跳躍した。

 その時、雷神を追いかける炎魔の足跡が燃えていないことを確認する――――雷神は悟る。

「(アルコールの含有量を調節することで炎を消すことも、また発生させることも自由自在か――――炎魔は外部からの炎のコントローラーとしての氷菓を寵愛している)」

 しかし、それを知ったところでどうなるわけでもない――――氷のドームから再び三本の水竜が長い首を振り回しながら出現する。――それを目にして雷神は考察する。

「(なるほど――そういうからくりだったんだな。この世には外部のエネルギーを丹力に変える異能者が居ると聞く……)」

 雷神は続けて考える。

「(例えば――氷菓の場合は自発的に丹力を練れないことは短所だが、恐らく熱量の何割かを自分の丹力に変換する特性を持っているんだ――すると、炎魔の攻撃に用いた丹力を再利用できることは愚か――下手に自活できる異能者よりもずっと安く、しかも持ち回りの利くバッテリーを搭載していることになる)」

 《氷菓》の正体は単なる炎のコントローラーというだけではない、それどころか炎や熱量に全面的に依存する異能者だったのだ。自身がアルコールを放出する異能は、より多くの熱を集めようと試行錯誤した末に編み出した適応なのかもしれない。

「くっ――――」

 雷神の異能を弱体化させコントロールを脅かすアルコールは危険な存在だ。雷神は水竜を避けながら迫り来る炎魔を待ち構える――アルコールは怖かったが速度のない水竜は脅威ではない。

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