【8】雷神 対 流砂丸2

 《流砂丸》が右手に炎を作ると、悪魔の子は飢えたように炎にかじりついた。

 無尽蔵に放出するエネルギーに悪魔の子は見る見る成長する。はじめは全長三十センチほどのサイズだったのが、1メートル近くも巨大化した。

 既に《流砂丸》の腕の縋りつくことも難しくなると、彼の手からずるりと落ちた。

 食事に満足したのか、子の視線が外部に向けられた。岩山の残骸に囲まれる雷神だ。


「くっ――」


 《ファイアデビル》は四足歩行で地面を踏み鳴らしながら、雷神に飛び掛る。強靭な顎で雷神に食いかかった。

 雷神は異能を使うまでもなく容易く《ファイアデビル》を交わすが、追撃を加えようとした矢先、――《ファイアデビル》の方が異能を使う。

 風神愚島のような風をコントロールする力だ。――大きく息を吸い込んだかと思うと、地面に向かって吹き付けた。――それが基点となって巨大なトルネードを生む。


「――――!」


 トルネードは意思を持ったかのように雷神を追尾する――トルネードの背後から《流砂丸》の炎の玉が繰り出され、トルネードと接触。水に血を垂らしたが如く、一瞬にして拡散――赤く染まる業火の竜巻となった。――《ファイアデビル》の子と《流砂丸》のコンビネーションは絶妙だ。

 しかし、所詮は大道芸に過ぎない――鈍足極まる異能者ならいざ知らず、雷神にはトルネードをはるかに上回る光速の機動力がある。雷神は光速で距離を離すと空高くの手近な雲めがけて一筋の雷撃を放った。


 ――対する《ファイアデビル》は早くも業火の竜巻を複数に分裂させる、――じりじりと雷神を追い詰めていく。雷神の放った電撃に刺激を受けた黒雲が突然の落雷を落す、これぞまさに《青天の霹靂》だった。

 雷撃はトルネードの目の中に落雷し、トルネードは消滅する。すると――落雷とトルネードのせめぎ合いになる――そこに異能者同士の命の削りあいはない。

「――――埒が明かんっ」

 雷神は痺れを切らして、雷撃の手を休める。肉体に放電を迸らせると別のアプローチをかける。――《プラズマ》の準備だった。


 ズドォオオン――!


 雷神を中心にして放出された《プラズマ》がフィールドに放たれた全てのトルネードを消失させる、それはまた《ファイアデビル》も消し炭に変え、射程圏内に《流砂丸》本人も捉えた。――――《流砂丸》は一瞬早く跳躍回避し、《プラズマ》の射程圏内から離脱する。

「――――!」

 《プラズマ》の長所はまた、弾道を予測できないことからの不可避の一撃にある。――――危ういところで攻撃を交わした《流砂丸》は守勢一転、反撃を仕掛ける。


 左目の口腔から火のガスが噴出す。立て続けに今度は放電する。

「――!」

 その光景を見て雷神は絶句する、――《流砂丸》はニヤリと微笑んだ。

 《流砂丸》の左目の口腔からずるりと伸びた太く長い舌は全長10メートルほどにも及び、うねうねと地でとぐろを巻き、欠損した右足の代わりのようになった。

 舌先だけを宙に浮かせ、照準を定める――――尖端から電撃の熱線を放射する。

「くっ――」

 理由は知れないが、《流砂丸》は突如として電撃属性の能力を使い始める。流砂丸本人も右腕に電撃を纏わせ、それを雷神に向かって突きつける。すると、広範囲に電撃が放射される――――雷神も負けじと手のひらから電撃を放出し応戦するがお互いの電撃が拮抗し、勝負は力比べになる。


