【7】雷神 対 流砂丸1
炎魔と炎魔七人衆が雷神と戦うために選んだ会場は、風亭山跡地から近い名もなき荒野だった。大地はひび割れ乾燥し、深い谷が至る箇所に点在している。足を踏み外せば命はない。なぜ不安定な場所を選んだのかは、そこが雷神のテリトリーから遠く離れていたためだ。都からも遠く離れている。お互いに知らない土地なら不正を仕込む恐れもない。
炎魔は取り巻きに陣幕を張らせて形ばかりの闘技場を作る。この世界では神聖な決闘の場を作る時の慣習だった。
中央で雷神と炎魔が向かい合う。その場に炎魔七人衆はいない。控え室で自分の出番を待っているという。炎魔はいう。
「雷神――此度の果たし状、受け取ってくれたことに感謝する」
炎魔は続けて言う。
「ルールは既に存じていると思うが、我ら8人が一度に戦うことはない。ひとりまたは数人がブロックごとに貴殿と戦い、最終的に8人全員が倒されたときは貴殿の勝利とさせてもらう」
「俺が取り組みに口出しする権利はないのか?」
「原則ナシとしてもらいたい。対戦相手は各戦いが決着するごとに、その都度私たちの方から申告させてもらう――貴殿にとっては絶対的に不利な条件になっている」
「そのことに関して俺は何も異論はない、それより――」
雷神は続けていう。
「取り決めには8人全員を倒したあかつきには都から貴様の資産をそっくりそのまま頂戴できると書かれていたが?」
「もちろんだ。ワシら全員を倒したあかつきにはな」
「しかし、そんな口約誰が守る――8人全員が倒れた後は同時に口約を保障する人間も居なくなってしまうではないか」
「その心配はないぞ――なぜなら」
炎魔がいうと、彼の背後からもうひとりの男が歩み寄ってくる。男はおもむろに口を開いた。
「今回の立会いにはお互いの公平を期すため、私、三界神が立ち会わせてもらう」
「なんだと?」
「無論。炎魔七人衆と炎魔の戦いに加勢するつもりはない――あくまでも見物人として今回は参った次第だ」
「(なるほど――炎魔め、こしゃくな奴。力関係の拮抗する三界神を連れ出すことで口約を有耶無耶にされることを防ぐつもりか)」
雷神は言う。
「それは看過できない、三界神には即刻立ち去ってもらおうか」
「なぜ? ――私は公平を期すためにはるばる参じたのだぞ――逆に言わせて貰うが」
しかし、《三界神》は抗弁が立つ。
「闘技試合の最後、明らかに弱い立場に立たされるのは雷神、貴殿の方ではないか?」
「それが何だと言うんだ?」
「弱りきった貴殿を守ることもやぶさかではないと言っておるのだ。ここに居る一同を皆殺しにしたあかつきには不安で仕方あるまい?」
「……何が目的だ?」
「私は人の世に興味はない。あるのは武勇の限りを尽くした闘志への敬意のみだ」
「…………」
それでも雷神は《三界神》を信用することは出来ない。
体よく丸め込まれている気がする。雷神は《三界神》という異能者の素性を知らなかった。
「三界神のことなら案ずるな雷神よ」と、炎魔相良剛毅がいう。
「こやつは流れ者。私がせがむこともなく、戦いの急報を聞きつけて遠路はるばるやって来たのだ。ただの物好きよ」
間もなく一回戦の対戦相手がやってくる。
相手を見るなり雷神は外野の炎魔を名指しで非難する。
「まさか、冗談じゃねぇぜ……炎魔……!」
「はて? ――何のことだかワシにはさっぱり……」
「とぼけるな、死にぞこないの病人をあてがうつもりか! ――胸糞悪いぜっ!」
雷神の言う、炎魔七人衆の
残った左足でカカシのように辛うじてバランスを取って立つ姿は明らかに異形の者、そのものだった。そんな様子にあきれ果て嘆息する雷神に対して、躊躇いもなく炎魔はいう。
「安心せい、無論そやつは当て馬に過ぎぬ。まさか……この期に及んで尻込みしたのではあるまいな?」
「な……なんだとぅ!?」
その、堂々と当て馬と宣告した炎魔の非情さに、雷神といえども思わず怖気が立つ。
「健常無事な貴様にはわからないだろうがな……《流砂丸》は死して尚、武人としての誇りに生きたいのだ」
