【3】雷神 対 風神愚島2
「――――!?」
「ぜぇ、ぜぇ――危なかったぜ……あの直撃だけはな…………」
「な――そんな――ば、か、な……」
雷神は、直前のところで体勢を立て直し、肉体を《雷撃化》して耐え忍んだ。
ところが雷神の方にも誤算があった。膨大なエネルギー波の影響で、《電撃化》越しにも大きなダメージを負ってしまったのだ。
「…………」
風神愚島はがくりと膝をついた。大きな誤算に、今更ながらに気づかされたのだった。
《激烈波動鳳凰拳》は本来は自身の両腕を使って放つ技だ。ここに来て《オーバードール》による仮想の両腕で放たれた一撃ではコンマ数センチの狙いの狂いがあった。
もし、完全に射線に雷神を捉えきれたなら、それはたとえ《電撃化》していても宇宙空間の果てまでも雷神を消し飛ばすことさえ可能だったはずだ。
しかし超威力超エネルギーゆえに、二度と再装填が適わないことを愚島は知っている。絶好の好機は愚島の失敗により終わったのだ。
《激烈波動鳳凰拳》を含めた一連の戦いにより、愚島は全快時から80%も丹力を削っていた。このままでは《オーバードール》を維持することも、また《竜の矢》を使うことも難しい。
「…………」
愚島の、人生をかけた決断の瞬間だった。――やるかやられるか。このまま戦い続けて返り討ちにされることは、百戦錬磨の愚島には火を見るよりも明らかに思えた。
しかし雷神を追い詰めていることも事実だ。もう二度と、おそらく愚島の残りの余生で雷神を追い詰めることは適わないだろう。
愚島と同じく雷神の丹力はえらく消耗していた。竜神戦後の弊害か、愚島と対面したときにも健常時の四割ほどまでに、丹力を落していた。――おそらく竜神との手合いでまだ見ぬ大技を試したくなったか、若さゆえの過ちだった。
そして今、愚島が見るに、雷神の丹力は最大値の一割を下回っているだろう。言うなれば、雷神と戦い消耗する前の愚島が戦えば、一ひねりで倒すことができる程に憔悴している。
雷神は言う。
「やめだ――老いぼれだと思って泳がしてきたがもうやめだ――」
「何を言う……今の貴様に、即死級の能力を使うゆとりがあるものか」
「ほう……そう思うか?」
「…………」
愚島は知っていた。雷神には《見えざる殺し屋》という、広範囲索敵の異能を持っている。
ところが、今回、比較的至近距離からの《竜の矢》の先制攻撃を許したところから、索敵網が展開されていないことは明らかだ。それは何よりも雷神の余裕のない状態を示唆していた。
「…………」
第二に、《見えざる殺し屋》は雷神の中でも一・二を争うほどコスパの悪い能力だった。
必殺を確信する異能を持ってしても、今の雷神が《見えざる殺し屋》を用いた必殺に踏み切る可能性は低い。雷神は狡猾だが、それ以上に臆病だ。
第三に……愚島は《見えざる殺し屋》を察知できた、そして、この異能が確かな効力を発揮するためには長時間相手の肉体を電波干渉の影響下に置かなくてはならない。
あらゆる面で、愚島はこの最強の異能をおそれるに足らないと判断したのである。
ところが、そんな愚島の想定を裏切るような言葉が、雷神の口から発せられる。
「俺の必殺がひとつだけと思っていないか?」
愚島は物怖じすることなく冷淡に言い放つ。
「わからぬやつめ――そろそろ貴様が追い詰められていることを自覚したらどうだ」
愚島は雷神の根拠もないごたくに付き合うつもりはなかった。そのまま新たな能力を発動する。右手で背にかけたひょうたんを取り出すと、それを一口に含んだ。
そして、ひょうたんを振り回して、中身の液体を周囲に振りまく、上空に向かって口腔内に含んだ液体も噴出した。
「――ブフゥッ!」
その姿はまるで、サーカスの火吹き男のようだった。
「……!」
奇妙な光景に呆気に撮られる雷神。
次の瞬間、愚島の姿がフッと消えたのだ。
「な……なんだと!?」
「――ふっふ……貴様にワシの姿は捉えられまい……」
愚島の吐き出した液体は比較的質量の重たい特殊な酒だ。遠く離れた中空の雷神までもその臭気が漂う。
ただし、普通の酒も愚島自身の異能にかかれば強力な武器と化す。宙に放たれた酒は急速に沸騰し水蒸気と化す。