「なるほど――いくら傍若無人の電気と言えど、同属性を持ってすれば五分五分の戦いに臨めるわけでございますね」

 《流砂丸》は右目をぎょろぎょろと蠢かせ、うわ言のようにつぶやく。――――雷神は言う。

「ばかな……俺の電撃と同程度の力を持つだと!?」

 属性持ちの異能のパワーには込められた丹力と能力者の潜在能力が関係する、しかしそこには術者本人の練度も付加価値として加わるのだ。

 それは揺るがしがたい差を生じる。例えば――炎魔と《流砂丸》が同じ炎属性の異能でぶつかり合えば、拮抗は愚か、《流砂丸》は瞬く間に消し炭になるだろう。


「ふふ――もちろん、私めの力であれば雷神殿の雷撃には到底太刀打ちできぬでしょう……」

 《流砂丸》が平坦な口調で続けていう。

「これは私の異能にあらず――魔界の《ファイアデビル》の成せる力なのです――」

「まさか……」

 人間世界最強の異能者といえど力は知れている。魔界の悪魔は現世の人と動物の筋肉量ほどに覆しがたいポテンシャルの差がある。かえって、その悪魔の駆使する雷撃とパワーで拮抗する雷神は、人間世界の常識からすれば驚異的なことだった。

「……そう、私は《ファイアデビル》の丹力も己の丹力のように利用できる。このようなコピー能力ならば、その八十パーセント以上は賄えると言っても過言ではないでしょう」

「すると貴様は、生来生まれ持った丹田以外に外部接続した悪魔の丹田からも丹力を搾り出すことが出来るってことか――」


 雷神は続けて言う。

「――そうか、あの時、貴様が俺を投げ飛ばす直前にその悪魔の舌で俺の頬を舐めたのだな」

「…………」

「それが、貴様のコピー能力の条件ってわけか」

「無論万能ではございません――敵とギリギリまで接近しなくてはなりませんし――また永続的に能力を保有することも出来ません、悪魔は記憶力に疎いのです」

 《イビルマウス》は舐めつけた対象の属性をコピーし、舌と《流砂丸》本人に異能をもたらす。

「悪魔には異能や属性の観念がないと聞く……見聞きした能力をそのまま自分の異能として昇華できるということか」

「ふふ……異能者だけに限りませんよ、こんな芸当も可能なのですから――」

 そうして、《イビルマウス》は舌の繰り出された穴の隙間から、ブラックホールのような強力な吸引を始める。


 瓦解した岩山の残骸を飲み込むと、砂っぽいガスを放出した。まるでおくびのようだ。

 《流砂丸》は一方的な力比べになった電撃攻撃を打ち切り、両手を合わせて力む――――すると、瓦解した岩山が念力のようにふわりと浮かび上がり、巨人が形成される。


「――――!」


 雷神は突如として背後に現れた山のような岩の巨人に絶句する。

「岩を呑めば岩属性の――火を食らえば火属性の異能を、こうしてもたらすのですよ」

 岩の巨人は目の前の雷神に照準を合わせると、アリや羽虫のように踏み潰そうと一歩踏み込む。

 雷神は難なく交わすものの――悪魔の舌から繰り出される電撃の熱線や、《流砂丸》本人から繰り出される《レイズフレイム》の攻撃に晒される。

「ぐっ――」

 《電撃化》し難を逃れるが、これ以上敵の大道芸のように次々繰り出される能力に翻弄されるのはうんざりだった。後続に控える能力者との戦いもある、これ以上丹力をむやみに消費したくはない――――終止符を打つため勝負に出る。


 実際――《流砂丸》は悪魔の恩恵で多彩な異能に恵まれるものの、全てを使いこなしているかと言えばそうではない。むしろ技のレパートリーに術者自身が翻弄されている。

 雷神は《雷撃化》し距離を詰めた――ところが舌でバランスを取り、宙ぶらりんになった《流砂丸》の左足から強力な蹴りが繰り出される。それは《電撃化》状態の雷神でさえもいとも容易く射止めた、――《流砂丸》の《エレメントキャッチャー》の異能は、何も両手ばかりに限らなかったのだ。


 不意の一撃に面食らった雷神だったが――体制を整え続けざまに突進攻撃を加える、我ながら芸がないとは思ったが、これが最善にして最強だ。

 雷神の攻撃に対して《流砂丸》は舌の裏に隠れた。彼が地面に立つと、支えを必要としなくなった舌は太い丸太のような円柱形から平べったい壁のようになった。舌の壁に突進した雷神は弾かれた――それだけ悪魔の舌が強靭なことを意味する。舌は収縮し、合間から《流砂丸》が顔を覗かせる。