まるで至極当然とばかりに、炎魔七人衆のリーダー
「兄者……炎魔様……願ってもないお心遣い、感謝いたしまする……」
そう言って、《流砂丸》の右目から僅かに一筋の涙が零れ落ちた。その様子に心を打たれた様子で《炎熱千拾郎》はいう。
「我が弟弟子よ……思う存分戦うが良い……」
「(狂ってやがるぜ……この野郎たちっ)」
雷神は思わず、心の中で吐き捨てた。むしろ、こうして良心の呵責に訴えることさえも彼らの計略かと疑ったが、どうやらそうでもないらしい。《流砂丸》は武人としての誇りを失っていない。その顔つきからは、雷神をも食って掛かるほどの気迫がありありと見て取れたのだ。
「(野郎……本気でやるつもりか?)」
間もなく、仕掛けてきたのは《流砂丸》の方だった。片足の《流砂丸》はカカシのようにしてふらつく体を両手でもってバランスをとる。
突き出した両手が滑稽だった。その状態から両掌に炎が灯る。雷神には見覚えがある、異能者炎魔の十八番で、最も有名な能力だ。――――雷神は思わずつぶやく。
「《フレイムデストロイ》か!?」
しかし――その異能は知名度に反して、極めて高度な技量が伴うとして一人として継承者が居ないはず。あの《炎熱千拾郎》もついには体得し得なかった。
《流砂丸》はその異能を両手に宿している。つまり高度な技量を伴う《フレイムデストロイ》を両手でそれぞれ体得しているのだ。
「……《流砂丸》なら、更に高度な応用も可能だろう」
腕を組み、背後で愛弟子の戦いを見守る炎魔は、誇らしげにつぶやく。
――固唾を呑む弟子たちの前で《流砂丸》は続けて両手を重ねて、雷神に向けてかざす、その際バランスが取れず背後に傾き転倒しそうになる。
「《レイズフレイム》――!!」
鈍足の火炎放射であるはずの《フレイムデストロイ》はエネルギーを圧縮され強力な熱光線となって雷神を襲う。
「!! ――――」
その思わぬ初速の速さに目を見張る雷神は《電撃化》し跳躍する――ところが、《流砂丸》はバランスが取れないことからの揺らぎを水拳のように利用し熱線の方向転換を図る。
熱線は忠実に雷神の後をなぞるように追う。《電撃化》したものの、雷神は付きまとう熱線にもろに受け焼き焦がされる。
「がああっ――――」
《電撃化》した雷神にも《レイズフレイム》の熱線は有効だったのである。
雷神は守勢から一点、攻勢に図ろうと《電撃化》のまま光速で《流砂丸》に突進攻撃を仕掛ける。
《電撃化》した雷神をもろに食らえば、華奢な《流砂丸》はひとたまりもないだろう――《流砂丸》は《レイズフレイム》を消すと、バランスをとるように一回転した。
そして、突進してきた雷神を交わすこともなく、右手でもって受け止めた――――そう、受け止めたのだ。
「ば……馬鹿な!」
《流砂丸》の右目が怪しく赤く明滅する。《流砂丸》の瞳術――《フレイムアイズ》だ。
隻眼で遠近感を掴めない《流砂丸》が環境に適応して自然体得した能力のひとつだった。映像を静止画のコマ送りのように認識することにより、変化した物体の残像を前後間で照らし合わせることで、対象の移動速度と距離感まで判別することが出来る。ようは隻眼になったことがかえってより良い目を体得する切欠になった。
雷神を受け止めた右手は電流に焼き焦がされることもなければ、エネルギー体そのものである雷神の体をがっちりと掴んだ。
《エレメントキャッチャー》と言う《流砂丸》の能力のひとつだった。このため、あらゆる属性攻撃は《流砂丸》の手で捕捉され、かつ、受け流されることで無効化される。
「ぐっ――」
雷神は勢いもそそままに、《流砂丸》の軸足を基点にして弄ばれるように回転した。
二回――、三回、五回と振り回されて、不意に《流砂丸》が手を話すと、雷神は宙へ投げ出された――、一瞬、カウンター能力を怖れた雷神は《電撃化》を解除する。
ところがそれが仇となり、生身の肉体のまま岩山に叩きつけられた。
「ぐあっ――――」
ズドォオオンッ―――!
