【16】雷神 対 風神愚島 対 三界神
「風神愚島――貴様っ!」
「よぅ、炎魔。ワシがくれてやった毒は上手く使ったようじゃのう……」
愚島はいう。
「……――――」
元々、雷神にこしらえた毒は彼自身が持ち込み、戦況を見計らって密かに炎魔に手渡したことも愚島の計略のうちだった。炎魔は上手く毒を利用したが、それが雷神を仕留めるまでには至らなかったのはもはや確認するべくもない事実だ。
炎魔は焦って切迫した表情を隠さずにいう。
「――――何しに来たのだ。観戦ならばまだしも、……ワシを助けにでも来たか?」
すると、愚島は逡巡してから目を細めて苦笑する。
「……お互いにガタの来ている身じゃろう。何をみっともないことをいっておる――」
風神愚島は続けて言う。
「いや、炎魔――貴様はもう間違いなく死ぬ」
「はっはは、きっぱりといいおって……」
「その代わり、貴様にはただで死んでもらっては適わぬ。ワシもそこの雷神に用がある」
すると、雷神も会話に割り込んでくる。
「じじい――やっぱりまだ落ち延びてやがったか――」
「年よりというのはしぶとい生き物でのぅ……」
「――風神愚島――貴様ぁぁっ!」
「――――!」
反対側からは、愚島が鉄柵を乗り越えて来たことを見つけた《三界神》も乗り込んでくる。
「モタモタしてられんな……」
愚島は雷神や《三界神》に盗み聞きされる前に、炎魔に向かって耳打ちする。
「それは――!」
「むぅ――……ここまで来たらやるしかないじゃろう」
その直後、身の丈以上にも及ぶ巨大なロッドを携えた《三界神》も雷神に向かって叫ぶ。
「雷神!私も助力するぞ!」
「来るな――――これは俺の戦いだ!」
「馬鹿め――、勝手にしろっ」
《三界神》は
純粋な戦闘力特化した異能者ではないため自他共に戦いを好まないとして知られている。
《三界神》は《断界》を使って奥の愚島と、手前の雷神と炎魔の間に溝を作ると手前の空間が沈み込み段差が生じた。
愚島がそっと段差に手を触れてみるものの空間ごと断絶されているため、それ以上前に進むことが出来ない。
ある意味、この局面では最悪の異能者だった。
「くっ――」
一度設けられた空間断絶は《三界神》自身が解除しなければ持続したままだ。他の何者も解除できない。
三界神は一度に三回まで《断界》を使うことができる。故に彼は《三界神》と呼ばれる。
しかし、それにしても《断界》は消耗が激しい。当然だ、なにせ属性化した炎魔や雷神でさえも乗り越えられないほどの結界を作り出す異能だった。
「何度見ても面白い異能じゃのう、《三界神》」
愚島は屈託なく笑った。《断界》を挟んで炎魔と雷神が戦っている。愚島は続けていう。
「それじゃあこういうのはどうかのう?」
愚島は《蛸擬態》を使って姿を消す。
「――! ――身を隠す異能か」
《三界神》は愚島の異能のことをほとんど知らなかった。
ましてや滅多に多用しない《蛸擬態》など知るよしもない。足を止めているときだけ擬態する異能だ。
この時、雷神と《三界神》の連携が破綻したことに愚島は心から安堵した――雷神には前に戦ったときに《蛸擬態》のことを知られている。
雷神は早くも《断界》の見えざる壁を伝い利用し炎魔に攻撃を仕掛ける。炎魔はそれに応戦するが倒されるのも時間の問題だ。――――愚島は逡巡する。
「(ワシの姿は消えているが、このままでは炎魔と合流することは出来ない――)」
その時――――、《三界神》が自分側と炎魔と雷神との間にも《断界》を築く。そのまま彼が《断界》に触れるとすり抜けてしまった。
《三界神》は自分の設けた結界を通ることが出来る。そのまま愚島を押し出した結界をも通り抜けると、周辺を気にしだした。
消えた愚島を探しているのだ――壁を設けただけでは愚島を戦場から追い出す抜本的な解決策にはならない。そんな《三界神》を尻目に愚島は再び逡巡する。
「(ワシを倒す気か――まさか。もしくはワシ個人を捕らえる異能でも使うつもりか?)」
相手の異能を知らないのは愚島も同じことだった。愚島が想像するに――《三界神》は最初に張った《断界》が崩壊する前に愚島を捕まえるつもりなのだろう。
すると――愚島が考察する必要もなく《三界神》自らどこに居るとも知れない愚島に向かって話しかける。
「――――観念しろ! 私の
当然、愚島の方も降伏するわけがない。心の中で独白するだけだ。
「(おーこわい。だが《三界神》よ――貴様の結界は完全だろうが、ワシも何の手立てもなく隠れてるわけじゃあないんだぞ?)」