愚島はこの能力を《爆発気化》と呼ぶ、愚島を中心とした半径十メートル圏内の大気温を急激に高温気化させることによって自然現象を意図的に引き起こすのだ。
吹き荒れる山の大気の流れを操作して、濃霧の拡散を助長する、すると周辺は一瞬にして霧に包まれた。
「くっ――――」
雷神は大気に干渉する術を持たない、愚島はここぞとばかりに《オーバードール》を解除した。
「!」
直後――、愚島は右手で空にかざして能力を放つ。《エアサイズ》という異能だ。
かまいたちと同じ原理で、空気中の大気に干渉し、小型の刃を発生させ敵に向かって射出し裂傷を与える能力だ。刃の部分を生じさせるだけのため、丹力の消費を抑え、大きなダメージを狙える優秀な能力だった。
雷神は素の目で霧の中から飛来する風の刃を追う。コンマ数秒の差で刃を交わす。
「……!」
その時、雷神は思った。光速や、音速にさえ劣る鈍足な疾風の刃でも十数メートルの間隔なら数秒で距離を詰めてくる。もし、無意識下にこの手の攻撃を受けることを考えたとき……、いや、考えたくもなかった。――最悪の結末は見えていた。
「――――姑息なっ!」
その頃、愚島は霧を壁のように利用し、身を隠しながら霧の領域から離脱した。
《エアサイズ》の攻撃は初めから霧の中に敵のヘイトを集中させることを狙った囮だ。何せ愚島本人がろくに視界を確保できなかったのだ。
間抜けな話だった。しかし霧から離脱すれば愚島本人も隠れ蓑を失うことを意味する。これは一種の賭けだ。
素の状態で雷神に距離を詰められ肉弾戦に持ち込まれたら、老いた愚島に勝ち目はない。
可能性があるとすれば、出来るだけ長距離から威力強化の乗る《竜の矢》を当てる事だった。
「…………!」
そして、――もうひとつあてがあるとすればそれは風神愚島の最後の能力にして、――最もユニークな異能の存在だった。
「ぐむぅっ!」
愚島が立ち止まると、ふっと、彼の姿が掻き消えた。
いや、消えたわけではない。厳然として愚島はそこに存在する――消えたように錯覚するのは愚島が360度、どの角度から見ても背景と同化するよう体色を変化させたからだ。
《蛸擬態》という愚島の異能だ。この能力は愚島から半径三メートル以内に適用されるため、衣類や装備にも反映される。
欠点のない能力のようだが、実はこの《蛸擬態》は彼が動きを止めているときにしか発動できない。
が、――この異能がユニークなのはそれだけではない。もうひとつ上位の段階が存在する。
《蛸擬態》の最中、愚島が息を止めている間、外部から愚島の見え方を変化させる。化けだぬきのような異能だった。
例えば――、このとき愚島は呼吸を止めて大岩に擬態する。
大岩はあたり一面に普遍的に見かけるものだ。――しかし大岩に擬態しただけではそれは、背景同化と変わらない。
無論、目的は別にある――――。
間もなく霧が晴れた。フィールドのはるか上空で《電撃化》し様子を見ていた雷神だったが、霧が晴れたことで安堵する。
しかし、その場に愚島が居ないことに顔をしかめた。
「消えた――――尻尾を巻いて逃げ出したか?」
「…………」
愚島は微動だにしない、呼吸も止めたままだ。そうしなければ全てが無駄になるだろう。
「(どこに消えた……あの状況で本当に逃げたなら、それはお利口すぎるぜ……)」
雷神は愚島の能力を知らない。そこで考えた――逃走以外に考えられる可能性はないかと――。
「(例えば姿を消す異能を持っていたとする――まだ開示していないその奥の手をこの場で使ったとして……矛盾がひとつある。なぜあえてこのタイミングだったのか……)」
雷神は考察を続ける。
「(そもそも奴は瀕死だ……それ以前にも必要な場面は幾らでも考えられた――適当な理由はひとつ、その異能が限られた局面にしか使えない欠陥能力だということ!)」
その時――愚島の中で焦りが生じる、雷神が上空で待機している時間が想像以上に長い。
自分の方を見ていることはわかっている、このまま二分、三分と雷神が動き出さなければ愚島の擬態は限界を迎えるだろう。
「(何か――雷神にはたらきかける方法を考えなくてはっ)」
いつまでも隠れているわけにはいかない。雷神の警戒を解き、不用意に近づいてきたところに不意打ちを成功させることが愚島の目的だった。
しかし、どうする――?