質量を持たないエネルギー体から生身の肉体になった時の負荷も、そして加速度も段違いで雷神は《電撃化》中をも上回る速度でもって岩山に叩きつけられた。
岩山は衝撃に耐え切れず、音をたてて瓦解する。あたりに砂嵐が舞った。――――辛うじて肉体の負荷に耐え切った雷神は、記憶が飛び、状況把握のため遅れをとった。
そんなことはいざ知らず、強力なカウンター攻撃を決めた《流砂丸》は続けざまに異能を使う。――――右目の眼帯を取り払った。
「くっく――雷神殿は酷く甘美な味をしておられますね……」
「――――!」
不意に口を開いた《流砂丸》から、常識はずれな言葉が聞こえてきて、雷神はゾッとして身構えた。
あたりを渦巻く砂嵐が驚くほどの早さで晴れる、流砂丸の空洞と化した左目に掃除機の如く吸い込まれて消えた。
「――!」
雷神はその井出立ちを見て怖気立つ。
《流砂丸》の右目は空洞のようだが、そこはブラックホールのように無尽蔵に物体を吸い込む異能の穴だったのだ。
そこからはだらりと肉厚の舌が垂れている。舌はご機嫌な様子でブルブルと震えて、ビタビタと《流砂丸》の頬を打つ。
「貴様――それは傷跡ではないな!?」
「ふふ……」
《流砂丸》の顎のある方の口がにわかに笑った。
「無論でございまする――このように不気味な体に成り果てたのは――ひとえに、あたしが武の道の心の底から恋焦がれたため――言わば成れの果てなのでございます」
「……っ!」
《流砂丸》の左目の舌はズルリと唾液のような体液を滴らせると、ヌルルと左目に吸い込まれていった。まるで収納するかのようだった。
「この目は私の目にあらず――魔界に住まう邪悪な化身の舌にございまする」
「悪魔の舌だと――!」
《流砂丸》の悪魔の舌は魔界の悪魔の舌の触覚と味覚を同期させている。
左目の穴は、そっくりそのまま魔界の悪魔の胃袋に連結していた。――――それは《流砂丸》が左目と少しばかりの寿命を代償に獲得した異能だったのである。
「名は……《イビルマウス》とでも言いますか」
《イビルマウス》は単独で複数の異能を併せ持っていた。また《流砂丸》本人も限りなく少ない丹力の消耗で異能を行使できる、そっくりそのまま悪魔の丹力を利用できるからだ。
「ぐぅぅっ――」
突然うめき声をあげた《流砂丸》は前のめりに屈む。
「ぐあああっ」
突然――流砂丸の左目の窪みが肉のひだの如くずるると、せりあがった。――まるで排泄時の肛門のようだ。
「!!」
ぶるるるっ――!
《流砂丸》の頭部が震える、ずしゃりとそれが産み落とされた。四速足の歪な悪魔の子だった。――彼は荒い息を整えながら言った。
「ぜぇ、ぜぇ、魔界の悪魔は――食道と排泄口が同じなのでございます――ゆえに、時折このようなことが……」
ぐええ、ぐええ――!
産み落とされたばかりの悪魔の子が呻く。赤子が泣き喚くのと同じ原理か、それが《流砂丸》の体を這い登り腕にたかる。
「この悪魔は《ファイアデビル》と申しましてね――――魔界でも火の吹き荒れる山岳地帯の奥深くで、上質な炎を餌にしているのでございます」
雷神は戦うことも忘れて《流砂丸》の説明に聞き入っていた。
「ゆえに、生まれたときから火の匂いを宿す手にたかる。自らの餌の匂いを嗅ぎ分ける力を持っているのでございます」
「そういうことか――貴様は"そうして火を使う"のだな?」
「…………」
《流砂丸》は答えない。
ひとえに炎魔の弟子と言っても、同じ芸を継承しているとは限らない。
炎魔は炎魔一人だけであり、彼が最強の炎属性の能力者ではあっても全ての炎属性の異能を極めているわけではない。
時には炎魔と同じ力を得られず挫折したのかもしれない。または炎魔になりきれないことに悲観せず、唯一無二の異能者としての道を模索した。
弟子たちは彼の技を体得すると同時に、それぞれの形で自身の生まれ持った異能の才を生かす方法を開拓する。それこそが炎魔七人衆が最強と呼ばれる所以にもつながる。
言わば炎魔七人衆の異能とは酷く美しい芸術品なのだ。
ひとつとして同じものはない才能と努力と勝利への渇望の奇妙な融合なのである。
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