 《流砂丸》の両手から再び《レイズフレイム》が放たれる――それは《電撃化》する雷神の体を焼き焦がした。

「ぐああああっ――」

 ダメージに仰け反る隙に、悪魔の舌が細く長く変形し、雷神の足に絡みつく。

「――――!」

 雷神はぐるぐると振り回され周囲の岩山に激突する、むろん《電撃化》した雷神本体にダメージはない、ところが振り回された反動で気が動転する。そのまま舌は蛇の尾のようにして雷神の体にぐるぐるに巻き付いた。こうなると雷神本人も身動きが利かない――しかし、ようやく意識を取り戻しつつある雷神は懸命に拘束を解こうともがく。


「ぐぅっ――」


 体中が、筋肉の塊のような舌に絡みつかれて身動きが取れない。その上、すき間もなく絡み付かれたとあっては、エネルギー体になって隙間から這い出ることも難しかった。

「さぁて……そろそろ止めと行きますかね……」

 ニヤリとほくそ笑む《流砂丸》の左目からよだれともつかない粘液が滴る。――《流砂丸》の止めの一撃は何も難しいことはない。ただ雷神を舌ごと手繰り寄せて飲み込むだけでよかった。雷神は異界の悪魔の胃袋でもって時間をかけて消化される。悪魔が口を閉じれば、もう雷神が現世に帰ってくることは不可能だった。


「くそっ――――」

 雷神は――――生まれてはじめて死を意識する。彼は追い詰められていた。

「…………」

 その光景を、炎魔は複雑な表情で眺める。――《流砂丸》は続けて言う。

「いただきます――」

 ぐぐっ――と、舌を手繰り寄せる。しかし――直前まで来た瞬間を見計らって、雷神は異能を使った。

 《タイムストップ》だった。――ところが悪魔の舌に周囲を雁字搦めにブロックされているため影響力を舌の外にまで及ぼすことが出来ない。

 《流砂丸》は突然舌先ががっちりと固定されてしまったことに驚く。

「な……なにをっ――」

 それでも――雷神を取り纏う内側の極狭い空間だけは、《タイムストップ》の影響下に置くことに成功する。

 雷神は超パワーの電撃を舌の一部分に向けて放出し続ける。舌の筋力が強まるのがわかる――どうやら悪魔の舌といえど耐久力の限界は存在するらしい。

 これを好機に、タイムストップの影響下にある限り、あらん限りの電力を集中させる――《タイムストップ》によって舌の拘束をほどけなくなった《流砂丸》は雷神の試みに気づいても今更拘束を解くことが出来なかった。


 そして――――雷神の電撃を受け続けた悪魔の舌はついに貫通する――その隙間を縫って雷神は拘束から抜け出す。

「ぐぎゃああああああああっ!」

 《流砂丸》のものとは思えない巨大な絶叫が、彼の左目の口腔から聞こえ響く。

「ぎゃああああっ!」

 同時に《流砂丸》も絶叫する――どうやら痛覚まで共有していたようだ――――あまりにも生々しい鮮血が舌先の傷口からボトボトと迸る。

 そのまま悪魔の舌は恐ろしい勢いで左目の口腔内に引っ込んでしまった。――《流砂丸》は左目を押さえて呻くように言う。


「よ……よくも、おのれ、雷神……」


 舌の防壁を失った《流砂丸》は随分と戦力が低下したように見えた。その合間を縫って雷神はすかさず攻勢に出る。

 《雷撃化》しての突進を図るのだ。ところが――体制を整えた《流砂丸》の両手から放たれた電撃により、再び異能同士がせめぎ合い拮抗する。

 《流砂丸》は舌を失いこそしたものの《ファイアデビル》の丹力とコピーした異能を行使できる。――雷神は《電撃化》の突破を諦め風神愚島との戦いで培った戦法を応用する。

 敵の攻撃に干渉されないよう《電気鍍金》を用いて地下空間に潜った。すると焦った《流砂丸》は地面の下に気を配る。


 ――ズボッ――ズボボッ―――!