愚島は今手足さえ動かすことのままならぬ状況だ。愚島から能動的に雷神へけしかける方法はない、あるとするならそれは擬態解除と交換だった。
そんな愚島の思惑も知らす、雷神の考察は続く。
「(もしそうであるなら……奴は死角からの攻撃を狙い、異能を使ったまま絶えず反撃の機会を窺っていることになる……俺がこの場でじっとしていることは危険なのか?)」
――――否。
「(そうじゃない。この状態が俺にとって最も安全と言える。俺の認識と異能の正体に瑣末な違いこそあれど、《電撃化》した俺に致命の一撃を与えることなど不可能だ)」
雷神は続ける。
「(それが可能であるなら、奴は潜伏の異能などに頼らずとも、戦闘中随所のチャンスにすかさず撃ち込んできたろう)」
しかし、そうして判断を下したとき、雷神は新たな問題に直面していることを知る。
「(問題は――もっと深刻かもしれない)」
それは、お互いの異能に関する消耗の差だった。
「(ただ擬態するだけの能力が、上空で、しかも電撃状態でいる俺の能力にも匹敵するほど丹力を消耗するとは思えん……!)」
その時、雷神は歯噛みする。
「(我慢比べになった時、負け越すのは俺ってわけか――――奴にとってはそれを見越した計略)」
「………」
「(なんてことだ……このフィールドのどこかに居るとしたら、俺は自分から探しに行かなくてはならない……それも先制攻撃は失敗できない……)」
闇雲な攻撃ではなく、隠れた風神愚島に対して決め撃ちを成功させる必要があった。
「(……?)」
そうして手を拱いているとき、――雷神は目ざとくも、あるものを発見する。
「あっ!」
それは、この戦いにおいて、戦局を一変させる程の影響力を持った道具だった。
《征雷棒》だ。それが大岩に刺さっている。
思わず、雷神の顔に笑みがこぼれた。その道具は愚島にとって最大の防御手段だ。それが野晒しに放置されている。おそらく戦闘中に弾かれ投げ出されて行方知れずになってしまったのだろう。咄嗟にそのことに気づいた愚島はあえて攻勢には出ず、異能で身を隠した。
愚島は今でも《征雷棒》を探しているはずだ。ところが――――、先に探し当てたのは雷神の方だった。雷神はすぐさま地上に降り立ち、《電撃化》を解除する。電撃状態で物体に触れられないのはひとつの弱点だった。
と、――――その瞬間、手を振りかざした雷神のみぞおちに強力な掌打が叩き込まれる。
「ぐっ――!?」
不意の一撃に、意識の昏倒する雷神、吹き飛ばされて片膝をついた。
「…………」
愚島の計略は成功したのだ。当然愚島は《征雷棒》を無くしてなどいない。《《征雷棒》の刺さった大岩》に擬態することで雷神を誘い込んだのだ。
「(これは……願ってもないチャンス……)」
愚島が演出した、必殺のチャンスは両者の立場を逆転させた。コンマ数秒の雷神のダウン。この無防備の状態なら雷神を倒す一撃をお見舞いできる。
ところが、――――愚島は不意に不気味なものを感じ取っていた。
「(ダメだ――――)」
膝をつく雷神を一瞥した時、彼の脳裏に過ぎったのはどうあがいても死の未来を辿るシミュレーションだった。
その時、風神愚島は逃走を腹に決める。今を生き延びることを選択したのが、あまりに高くつくことを彼はこのあと身をもって知ることになるのだった。
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