「――――!」
《三界神》はハッと目を見開いて驚いていた――それは愚島ではなく、結界越しの炎魔の姿だ。炎魔は《征雷棒》を携えて雷神の攻撃を防いでいる――――今まで死にかけた時であっても、一度も見せたことのない《征雷棒》だった。
「――炎魔っ!卑怯者めっ――――それは今しがた風神愚島から手渡された道具であろう――正々堂々と戦えっ!」
「うるさい――道具を禁ずるルールなどワシは設けとらんわっ」
炎魔も必死に応戦しながら、《三界神》に応答する。その
「(ほっほ。生来の堅物が仇となったのう――騎士道精神を重んじる貴様としては――この状況は決して見逃しておけぬであろう)」
風神愚島の思惑通り――その時、《三界神》は愚島の行方など忘れて《征雷棒》の対処のことで頭が一杯だった。
「(どうすれば――――あの棒一本で戦局が急変してしまったら――それは私の、私が今この場に居る存在価値そのものが無意味になってしまう――)」
続けて《三界神》は逡巡する。
「(よく考えるのだ――あの雷神も、そして炎魔も今更横槍を入れられてまで棒を取り除いて欲しいなどと思っていない――しかしそれでは全てが愚島の思う壺ではないか!)」
そんな《三界神》の内面を見切ったように、風神愚島は続けて独白する。
「(ふふふ。そう――――貴様としては由々しき事態、なんとしてでも面子にかけても棒を取り除きに行くはず!)」
それは愚島の策略だった。――ここまで来て《征雷棒》一本で戦局を変えようとは思っていない、《三界神》の未知の異能の中でたった一つだけ判明しているルールは一度に設けられる結界が三つということだけだ。
それを逆手に取り、戦場に割り込む異分子を複数設けることで《三界神》の狙いをかく乱する目的だったのだ――そして、《三界神》が動いた次の状況も事前に炎魔と打ち合わせ済みだ。
三界神が無理して三つ目の結界を設ける――彼自身の説明した《完全結界》だった――ところが強力な結界を三つ同時に張ると異能が維持できなくなり一瞬全てが消滅してしまった。
「あっ――――」
「丁度窮屈していたところだ――!」
炎魔は《火炎化》して《断界》のあった境界線を跨ぐ、愚島の居る領域と合流するが――依然として愚島は《蛸擬態》で身を隠したままだ。
そう――――愚島は最後に一度だけ姿を現すつもりだ――――そしてその一瞬で雷神に止めの一撃を与えるため炎魔に段取りを説明していたのだ。
「くっそっ――!」
それにしても、炎魔は焦るばかりだった――《見えざる殺し屋》のカウントダウンまで残り二分を切っている――もう一刻の猶予も残されていない。
「…………」
それに対して雷神は冷静だ。既に炎魔を追い詰めているうえ、肉体も無傷だった――――ひとつ心残りがあるとすれば《バッテリー》を使ったため《タイムストップ》が封印されていることだった。
雷神は逡巡する。
「(まさかとは思うが――この局面で《タイムストップ》を惜しむことはないだろう。しかし――万が一のことがあればそれは――!)」
《雷撃化》した雷神の突進が交わされる――――振り向き様に炎魔の強力な打撃技が繰り出される。
「――――《ファイアドライブ》ッ!」
「――――――!」
剛腕から繰り出される一撃を――雷神はギリギリ交わし、毒づく。
「脳筋め――、一度ならず二度も大技をはずすとはなっ――!」
ところが、――――炎魔の本当の狙いは《ファイアドライブ》ではない。そもそも大技を囮に使ったのだ――炎魔は雷神の背後を取るとがっちりとホールドした。
「な――――なんだとぉっ!?」
「ふっ――」
その瞬間、炎魔は笑みを浮かべた――それは勝利を確信したような寸分の迷いもない笑みだった。
「――――――!」
がっちりと体を固められた雷神のすぐ目の前に、風神愚島が突如として現れる。
「なっ―――――!?」
愚島は既に《オーバードール》で形成した両腕を重ね合わせてエネルギーを集中させていた。たとえ擬似生成された風の両腕でも、この至近距離からでは狙いを外しようがない。
「《激烈波動鳳凰拳》――――!」
「――――《プラズマ》!」
死期を悟った炎魔は《見えざる殺し屋》を食らう前に自分の身を呈して雷神を拘束し、風神愚島の《激烈波動鳳凰拳》を至近距離で当てるための隙を作った。
雷神は咄嗟に《プラズマ》のチャージを始めるが初動が遅い――――その頃既に、愚島のエネルギー波は放たれた後だったのだから。
――――ギュゥゥウウウウウウウウウウゥゥン……ッ!