 《流砂丸》の近くに大きな穴が開く。しかし、それは《流砂丸》の真下ではない、徐々に距離を詰めていき、ついに――《流砂丸》の直下に顔を出した。

 ――――ズボッ

 流砂丸はすかさず、土中が盛り上がるのを見計らって《レイズフレイム》の熱線を打ち込む。

 先手を打ったが功を奏したか、土中からの突進攻撃を受ける前に、《レイズフレイム》は地面を貫通した。


「…………」


 ところが雷神の作った穴の至る箇所から赤く焼け爛れた土の蒸気がもくもくと立ち昇ることとは裏腹に、土中の雷神を仕留めた感触はない。もし、生身の肉体で《レイズフレイム》を食らえばひとたまりもないだろう。《流砂丸》は相手を見失ったことに危機感を持ち、危険を承知で飛び上がった。


 すると、《電撃化》した雷神が突進してくる。《流砂丸》は狙いを定めると雷撃で応戦、ところが雷神は《電撃化》を解き《電気鍍金》を張り直して跳躍した勢いに任せて強力なアッパーカットを繰り出す。

 《流砂丸》の電撃が拡散する前に彼の横顔を雷神の拳が叩きつけられる。――――体勢を崩したまま《流砂丸》は更に空高くに打ち上げられた。


「まずいっ――!」

 思わず外野から悲痛の声が漏れる。攻勢に出た雷神の攻撃がクリティカルヒットし《流砂丸》は上空で気絶している。

 顎を砕く程の強威力の一撃が決まったのだ。雷神が肉弾戦を続行するわけもなく――必殺の見込める《電撃化》にシフトし襲い掛かる。

 ただでさえ気絶している《流砂丸》は上空で受身を取る術さえも失ってしまった。


 その時、怪我をしたはずの舌が《流砂丸》の左目の口腔から伸びてくる――伸縮自在のそれは《流砂丸》本人の意思とは裏腹に雷神めがけて突進してきた。

「くっ――もう回復したのか!」

 見れば舌先に空いた穴は肉が盛り上がり塞がっている。雷神は《電撃化》して器用に舌の追求を逃れるが、その間に《流砂丸》は意識を取り戻す。

「――――!」

 《電撃化》して空中で身動き取れない《流砂丸》に向かって突進を仕掛けるが、今度は舌がぐるぐると流砂丸本人に巻きつき鉄壁の防壁を成す。

 舌は流砂丸を巻き取りボール状になって地上にバウンドする――――舌の拘束が解けると《流砂丸》は自分の両足でもって地に立つ。

「――――!」

 戦いは新たな局面を迎えたように思えた――ところが、《流砂丸》の様子がおかしい。

「うっ……うううっ……うぅ」

 突然、声にならないうめき声をあげて地面にドッと膝をついたのだ。


「――――!」


 雷神はまさかと思った。何らかの形で間接的にダメージが蓄積していたのか――――しかしどうやら違うようだ。

 《流砂丸》の黒髪が徐々に白く変色し、身体も痩せ細っていく――――そして、ミイラのように変貌した《流砂丸》は物言わぬ屍となってしまった。

「…………!」


 その光景を見て雷神は絶句する――――遠くから、炎魔は悔しげにいった。

「寿命が来たのだ……」

 隣に立つ《炎熱千拾郎》は絶句して目を見張る。炎魔は続けていう。

「それが――流砂丸が悪魔の舌との契約の交換条件にした代償――――」

「炎魔様――奴はっ」

「――元々流砂丸は雷神に戦って勝つつもりはなかった。良くて善戦、それを見越した流砂丸は背水の陣の意味も込めて悪魔の力を手に入れた――その結果がこれだ」

「――――」

「なんと皮肉なことよ。そうして命をかけて力を手にした男の最後の抵抗が、奇しくもただ一瞬だけ雷神の力にさえも勝っていたのだからな」

 炎魔七人衆と雷神の戦いの初戦は、なんとも後味の悪い決着となった。

 いや、それこそが《流砂丸》の策略だったのかもしれない。雷神は今となっては全てが《流砂丸》の手のひらで踊らされていたような不気味な思いにも駆られていた。

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