紛うことなき最強の一撃が、ドッと炎魔もろとも雷神を消し飛ばした――――かのように思われた――――ところが、死んだ異能者はたった一人。炎魔だけだったのだ。
「――――――――!」
炎魔の屈強な肉体は真っ黒の消し炭へと変貌していた――雷神の《プラズマ》を至近距離で受け止めたためだ。
愚島の《激烈波動鳳凰拳》は奇しくも被弾直前に設けられた《三界神》の新たな《断界》に阻まれて消え去ってしまった。
《三界神》が呼吸を整えほっと安堵している――それを尻目に愚島は愕然としていた。
「なっ――くそぅ――そんな、バカな……」
「ぜぇ、ぜぇ、…………」
雷神は肩で呼吸して、キッと風神愚島を睨みつけた。
「危なかったぜ――本当に、二度までもその波動に命を奪われかけるとはなっ――」
「ぐっ――――」
風神愚島が背後を振り返ると、異能を使った《三界神》は無言のまま佇むばかりだった。不意に《三界神》は言う。
「これで不問にしてやる――風神愚島の必殺の一撃に頼って雷神に止めを刺そうとした炎魔は――闘志として恥ずべき行為だった……」
「…………!」
「じじい――本当は俺もこの場で決着をつけてやりたがったが、…………俺はもう激情に流されるようなガキじゃねぇ」
「――――勘句郎……!」
「今日のところは引き上げてやる。このズタボロの体であんたとやり合う気にはなれないんでね」
「待てっ――勘句郎っ」
「じゃあな、じいさん――今度は絶対にぶっ殺してやる――顔を洗って待っとけよっ!」
「勘句郎ぅ――――」
「…………」
そのまま、雷神、浅間勘句郎は荒野へと消えていったのだ。
「…………」
後には、がくりと膝をつき地べたにへたり込む風神愚島と《三界神》だけが残った。荒野の草原にはうら寂しい風だけが吹き荒んでいた。
翌朝。
再び沼地の与太郎の家を間借りしていた愚島の元に、与太郎が急ぎ足で駆け込んでくる。
「大変です! 大変ですよ風神殿!」
騒々しい与太郎に対して、内心うんざりしたかのように愚島は返答する。
「……何事なのだ、与太郎殿」
「雷神は《最果ての地底湖》に居ると報告が――丹田を開き解毒作用もあるという
「やはりか――ならば、ワシにとって理想的な環境といえる」
「どういうことですか――雷神は養生してるんですよ?」
「アルミニウムだ――あの地形には導体として優秀なアルミニウム金属が多量に含まれておる――周囲を導体に囲まれた雷神にとってはひとたまりもない」
「まさか」
「雷神の、いや雷属性の異能者に対してワシなりに研究していたところがある――奴らはどうして人が扱えない膨大な雷のエネルギーを手足のように正確にコントロールできるのか……とな」
風神愚島は続けて言う。
「これはワシが《征雷棒》をこしらえさせた北方の物理学者に尋ねた問いだ……すると、このような答えが返ってきた――雷を知りたくば雷雲に尋ねてみろと」
「どういうことですか?」
「よく考えればわかる、これは頓知だ。しかしワシはひらめいた。奴らはコントロールしているわけではない。自然現象を逆手にとって利用することであたかもコントロールしているように見せかけているだけだと」
「待ってくださいよ――それでは意味が――」
「炎や風と違い、雷はエネルギーが膨大であるため異能の干渉する余地に乏しいのだ。だからこそ彼らは物理現象を観測し依存することにより着地点を予測するしかない――雷属性の異能とは突き詰めるところその程度でしかないと」
「――じゃあ雷神本人も正確なコントロールはできていないと?」
「受け手が対策を講じることが出来ればそれは異能本人の意に介さずに制御できることを意味する」
風神愚島は続ける。
「《征雷棒》の実用性が実証されたなら――この道具の原材料になった物質を利用することで雷を意図的に誘導できる」
「それがアルミニウムという物質だと?」
「……ワシの仮説が正しければ雷神は――変則的に動く自らの雷に手を焼くことになる――上手くすれば無力化、最悪でも制御不能まで持ち込めるかもしれん」
「環境そのものを《征雷棒》に置換してしまえば――――発想の転換ですかっ」
与太郎は興奮気味にまくし立てる。
「雷神が《最果ての地底湖》へ向かうことは計算づくだったんですか?」
「その代わり、《三界神》には今生限りの絶交をされてしまったが……――そうすることで決戦の地を有利にすることも、雷神の居場所の絞込みも容易だった――我ながら妙案だ」
「無策ゆえの突飛な行動じゃなかったんですね」
「ワシを誰だと思っておる――」
そうして、愚島はボンと何かを床に放った。続けていう。
「少々見栄えは悪いが――こいつが命を救うとなれば安いものだ」
平たいゴムの継ぎ接ぎで作った愚島手製の絶縁体スーツだった。与太郎はいう。
「死に様が無様にならなければ良いですがね」
「ワシもそれを願う――――」
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